俺より可愛い奴なんていません。9-8
◇ ◇ ◇ ◇
葵は紗枝からの提案に甘え、紗枝を連れ、道中コスプレの事や、どのようにしてメイクアップや、セットアップをしているのか説明をしていた。
『ミルジュ』のバンが止まっている駐車場は、会場から一番近い駐車場ではあったが、それでもかなり離れたところにあり、一通り説明するには、十分な時間があった。
葵は説明しながらも、今日『ミルジュ』が用意した衣装の事、そしてその衣装の中で紗枝に似合った物を考え、使いたい衣装が、使用されていた事も見据え、候補も決めた。
そうこうしている内に、あっと言う間に二人は目的の駐車へとたどり着き、『ミルジュ』の用意したバンが止まっている一区画で、人が賑わっているのが見えた。
「なんか人多いね」
紗枝もその光景が不思議に見えたのか、ポロリと呟いた。
時間的には、まだまだ会場に人がいる状況で、帰りの混雑を避ける為、一足、二足先に帰宅をしている来場者もいたが、それでも数は少なかった。
つまり、人がまばらで、まだあまり混雑していない駐車場で、人が集まっている『ミルジュ』のバンは異様に見えていた。
「姉貴たちも丁度、モデルを連れて来たのか」
葵は蘭がコーディネートしている時間に被った事に気付くと、ちょっと嫌そうな表情を浮かべたが、蘭のコーディネートをしている様子も見れる為、割り切り、作業場もそこまで広くは取れなくなるが、折り合いを付ける事を決めた。
「二宮、他ともブッキングしてるから、余計に時間かかるかもしれないけど、いいか?」
「うん、私は大丈夫だよ。
しょうがないよね」
ただでさえコスプレ、そして会場でその姿を披露となると、紗枝を拘束してしまう為、頼る事に気が引けていた節もあり、余計に時間を撮らせてしまう事を葵は申し訳なく感じていた。
そんな葵の心情を、紗枝は知りはしなかったが、気を遣わせないよう、あっさりとした様子で即答した。
紗枝の言葉を聞き、一先ず安堵した葵は、人が賑わう『ミルジュ』のバンへと、再び歩み始めた。
◇ ◇ ◇ ◇
「お? 葵~~!
やっと帰ってきた?」
葵がバンへと近づくと自分が勧誘したであろう、素人のお客さんを丁度メイクしていた蘭が、葵に気付き声を掛けてきた。
『ミルジュ』の宣伝も兼ねている為、仕事でもあるのだが、蘭は気の抜けたような声で、普段、自分や椿に接している時と同じ雰囲気のまま、その場にいた。
仕事とプライベートで、そこまでオンオフがはっきり変わる人で無い事は、葵も知ってはいたが、それでも桜祭で意気込んでいた蘭には、オーラのようなものを感じる事もあった。
しかし、今の蘭にはそれは全く感じず、真剣に、手を抜いているわけではないが、気持ちはそこまで入っていないように、葵は感じた。
「遅くて悪かったな……。
バンの中は借りてもいいか?」
蘭は外に作られた、ポールを立て布状の物で仮設のメイクルームで作業をしており、メイクルームは外からはあまり見えないようになっており、ファスナーで開け閉めできる出入口が一か所あり、締め切ってしまえば、完全に外から仲が見えないような作りになっていた。
葵は野外で椅子を出し、メイクアップをしている蘭を見て、バンの中での作業場は空いているものだと思い、確認がてらに尋ねた。
「あ~~、ダメダメ!
今、他の子着替えに入ってるから」
「他の子??
三島さんと椿??」
「椿~? あんた何言ってんの……。
椿はとっくに仕上がって、今頃撮影中よ」
「そうか……。
そんなに時間かけてたんだな…………」
午後から参加合流予定だった蘭と同じ『ミルジュ』で働く結ですら、一人コーディネートを済ませ、既に撮影に行っている事を知り、自分がそこまで一人連れてくるのに時間がかかっていたのかと、改めて思い知らされた。
「それじゃ、俺らも外か……。
部屋、もう一個は空いてるだろ?」
「うん。そっち使いな、今は」
蘭はそう言って返事を返すと、それ以上言葉を交わすことなく、自分のモデルに集中し始めた。
葵はそんな蘭から視線を外し、白井が立てておいてくれた、もう一つの仮設のメイクルームへと紗枝を誘導し、中へ入った。
「悪いなこんな外で……。
冬じゃないし、閉め切れば外からも見えないから」
「うん、別にそれは大丈夫……。
あっちは閉めなくてもいいのかな?」
「ん?」
紗枝は用意された椅子にちょこんと座ると、蘭の方が気になるのか、指を指し葵に尋ねた。
「あぁ、あのモデルさん連れがいるだろ?
団体の人を誘ったから、友達が返信していくとこを見てみたいとかじゃないか?
俺がここに来るまでに、和気あいあいと楽し気に会話してたから……」
葵は正解かどうかは分からなかったが、おそらく自分が思いつく物の、もっとも可能性のあるものを紗枝に話した。
実際、過去に蘭が連れて来た素人さんの中には、そういった団体がいた事があった。
「なるほど……、確かに友達と来てるなら見たいかもね!
プロのスタイリストなら尚更だよね」
葵の答えに紗枝は納得し、きょろきょろと辺りを見渡した。
白井が用意したメイクルームは決して大きな部屋では無かったが、人二人が入るには十分なスペースがあり、メイク道具も揃っていた。
長机が2つ程並べられ、その上に様々な道具がセッティングされ、それなりにオシャレをし、友達と外に出かける事もある紗枝ですら見たことの無い物や、ブランドが見えた。
女の子としてそういったもの一つ一つが気になったが、いちいち葵に聞くことは気が引け、手際よく準備に取り掛かり始めた葵に尋ねる事は出来なかった。
一通り準備を整えると、葵は一息つき、ようやく紗枝に向き直った。
「さて、どうするか……」
紗枝を真っ直ぐと真剣な眼差しで見つめ、葵は小さく呟いた。
道中何が似合うのか、なにが適しているのか、考えながらここに来たつもりだが、結局考えはまとまらず、メイクルームに入り、考えをまとめる事に決めていた。
「えっとぉ……、や、やっぱり慣れないね……?」
葵にじっと見つめられ、会話も無かった為、沈黙と恥ずかしさに耐えられず、少し頬を赤く染め、恥ずかしそうに葵にそう話しかけた。
「そうか? 二回目だぞ??」
葵は眉一つ動かさず、紗枝の顔見る事に集中していたが、それでも紗枝の質問に答えた。
「に、二回目って……、こんなにまじまじと男の子から顔を見られる事なんて無いし、何回目だとしても恥ずかしいよ…………」
「ふ~~ん」
「ふ~~んって…………」
もう、いかにコスプレさせるのに集中しているのか、葵は会話がテキトーになり始め、それでも顔をまじまじと見続けられる事で、紗枝は複雑な表情を浮かべた。
そうして数分、葵は静かに考えこみ、考えが纏まったのか、ようやく紗枝から視線を逸らした。
「よし、ある程度方向は決まったから、衣装見に行こう」
葵はそう告げると、メイクルームから出るよう紗枝に促し、紗枝はそれに従う様に椅子から立ち上がった。




