俺より可愛い奴なんていません。9-19
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コミケ コスプレ大会場。
本イベントで一番の盛り上がりを見せる会場へと、足を運んだ葵達は、簡単に会場の様子を確認し、葵は紗枝達の撮影の準備を手伝った。
会場が変わったと言えど、紗枝達のやることは変わらず、過激なポージングに気を付けながら、撮影を楽しむ事であり、葵はフォローに回る為、最初は三人の近くに、スタンバイしていたが、流石にこのイベントにも慣れたのか、紗枝達はほとんど葵のフォローが無くとも、上手くイベントをこなせていた。
葵はそんな紗枝達を見て、自分の役割が無くとも問題無い事を悟ると、注意は掛けながらも、他の参加者の観覧に回ることを決め、名だたるコスプレイヤー達を観覧していた。
(流石にこの会場で撮影となると、気合の入りようが変わってくるよな。
まぁ、当たり前と言ったら当たり前か)
葵は誰から観察していくか予定を立てようと、考え始めると、不意に肩を叩かれた。
「よッ! 葵! さっきぶりッ!」
葵が声の方へと振り返ると、先程少し話した姉である蘭の姿がそこにあった。
「なんだ? 姉貴も暇してるのか??」
「うわッ! 凄い嫌そうな顔!!
可愛い弟を気にかけているというのに……」
葵は無意識に話しかけてきたのが、蘭だと気付くと、表情を歪ませ、そんな葵の表情を蘭は見逃さなかった。
「ようやく、一段落して見て回れるようになったのに、邪魔されたら誰でも不機嫌になるだろ」
「えぇ~~、お姉ちゃんと見て回るつもりは無かったの~~~ッ!?」
「嫌だよ……。 オフモードの姉貴は基本、可愛いしか言わないだろ。
参考にならないし、隣でうるさい」
「酷いッ!?」
葵は言いたいことを伝えると、姉との洒落愛に付き合っている暇もないため、姉から視線を切り、歩み始めた。
「ちょ、ちょっと、葵ッ!?」
いつもよりも付き合いの悪い葵に、蘭は驚いたように声を上げ、葵に許可を得てはいないが、葵の後を付いていくように小走りで駆け寄った。
そうして葵の隣まで駆け寄ると、歩幅を合わせた。
「いやいや、お姉ちゃんはきちんと的確なコメントを残すよ!?」
「い~~や、可愛いと綺麗しか基本言わないな。
てか、なんだよそのデカいカメラ……、一眼レフ?」
葵は蘭と見て回ることを嫌がっていたが、断っても無駄な事をよく知っていた為。悪態を付きつつ、蘭の姿を見てからずっと気になっていた、首からぶら下げている、大層なカメラへと話題を振った。
「えぇッ!? 葵、カメラ用意してないの!?
最近の撮影は、こういう良いカメラで撮影しないと馬鹿にされるよ~~?」
「はぁ? 携帯で充分だろ?
大体そんなハイテクな物、使いこなせるのか??」
「使いこなせますぅ~~ッ! 余裕ですぅ~~ッ!!
