俺より可愛い奴なんていません。9-5
「Ao君はさ、一体何を目的にどこを目指してコスプレをしてるの?」
えにこの言葉に葵は、少し驚いた表情を浮かべた。
「何でそんな事を??」
葵は今回のイベントに来た本来の理由を伝えていなかった為、えにこの言葉は意外だった
「だって、コスプレのイベントなのに、あまり気持ちが入ってないっていうか……。
心から今の環境を楽しんでいないと思って」
「え? 楽しくないの??」
あぃこは葵を物珍しそうに見つめながら、質問した。
「あぁ、いや、まぁ、楽しくないわけじゃないけど……、ちょっと今回はな……。
えにこさんの言う様に今回は目的があって……」
葵は現状が上手くいっていないことから、少し話しずらそうに、曖昧に話した。
「Ao君は界隈でも有名だから、一応その常開人としては、ファンが撮ってSNSに上げた写真とかを見たりしてたんだけど、どこか高圧的?みたいな。
良い意味で挑発するような、まるで撮らせてやってあげてると言わんばかりのあの感じが、良かったんだけど、今日はあんまりそんな雰囲気感じないから変に思えちゃってね……。
変な事聞いちゃってごめんね?」
「あぁ、いや別に、そんな大したことじゃないんでお気になさらず」
葵は、コスプレの業界をトップで走っているような人に、少しでも注目されていた事を意外に感じていた。
「あぃこちゃんみたく、目的意識をはっきり持って活動している子もいるけど、この界隈、変な人多くて面白いじゃん?
Ao君は、まさにそれに当てはまりそうだから気になっちゃって……」
「あ、まぁ、そうですよね…………」
葵は、えにこの言葉に若干生返事のような形で答えながら、自分の今の事情を打ち明けるか考え、少しの間で決意すると、ゆっくりと話し始めた。
「なるほどねぇ~~、そんな事情があったとは…………」
葵は、このイベントに訪れた目的と、今回は違った立場でイベントに関わるつもりだった事を説明し終えると、それまで静かに軽く相槌だけを打っていたえにこが、深々と声を漏らす様に言葉を発した。
「まぁ、まったくもって上手くいってないんですけどね……」
葵は、ほんの少しだが、協力して貰える事も期待しながら、苦笑いで答えた。
「っていう事は、もしかしてあの勧誘は、Ao君の身内になるのかな……」
「え?」
ボソッと考え深そうに呟いたえにこの言葉を、葵は聞き逃すことなく、思わず反射的に反応した。
「え、あ、いや……、実はちょっと午後から衣装変更の予定が入っててね?
まぁ、急遽決まった事ではあったんだけど、押しに負けちゃってね……?」
えにこは「へへへッ」と言った感じに、少し気まずそうにしながら笑みを浮かべ、そう答え、葵は何となくだがその話から、姉が関わっている事に勘づいた。
葵はそれに気付くと同時に、葵が密かに持っていた淡い希望が砕かれた。
「その押しに負けたって話、『ミルジュ』って企業が関わってる話ですか?」
葵はここまでいろいろと情報を出され、聞かずにはいられず、そのまま追求した。
「え~~と、確か名刺を貰ってたはず……。
うん、そうだね、『ミルジュ』って会社の人」
「そうですか…………」
葵はそこまで聞いて、誰がえにこにコスプレの衣装提供と、メイクアップ等の依頼をしたのかがすぐに分かった。
上手くいっていない自分に対し、姉の蘭の方は順風満帆といった様子に、葵は少し落胆し、周りから見ても明らかに肩を落としているように映った。
葵は、別にキャリアや経験、技術から、姉に勝てるなどと、そんな事は微塵も考えていなかったが、ここまで圧倒的に実力の違いを見せられ、自分はまだ勝負すらできていない事に、情けなく、悔しくも感じた。
そんな差の開き具合に、絶望すらも感じ始めていた葵だったが、えにこの話を聞き、一つ疑問を感じた。
(ん? でも、待てよ…………。
えにこさんってプロの、写真集まで出してる、事務所所属のコスプレイヤーだよな……?
写真集とかなら、用意された衣装やメイク、コーディネートを受けるのは理解できるけど、コスプレイヤーはただのモデルやタレントみたいなのとは違う……。
ましてや、このイベント。
コスプレイヤーの中には、自作の衣装を披露したいという人も多い。
むしろ無名の人たちは自分で、作成することがほとんどだ……。
えにこさんも自分で衣装を作成することで有名だったはず…………)
葵は脳内で、自分の持つ様々な情報を引き出し、その情報から推測したが、どうしても、姉の蘭の願いに応える様には思えず、姉の提案に乗りうる根拠が思い当たらなかった。
「えにこさんって毎年、自作衣装参加ですよね?
