俺より可愛い奴なんていません。9-12
◇ ◇ ◇ ◇
葵は、小道具に興味のあった紗枝が満足すのを確認すると、遂にそのコスプレの披露に、再び会場に訪れていた。
葵の今後の事も考え、なるべくミルジュのバンが近い撮影会場へ紗枝と出向き、そこの会場はメインとなる場所では無かったが、それでもかなりのコスプレイヤーと、それを目当てに撮影する来場者でごった返していた。
葵は自分がコスプレをし呼びかけてもあまり効果が無く、あくまで紗枝がメインの為、メイクを落とし、コスプレ衣装も脱ぎ、普段着に着替え、紗枝の付き添いのような形で撮影に参加した。
「いよいよだね……!」
当たり前だが、初めてコスプレをし、一般の知らない人に見られる事に紗枝は緊張しており、明らかに声が強張っていた。
「まぁ、そう緊張するな……
――って言っても無理か……」
「あ、当たり前だよッ!?
学祭の時より緊張するよッ!!」
葵はフォローを入れる様に紗枝に声を掛けたが、自分で言っていて、その言葉では、ほんの少しでも緊張を取り除くことが出来ないと察し、紗枝もすぐに反論するように言葉を返した。
「ん~~、そうか?
桜祭の方がやってて辛かったんじゃないか??
その後も交流がある奴らに見られるわけだし……」
「そ、そうかもしれないけどぉ~~……。
でも、やっぱり知らない人、初めて会う人に見られるのは…………」
「まぁ、慣れてる俺がいうのもなんだけど、ここにいるのは基本、もう二度と会う事も無いような人たちばかりだぞ??
そう考えれば気が楽になるんじゃないか?
それに二宮を知ってる人は誰もいないわけだから、撮影の間は二宮 紗枝としてではなく、一人の一コスプレイヤーとして、毅然とした態度でいればいい」
「い、言ってることは分かるけど…………」
葵は自分がいつも女装している際に思っている事、心掛けている事を話し、先程よりも具体的にフォローを入れたが、やはり、紗枝は頭で理解できていても羞恥心が邪魔をし、完全に納得する事は出来ていない様子で、煮え切らない返答しか返っては来なかった。
葵は、もっと紗枝がリラックスできるように、掛けられえる言葉は無いかと色々と考えたが、結局上手く声はかけられず、せめて紗枝だけに恥ずかしい思いはさせまいと、最後に一言だけ投げかけた。
「気休めにしかならないかもしれないけど、撮影の時は傍にいる様にはするから。
撮影に映りかねないから、あんまり良くないんだけどな……」
「それなら……、なんとか」
葵はコスプレをしているのであればまだ、紗枝の隣に立っていても違和感が無かったが、コスプレを止め、女装すらしていない葵が隣にいる事は、撮影者にとってはあまり良い事ではなあった。
しかし苦肉の策だったが、紗枝はようやく納得してくれた様子で、少し恥ずかしながらも、緊張が少し緩和されていた。
「よし、それじゃ行くか」
葵は初めての紗枝を誘導するように前を歩き、少しだけ落ち着きを取り戻しながらも、紗枝は不安な面持ちのまま、葵の後ろを付いて歩いた。
◇ ◇ ◇ ◇
葵と紗枝が選んだ場所は、このイベントの中で三番目ぐらいにコスプレの需要と供給が行き届いている場所であり、プロのコスプレイヤーこそ、ここでは撮影しないが、素人であってもそれなりに高クオリティのコスプレイヤーが集まっていた。
「改めて人凄いね」
葵が選んだロケーションに紗枝はたどり着くと、段々と周りを見る余裕が出来てきたのか、コスプレイヤーとそれを撮影する周りの人たちに注目し始めていた。
「まぁ、このイベントで一番の目的にしている人もいるしな……」
葵はミルジュから借りた立て看板に、マーカーペンで何かを書き込みながら紗枝の質問に答えた。
「け、結構凄い露出の人もいるんだね……」
葵はしばらく看板に文字を書き込む事に集中力を割き、紗枝と同じ光景を見てはいなかったが、紗枝の少し強ばったような声を聞き、紗枝が何を見て物怖じしたのか気になり、紗枝の視線の先を追った。
紗枝の見る視線の先には、紗枝の言葉のままに、とんでもない程、布面積の少ないコスプレイヤーの姿があった。
紗枝が少し引いたような声を上げたのも、彼女が慣れていない事もあり、それは頷けた。
「あぁ〜〜、まぁ、あぁいうのもコスプレ文化の一部だからな……。
とゆうか、元のキャラがそういう服装をしてて、キャラクターが純粋に好きでコスプレしているってだけだと思うぞ?」
葵は他の要因も思いつくのは思いついたが、コスプレの本質は自分が今述べた事に尽きるため、ただファン心理をそのままに紗枝に伝えた。
「で、でも、こんな所であんな露出…………。
別に軽蔑もしないし、尊敬もするけど、私には出来ないな……」
「まぁ……、確かにあれはちょっと上級者だな。
別に、ああいうコスプレはさせないから安心しろ」
「たッ、頼まれてもしないよッ!?」
葵の返答に紗枝は顔を真っ赤に反論した。
そして、そんなやり取りを2人がしていると早速、紗枝のコスプレに興味があったのか、会場に訪れているカメラを持った男性が1人、声を掛けてきた。
「あ、あの……、すみません、撮影いいですか……?」
葵と紗枝はまだ始めたばかりな事もあり、こんなに早く撮影したいと人が来るとは思っていなかった為、急な声掛けに反応が遅れた。
このイベントに慣れている葵ですら、あまりの速さに少し驚き、声を掛けコスプレをしている紗枝、そしてその付き添いと思われる葵、両者共に黙り込んでしまったため、声を掛けた男性は少し罰の悪そうな、不安を感じているような暗い表情へと変わっていった。
葵はその男性の表情を見て、すぐさまに我に返り、申し訳ない事をしたと思うと同時にすぐに返答を始めた。
「あッ、すいませんッ!?
今来たばっかりで、準備もまだ途中だったのでビックリしてしまって……。
撮影ですか? この子、今日初めてなんであまり攻めた写真とかポージングは難しいけど、大丈夫ですか??」
葵は紗枝もおり、何しろ紗枝をプロデュースする立場でもあった為、自分がコスプレをする時にですら、敬語を使った事は無かったが、敬語でその男性に応答した。
「あ、はいッ! だ、大丈夫ですッ!
お願いしますッ!!」
男性は葵にお礼を告げると、カメラの方を弄り始め、設定をし始めた。
「二宮、咄嗟にOKを出しちゃったけど、いけるか?
映らない程度に俺も隣にいるから……」
「う、うん。
これの為にコスプレをしたんだしね! が、頑張ってみる!」
「なんか変な空気になった瞬間止めるから」
葵は撮影を頼んできてくれた男性に聞こえないよう、紗枝に耳打ちするように、極力小さな声で伝え、葵が急に耳打ちをして来た事で、紗枝は一瞬ビクつくように体を跳ねらせ、半歩引いたが、葵の真剣な表情と声色に、覚悟を決め、力強く答えた。
「じゃ、じゃあ、改めて、お願いしますッ!」
葵は撮影者を見て、少し失礼に思ったが、彼なら何の問題にもならなそうだとそう判断し、紗枝の初めての、撮影の相手に彼ならば大丈夫だろうと、そう感じた。
そして、紗枝の初めてのコスプレの撮影が始まった。