携帯でコスプレイヤー、しかもプロのコスプレイヤーを撮影なんて、超失礼」
蘭の言う通り、かなり入れ込んでいるファンは皆、携帯で撮っている様子は無く、自慢のカメラを使い、熱意を持って撮影に挑んでいた。
しかし、もちろん、入れ込む熱意は人それぞれであり、姉のようなガッツリとしたカメラで挑む者、シンプルでお手頃なカメラで挑む者、葵のように携帯で撮影する者もいた。
「携帯で撮影してる人もいるじゃん。
綺麗に撮れれば道具なんて大した問題じゃない」
「なんて志の低い……。
私の撮影仲間にチクってやる」
葵はいよいよ相手をするのも面倒になり、「はいはい」とテキトーに返事を返すと、姉の反応を返す事止めた。
呆れた葵に、負けじとしつこく話しかける蘭だったが、いよいよ葵は反応することは無く、葵の目当てである一人目のコスプレイヤーが、撮影許可している場所まで足を運んだ。
「う~~ん、プロコスプレイヤーのえにこさんね~~」
葵が到着すると必然的に、蘭もえにこの撮影場所までたどり着き、感心したように声を漏らした。
蘭が発言すると葵は、何となく次の蘭の発言が予想付いた。
そして、次に発言されるであろう一言を待っていると、葵にとって予想外の言葉が返ってきた。
「キャラクターは艦隊を擬人化したキャラクターで有名な娘だね……。
島なんちゃらとか言う子だっけ? かわいい感じのえにこさんには合ってるね?」
葵は蘭が次に発言する言葉は一言、「可愛い」だけだと決めつけていた為、驚いた表情で、素早く顔を蘭へと向けた。
「ちょっと何よそのギョッとした表情は……。
UMAでも見たような…………」
ギョッとした表情を向けている葵に、不機嫌そうな表情を蘭は浮かべた。
「どういう心境の変化だ?」
「心境も何も、プロを意識し始めたんでしょ?
なら、今までよりもいろんな事聞きたいし、意見を交わしたいんじゃない??」
「いや、まぁそりゃそうだけど……」
腑に落ちない葵に、蘭はため息を付いた後、続けて答えた。
「今までは、あくまで趣味の範疇を越えなかったでしょ?
もちろん聞かれたことには答えたし、最初は葵の女装を面白がって協力したり、色々教えたけど、趣味で行うなら十分なレベルの知識は教えてた。
もちろん、上手くなれば上手くなるほどに、もっといろいろ知りたいと思う事は普通だし、気になる事はあったんだろうけど、それは自分で見つけてこそでしょ。
でもプロを目指して、仕事にしたいのなら話は別……」
「昔みたいに色々教えてくれるんだな」
「勿論!」
蘭は何故か得意げにドヤ顔でそう答え、葵もここで得られるであろう新しい知識に胸を躍らせ、思わずニヤリと笑みが零れた。
葵は昔に戻ったような懐かし気持ちと、新しい扉が開け、清々しい気持ちを同時に感じ、今この瞬間を楽しいと心から感じ始めた。
◇ ◇ ◇ ◇
蘭は葵に女装を教えた当初はとても楽しく感じていた。
もちろん、葵の趣味を変に感じてはいたが、どうしてそんな事を始めたのか境遇も知っていた為、目的を果たせばすぐに以前の葵に戻るとそう思っていた。
しかし、蘭の考えは予想に反し、葵はおかしな思想と、女装の趣味にのめり込んだ。
蘭は自分が女装を手伝い、知識を与えた事を間違いだったとそう思った。
葵は自分が綺麗になればなる程に、異性見下していき、親の仇と言わんばかりに嫌悪し、ひたすらに見下す様に変わった。
そんな葵を知り、後悔した蘭は、妹の椿以上に、葵に女装をしてほしくないと、思ってしまった。
しかし、自分が協力したこともあり、葵を止める事は出来ず、結局中途半端に遠ざける真似しかすることは出来なかった。
蘭はそれが後ろめく仕方なく、椿に葵を説得するようお願いされても、結局その願いは叶える事は出来なかった。
そんな葵が、ある日を境に少しずつ変わっていった。
親以上に葵と一緒に居る事の多かった蘭は、葵のそのわずかな変化を見逃さなかった。
女装に対する思いもシンプルなものへと変わっていき、何よりも、異性に対しての考え方が少しずつ変わってきている様にそう感じた。
何がきっかけなのか蘭には到底想像できなかったが、葵のそのへんかを嬉しう思い、自分に何もできなかった事をしてくれた、その顔も知らない誰かに感謝した。
そして何もできなかった自分は、余計に何か手を出すことは無く、ただ優しく見守る事を誓った。
ただ、以前の差別的な葵に戻りそうになった時だけ、全力で止めようと。
二度と同じ過ちを繰り返さない事を誓った。
そして、今、蘭は何も懸念すること無く、純粋にコーディネートを楽しみ、意見を交わすこの時を楽しく、懐かしく感じた。




