俺より可愛い奴なんていません。9-7
葵は時間がない身分ではあったが、先程から良い結果は出ていない事もあり、そのまま、紗枝と数分会話を続けていた。
基本的には学内での出来事について、話していたが、時期が夏休みという事もあって、夏休みの間の話もお互いに話した。
そうして、一時は微妙な空気になった二人の雰囲気も、落ち着きを完全に取り戻し、出会ってから話し込み、今更ではあったが、紗枝はずっと気になっていた事を葵に尋ねた。
「そういえば、立花君って、今日は何の目的で夏コミに来てたの?
やっぱり、その……、コスプレ?」
紗枝はなんだかんだで、葵の女装姿を見るのは、桜木高校の学祭、桜祭っきりであり、回数にしたら二回目だった。
初めての葵の女装のインパクトにも驚き、やはりその趣味は奇妙に映りもしたが、有無を言わせぬ葵の美しさに、自然とマイナスなイメージは付かなかった。
そんな女装した葵とのファーストコンタクトも、印象的で衝撃的だったが、今の葵も、初めて葵の女装を見た時並か、それ以上の衝撃を紗枝は感じていた。
「ん? あ、あぁ~~、まぁ……、これも目的ではあるんだけど、ちょっと今年はな…………」
紗枝の問いかけに、葵は嫌な事を思い出したかの様に、渋い表情を浮かべ、答えずらそうに、曖昧に返事を返した。
葵の返答に、もちろん紗枝は首を傾げ、不思議そうに葵を見つめており、葵はそんな紗枝を見て、頭にかぶせたウィッグを軽く掻きながら、続けて答え始めた。
「ちょっと最近目指してるものがあってな……。
それの練習? 修行みたいな感覚で、姉に付いてこのイベントに来たんだけど……、上手くいってなくて」
「なんの練習? 立花君が苦戦するのってなんか意外だね」
紗枝は葵が何かに苦戦するようなタイプには見えなかった。
それは、短い期間だったが桜祭で絡みがあり、ハードなスケジュールの中でも、大人と混じって、イベントをこなしている姿を見ていた事が、大きな要因としてあった。
「まぁ、なんていうか……、このイベントに来てる素人さんを誘って、コスプレモデルをしてもらおうかなって……。
今まで、自分の女装とかでしかメイクとか、ヘアセットとかしてこなかったしな。
『ミルジュ』の協力もあるし、何とか練習にならないかと……。
結局自分がコスプレしてるだけになってるけどな」
葵は先程、あぃこやえにこに伝えた時はそうでもなかったが、同じ学校に通う同級生な事もあってか、紗枝に伝えることは、どうしても小っ恥ずかしさを感じた。
「え……? 立花君が声を掛けて??
その……、モデルとかをお願いしてるの?」
「まぁな……、あんまり上手くはいってないけど」
「そう……なんだ…………」
葵の答えを聞くと、最初は意外そうな表情を浮かべていた紗枝だったが、次第に何故かどんどんとトーンダウンしていき、悲しいような、落ち込んでいるような、何とも言えない複雑な表情を浮かべた。
「もう何人かは、捕まったりしたの?」
「情けない話だが、まだ一人も……。
話には食いついてくれるんだけどな」
「そっか……、そっかそっか。
うん、よしッ!」
紗枝は葵の返答を聞き、今度は段々と声色も明るくなり、曇っていた表情も段々と晴れ、一言気合を入れる様に声を発すると、葵の方へと向き直った。
「立花君! もう、私も用事は無いし、私が協力してあげるよッ!」
「は?」
紗枝の思わぬ提案に、葵は圧倒され、思わず聞き返す様に声が漏れたが、そんな葵を気にすることなく、紗枝は話を続けた。
「私なら一回、立花君と組んでるし、二回目だからある程度慣れてるよ?
最初は、また恥ずかしがっちゃうかもしれないけど、前回よりは割と早めに慣れると思う」
「いいのか?」
紗枝は一度、ミスコンでコーディネートをしている相手ではあったが、現状では誰もモデルを捕まえれておらず、今後も捕まえられる保証のない葵には、願ってもない提案だった。
「私は全然大丈夫だよ!
桜祭楽しかったしねッ! それに…………」
葵が紗枝の言葉に甘え、頼ろうかとしているのを見て、紗枝は増々機嫌よく、笑顔を浮かべはっきりと答え、そして、最後に何かを言いかけた。
葵から見て、急に何か言いずらそうにする紗枝が見え、葵は紗枝の次の言葉を待ったが、それ以降の言葉が中々出てこず、紗枝は恥ずかしそうに顔を背けた。
葵はそんな紗枝の行動を疑問に思ったが、時間が無い事もあり、協力者も見つかった事で、紗枝に具体的な話を振り始めた。
「なんか、流れで協力してもらえる事になって悪いな……?
協力してもらって早速で悪いんだが、時間もあんまりなくて……、
衣装をいくつか用意してあるから、そこに向かって、歩きながらの説明になるけどいいか?」
「う、うんッ、大丈夫!」
葵は紗枝の返事を聞き、一言「分かった」と答えると、紗枝を先導するように歩き始め、紗枝はひっそりと葵の後を付ける様に、後ろに付いて歩き始めた。
早速、ぺらぺらと説明し始める葵に、そんな葵の横顔を、少し離れた後ろからついて歩きながら見つめ、紗枝は頬を少し赤く染めた。
前を向き話す、葵からは見える事も無く、ところどころで紗枝は葵の話に合図地を打っていた為、葵が紗枝の方に不振がって振り返ることも無く、少し赤く染まった表情を葵に見られることはありえなかった。
(今振り返られたらどうしよう……。
顔が赤くなってるのがバレちゃうかな?
意識し始めると、体がどんどんと熱くなってきちゃう…………)
紗枝は言い知れぬ不安を感じながらも、この状況が心地よく、恥ずかしく感じながらも、こんな風に談笑する時間が永遠になればいいのにと、そう思っていた。
(いつも通りを心がけで話してたけど、変に思われてたりしないかな?
これからまたあの時みたいに、メイクとかされるけど、私、普通にいられるのかな?
凄い心臓の音……、さっき隣にいた時、聞こえてたりしないよね?)
会場は暗く、葵が振り返ったとしても紗枝の赤くなっている顔は分からないし、大きな音が飛び交う、騒音だらけのこの会場で、隣の心臓の音が聞こえるはずも無ないが、紗枝は考えれば考える程、いろんな要素が不安の種になっていた。
しかし、そんな事を考えるのが、どうしてか心地よくも感じ、余計な事を考えれば考える程に、心臓はより大きく鼓動を打ち、苦しく、切なくも感じたが、それを止める事は出来なかった。
(やっぱり、私は立花君の事……、好きなんだな…………)
紗枝は二人でいるとどうしようもなく緊張し、抑えようとしても気持ちが高ぶってきしまう状況で、自分の葵への気持ちを再確認した。




