俺より可愛い奴なんていません。9-1
◇ ◇ ◇ ◇
「いやぁ~~ッ! 遂についに来たわね、ビックサイトッ!!」
ガラガラと音を立て、ハイエースのドアを開けた立花 蘭は、目的の場所、ビックサイトを見上げ、勇ましく仁王立ちし、腰に手を当てながら声を上げた。
一番乗りで蘭は車から降り、蘭に続くようにして、今回のイベントに同行した葵と椿も車から降りた。
「お姉ちゃん……、荷物」
現地に付いたことでテンション上がってか、蘭は自分の荷物をそのままに、車から勢いよく飛び出していき、椿はため息を付きながら、共に降りてきた葵が持つ、蘭の荷物を指さし、姉を指摘した。
「あぁ、ごめんごめん葵ッ!」
「お兄ちゃんも甘やかさなくていいよ? だらしのない……」
蘭は少しだけ悪びれる様に、軽く謝りながら、葵から自分の荷物を受け取った。
そんな、反省の色無しな蘭を見て、車内で気を利かせ、蘭の荷物を持とうとした椿を遮り、自分から姉の荷物を持って降りた葵に、椿はいたわるようにそう告げた。
「いいよ、流石にもう慣れたしな……」
「そうだぞぉ~~、椿ちゃん!
お姉ちゃんと葵は、椿が海外に行っている時も一緒に居たし、そらもう、阿吽の呼吸よ!!」
(お兄ちゃんが一歩的に気を遣わされてるだけでしょ……)
葵の返事に蘭は、自分の都合の良い解釈で便乗して答えると、不甲斐ない姉に椿は深いため息が零れた。
「いや~~、こうして後ろから見てても女子3名にしか見えんな……」
葵達が会話をしていると、一番最後に遅れて、姉である蘭と同じ職場に務める白井 隆信が、立花家姉弟達を見て、そう呟きながら車から降りてきた。
白井は今回、蘭の願望をかなえる為、『ミルジュ』の宣伝もついでに兼ね、夏コミのイベントに一緒に参加することになり、車内でメイク等が行えるよう改造されたハイエースの運転をし、ここまで葵達を連れて来ていた。
「こないだの葵君のとこの文化祭は忙しくて、きちんとまともに見れてなかったからなぁ~~。
凄い、凄いとは聞いていたけど、ホント、ここまで凄いとは……」
白井は立花家に葵達を迎えに出向き、家から葵が出てきた時と似たような反応を改めて繰り返した。
「白井~~、それ何回目?
てか、葵も何でまた女装してんの??」
白井の言葉に、道中にも似たような話題を何度か出されていた為、蘭は少しうんざりしたような様子で呟き、そしてかねてから、なんなら朝、一緒に出発した時からずっと思っていた事を、白井と同じように改めて葵に尋ねた。
「だから、朝も言ったように仕方ないだろ?
目的を果たす為にはこれが最善なんだから……」
「別にしなくても問題ないわよ!!
男のスタイリストで女性のメイクやってる人もいるし……。
てか、前年の夏コミも大いに女装して楽しんでしょ?」
「問題ない……、今年の目的が違う事は重々理解してるから……」
疑り深く、葵の表情を覗き込むように確認しながら尋ねる蘭に、葵は少しこわばった表情で、若干図星を付かれた事に動揺しながらも、言葉だけはハッキリと答えた。
葵と蘭は、今年の夏コミのイベントに『ミルジュ』の宣伝も兼ね、素人さんにコスプレを体験させるため、イベントに訪れていた。
この企画は蘭が考えた物であったが、二人にとってこの企画は初めての事では無かった。
葵が女装に興味を持ち始め、唯一それを止める妹の存在は無く、趣味にエスカレートしていく中で、女装に近しい文化であるコスプレに、葵は興味を持ち始めていた。
そんな中、スタイリストになってからも、こちらもほぼ趣味である、『素人やプロでは無い人をメイクや髪のセット、衣装で大変身ッ!』といった事が大好きだった蘭は、大規模イベントであるコミックマーケットに目をつけ、葵と共に素人さんに声を掛けては、片っ端からコスプレさせていくといった事をやっていた。
元々は蘭ともう一人、白井ではない『ミルジュ』の職員でやっており、葵も交じるようになり、そんな事を何年か続けていた。
しかし、今年だけは少しだけ雰囲気が違っていた。
「前にも言ったかもしれないけど、『ミルジュ』の名前を使わせてもらってる以上、半分私も仕事だから葵のやりたい事に付きっきりで、協力はできないからね!」
「別にいいよ。 最低でも姉貴のコーディネートしてるところが見れれば……」
葵は兼ねてから欄に忠告されていた事を、再度釘を刺されるように言われ、初めての事に不安を感じながらも、ここに来るまでに覚悟は決めていた為、今更弱音を吐くことは無かった。
「半分? 仕事2割の趣味8割だろ??」
「うっさい! 白井ッ!」
白井の言葉にギャーギャーと言い返す蘭が言い返す中で、葵は蘭から視線を切り、葵にとって今日は決戦の場、勝負の場になる会場を見上げた。
葵は今日、コスプレで参加をする立場ではなく、姉である蘭と同じように、イベントに訪れた人に声を掛け、蘭と同じようにコスプレを施す立場として、今回のイベントに臨む気でいた。
「俺が将来、進みたい道を見極める為でもあるからな……」
葵はそう小さく呟き、覚悟を改に、腹を括った。
「お兄ちゃん、大丈夫??