どうして、今回は姉の提案を承諾したんですか??」
葵は素直に疑問をえにこに投げかけた。
えにこは本来、コスプレは趣味としていたが、あまりにも反響が大きく、趣味を商業に変えた形の人だった。
商業にしている程の為、コスプレモデルとしては、もちろん優れていたが、えにこは、衣装づくりに関しても、優れていた事でとても有名だった。
そして、このイベント。
仕事としての面もあるのかもしれないが、それでも、自分の趣味としての活動が多いように思えるこの場で、自分の自作衣装の披露を差し終えて、企業の、『ミルジュ』の企画に参加するとは、あまり思えなかった。
ましてや、いままで自分が満足できるコスプレ活動にしか、興味が無かった葵ですら知っている程、えにこは衣装づくりに関しては、熱意を持っているため、余計に気になっていた。
「う~~ん、まぁ、私も最初は自分の用意した衣装で、今後も参加する予定だったんだけどねぇ~~。
彼女の企画に参加している人の衣装や、コーディネートを見ちゃったらどうしても、受けずにはいられなくて……」
葵はその言葉に驚くと同時に、えにこにそこまで言わせる『ミルジュ』と蘭に、どんなコーディネートを施しているのか興味が沸いたが、同時に恐れも感じた。
「えにこさんがプライベートとか趣味の時間を土返しにできる程、凄いんですか……?」
「そうだねぇ~、私はコスプレイヤーだけど、モデルの端くれでもあるから……。
モデルなら受けてみたいとは思うよね……、当然」
葵は生唾を飲み、意を決するようにえにこに質問したが、えにこは葵とは対照的に、言葉通り当然といった様子で、淡々と事実を語るように、葵の質問に答えた。
「まぁ、イベントは明日もあるからねッ!?
別に今日着る予定だった衣装を明日、どこかのタイミングで披露しても良いし!」
「そうですか……」
葵はあわよくば、えにこにモデルをしてもらえるような事も、わずかに期待していた為、それが現実に難しい事を突き付けられ、更には、姉の実力並なものを持たない限り、えにこ級のプロに、モデルをしてもらえない事を痛感させれた。
深く考えれば、アポも無く、しかも葵自体は無名で、スタイリストになる為に、歩み始めたばかりの人物が、容易にプロをコーディネートできるはずも無かった。
しかし、微かに自信もあったこともあり、蘭がえにこのコーディネートをすることが、余計に葵にはショックだった。
そして、落ち込む葵だったが、先程から元気だったはずのあぃこが、一言もしゃべらなくなり、どこか気まずそうにしているのを見て、何となくそれが自分に気を使っているように映り、その行動から何となく察しが付いた。
「あぃこも『ミルジュ』から話を持ち掛けられたのか?」
葵は何となく答えは分かっていたが、あぃこにそれを尋ねた。
「うん……、ごめんね? まさかAoがそんな事をしてたとは知らなくて…………」
「あ、いや……、別に、謝ることは無い。
別に約束してたわけじゃ無いしな……?」
葵は今まで、様々な人に話を持ち掛けては断れ続け、えにことあぃこに微かな希望を持っていた為、平静を装い、これ以上気を遣わせないよう、そう答えたが、落胆している様子は隠せなかった。
(二人ぐらいはもうコーディネートしてる予定だったけど、ここまでモデルが捕まらないとは……)
「Ao君? 上手くいってないんだろうけど、諦めたら駄目だよ?
Ao君の願いを答えられない私が言うのもなんだけど、Ao君のコスプレは凄いレベルが高いと思う。
プロのコスプレイヤーを目指してはいなかったとしても、コスプレに対してはとても真剣なんだと思うし、これまでも努力も凄い感じる。
目的は何であれ、諦めるのは勿体ないと思う」
「そうだよ! コスプレは無理だけど、他に手伝えることがあったら何でも頼って!!
なんなら何人か、知り合いに当たってみるし!」
「ん? あぁ、何か悪いな……。
でも、大丈夫。何とかもう少し自分で当たってみるから」
二人の励ましに、葵は結局、気を遣わせたことを悪く思いながら、まだ諦めてはいなかった為、あぃこの申し出も断り、何とか自力でもう一度、探すことを決めた。
そして、時計に視線を移すと、すでに15時を回っており、また探し始めなければいよいよ、一人もコーディネートすることが、出来なくなるタイムリミットが迫っていた。
葵は二人に軽く別れを告げ、重い足取りで、まだ何か良い案を思い浮かべたわけでもなかったが、それでも人の賑わう会場へと向かっていった。
「Ao…………」
別れを告げた際は、何とか軽く笑みを浮かべていたが、再びすぐに難しい表情を作りながら、えにこ達に背を向け去っていく葵に、あぃこは心配そうに小声で小さく呟いた。
「なにぃ~? あぃこちゃん心配なの~~?」
少しからかうようなえにこの問いかけに、あぃこはすぐに焦ったように否定した後、再び、葵の後姿に視線を向けた。