私もやる事があるから、後半は協力できないけど、結さんが来るまでなら協力できるけど……」
葵の表情から察したのか、妹の椿が葵の顔を心配そうに見つめながら、そう尋ねてきた。
椿は、葵や蘭の目的とは当然違い、今回のイベントは蘭と同じの『ミルジュ』の社員、三島 結のお願いの為、夏コミに訪れていた。
結は文化祭で椿を見てからというもの、いつかどこかのタイミングで、仕事でなくともコーディネートしたいと思っており、かねてから蘭にそれを伝えており、それならと、椿の了承も得れ、タイミングも合った為、今日のイベントで行う事になっていた。
結は午前中は、別のスタイリストの仕事が入っていた為、仕事が終わり次第こちらに合流する手はずになっていた。
「あ……、いや、とりあえずは一人でできるところまではやってみるよ。
ありがとな……」
葵の表情から察してか、椿は心配そうに葵を見つめそう尋ね、葵は心配させないように精一杯、気丈に振る舞いながら、昔からの癖で、椿の頭に手を軽く置くように撫で、そう答えた。
「ところで、なんでお兄ちゃんは女性キャラのコスプレを選んだんですか?」
椿は不意に、ずっと気になっていた質問を葵にぶつけた。
葵は今回のイベント、姉の蘭と同じく素人をコスプレさせる側の立場であったが、狙いがあり、わざと女装、更に女性アニメキャラのコスプレしていた。
「ん? あ、あぁ、俺がコーディネートの練習をしたいのは女性だからな……。
別に将来的にどっちの性別とか、拘ってるわけじゃないけど、女性のメイクはやっぱり男より奥深いし、応用が利きそうだしな?
女性狙いで、自分をサンプルに見立てる様に誘えば、何とかコスプレに誘えそうな気もするしな」
「なるほど……。
こんな風にコスプレできますって感じか…………。
そのピンクの髪色のキャラを選んだ理由は?」
椿は続けて、葵の今現在の容姿について具体的に尋ね始めた。
「俺もあんまりこの界隈には詳しくないから、きちんとは知らないけど、今流行ってるアニメに出てくる双子の女性キャラの一人らしい。
鬼でメイドって設定らしい……」
「へぇ~~、一番人気のキャラなの?」
椿もあまりアニメに詳しいわけでは無かった為、葵のコスプレの元になるキャラに付いて詳しく知らない様子だったが、純粋に興味深そうにキャラに付いて、引き続き質問を投げた。
「う~~ん、人気が無いわけではないらしいけど、双子の妹の方が人気らしいぞ? 青髪の」
「え? メジャーどころではないんだ……。
なんで、その青髪の妹の方にしなかったの??」
「あぁ。それは今回のイベントで俺が主役になるわけじゃないからな?
俺は、コスプレを別にしに来たわけではない女性を誘うわけだし、俺が人気のあるキャラをコスプレするのはな……。
それに、容姿が似通った双子の姉のコスプレで、これぐらいのクオリティになれるんだと想像しやすいだろ? 自分が妹のコスプレをやったとして、これぐらいの仕上がりになるのかとか…………」
「なるほどねぇ~~。 いろんな意味でのサンプルなわけか……」
葵から一連の根拠を聞き、椿は納得の声を上げ、葵の本気度を感じていると、しばらく白井と話していたはずの蘭が口をはさんだ。
「我が弟ながらこすい……」
「こすくない、作戦だ」
姉の言葉に葵は、ムッとした表情を浮かべ瞬時に答えた。
「でも、葵の考えてる通りの作戦で上手くいくかなぁ~~。
結構、難しいんじゃない??」
「なんで?」
蘭の少し挑発したような物言いと、ニヤニヤとした表情で、葵は増々、不満に感じたが、このイベントとこれから葵がやろうとしている事に関しては、現時点で蘭以上に長けている人はいない為、理由を聞かざるを得なかった。
「まず、葵のそのコスプレ。
サンプルにしては、上手く出来過ぎじゃない?」
「別に問題ないだろ……?」
「ほんとにそう思う? これからあたし達が誘うのは、コスプレのコの字も知らない素人さんだよ?
出来過ぎのサンプルを見せられて、怖気ずく可能性も無き西もあらずじゃない??
もし、自分がコスプレしても可愛く、綺麗にはなれないんじゃないか……。
あるいは、コスプレをするには、ここまでのレベルを求められるのではないのかと思ってもしまうかもしれない……」
「そ、それは上手くフォローする……。
可愛く、綺麗になれなかったなんて事には絶対にしない……」
葵は自分の培った腕には自信があったが、蘭に言われるとどうしても少しずつ不安が募っていった。
葵の目を蘭は見て、決意は揺らがず、やる気に満ちている事は伝わったが、長年の付き合いだからか、彼の持つ雰囲気が少し不安定な、不安を抱えているように蘭は感じ取れた。
蘭はそこで、葵をからかうために始めた挑発をやめ、優しい表情へと戻ると葵に一言だけ、最後に伝えた。
「コスプレの本来の楽しみ、そして難しさを勉強しな。
学祭や沖縄でやってたイベントとはまた違った事を感じるはずだから……」
沖縄で具体的に何があったのか、蘭はよく知らなかったが、初めてここで葵が本気で、自分と同じ道を歩む事を考えているのだと実感できた。
今まで、自分の為だけに技術を磨いた葵が学祭をきっかけに、やりたいことを少しずつ明確にしていく様は、姉として、時には少しちょっかいも出しながらも、大切に見守りたいと、素直にそう思えた。




