俺より可愛い奴なんていません。8-21
葵の唐突な質問に、その場は一気に静まり返り、最初は目を大きく広げ、驚いた表情のまま固まっていた美雪も、葵の言葉を段々と認識していくにつれ、どんどんと顔を赤く染めていった。
葵は、その美雪の表情を見るだけで、大方答えは分かっていたが、美雪の答えを待った。
しばらく沈黙が流れた後に、美雪は気を動転させながらも、答え始めた。
「な、なんですかッ? 急に……。
そ、そんな事、急に聞かれても…………」
美雪は上手く言葉が出てこない程に焦っていたが、何とか葵の言葉をはぐらかす様に答えた。
「いや、前々からそんな気はしてたんだ。
あと、これはあんまり言いたく無いけど、清水から聞いてる」
葵は心の中で卑怯だとは思いつつも、美雪の親友である亜紀から聞いた事を告げ、もちろんこの事は亜紀に了承も得てはいなかった。
そして、落ち着きのない美雪に対して、どこまでも冷静に淡々と、表情一つ変えずに真面目な表情のまま、美雪に続けて尋ねた。
「あ、亜紀がッ!?
も、もう~~……、なんでそういう事勝手に言うかな~……」
「聞いといてなんだけど、清水はあんまり悪く言わないでやってくれ……。
何となく、俺が気づいて鎌をかけたら当たっただけだから」
美雪は葵の前では珍しく、口調を若干崩しながら、この場にいない亜紀に恨み節を呟きつつ、熱くなった自分の顔に両手を当て、恥ずかしさのあまりか、葵と視線を合わすことがなくなっていった。
葵はそんな自分の前では初めて見せる美雪の姿と、先程、Bloomで真鍋と買い出しに行った時の彼女の表情が重なった。
一瞬、もやついた嫌な感情を感じたが、すぐにそんな感情は捨て、余計な考えも起こさず、また、葵の答えた事は、もちろん嘘であっため、勝手に名前を出した以上、このまま悪者にさせる事も出来ず、弁解を図った。
そして、更に葵は追及をやめなかった。
「それで……、好きなのか??」
葵は最初に尋ねた時よりも、何かが心に刺さるような、そんな感覚を感じたが、素直に美雪に再度、尋ねることが出来た。
美雪がおろおろとした様子で慌てふためき、中々すぐには答えが返ってくることは無かったが、葵はじっと美雪の言葉を待った。
そして、数分の時間、美雪の答えを待つと、ゆっくりと美雪は話し始めた。
「えっとぉ……、そうなのかも知れないです…………」
美雪はしどろもどろに、彼女の答えは何処か曖昧さを含んでいたが、葵の質問を肯定するように答えた。
葵は覚悟していた答えだが、いざ彼女の口から答えられると、堪えるものがあった。
葵は真顔で務めているつもりだったが、微かに一瞬、表情は曇り、美雪は俯きながら答え、美雪から葵の表情が見えることは無かった。
ただ、葵は一つ、静に会う前に決めたことがあり、そしてそれは、静と会った事で覚悟に変わり、揺るぎない物が葵の中であったため、思うよりも気持ちがブレることなく、平常心を保ち続けた。
「そうか……」
葵は小さく呟き、そして美雪の答えを聞き、葵の中で、自分がこれから起こす行動が決まり、自分でも驚くほど素直に、気持ちに折り合いを付けた。
そこからは、たった一つの信念と目的の為、どこまでも冷静に物事を考えられた。
「なぁ、真鍋とどうなりたいとかあるのか?」
「え? えッ? あ、いやッ、そんな事までは別に考えてなくて……」
ケロっとした様子でどんどんと尋ねる葵に、美雪はキョドった様子で答える。
「ふ~~ん。
まぁ、真鍋も来年も桜木勤務だろうし、後一年は猶予あるしな……」
「立花さん?」
美雪から見れば見自然な行動を取る葵の意図が見えず、不安そうに葵の顔を覗き込むように名前を呼んだ。
そして、そんな美雪の思いも知らず、小さく息を吐くと、ハッキリ、ゆっくりと美雪を正面に見つめながら、答え始めた。
「俺が協力してやる」
葵の決めた道、その一言は美雪への申し出でもあり、戒め、誓うように放った言葉でもあった。
「え…………?」
葵の言葉に美雪は声を漏らす事しかできなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
沖縄事前旅行、最終日。
夕方の飛行機の便で戻る予定となっている葵達は、最終日にお土産を買うため、大通りへと顔を出していた。
基本的に自由行動とされ、行動範囲と時間は決まっていたが、それなりに自由を許され、のびのびと買い物ができるようにと、配慮されていた。
葵達は、男女でグループに別れたり、単独行動したり、時には同じ店に全員集合しと、それぞれのペースで買い物をした。
その後、ある程度買い物を終えた葵達はホテルへと戻り、昨晩、真鍋の指示で、故郷へと郵送で送る荷物をまとめており、その荷物と共に、大通りで買ったお土産も含め、郵送の手配を終えた。
そのまま、自分たちが旅行中に利用したホテルをチェックアウトし、世話になったBloomへと向かった。
当然の流れで、Bloomに行く理由も葵は当然理解出来ていたが、昨日の夜の出来事もあり、気持ちとしてはあまり気の向かない事だった。
別れた後も、SNSでの軽いやり取りはあり、その際も、静は葵に対して気を使わないでと、前々気にしていない素振りを見せていたが、素直にそれを受け取る程、葵も馬鹿では無かった為、ずっとその後も気になっていた。
「お? なんだ? 立花……。
ため息なんて吐いて……。 まぁ、気持ちは分からんでもないけどな」
自然とため息の出た葵に、それが気になったのか近くにいた前野が反応した。
葵は絶対に自分の考えている理由で、前野が気を落としているのだとは思えなかったが、前野の話に耳を傾けた。
「沖縄事前旅行最終日……。
この美しい島から離れる事もそうだが、何よりもこの島の一番の女神、小竹さんと離れ離れにならないといけない事が何よりも苦痛だよな……」
葵は案の定、前野が自分とは違う理由で憂鬱になっている事が分かり、そして、長谷川も会話に参加し、またもくだらない事でワイワイと会話している事に呆れた。
葵は耳を傾けつつも、静と会って何から話せばいいのかと思考をしていると、不意に前野が宣言するように声を上げた。
「俺……、小竹さんに告白しようかなッ!?」
前野の思い付きにも似た発言に、長谷川は「おぉッ!」と感心するように声を上げ、同じく話だけは聞いていた葵は、驚きのあまり、その場でむせ返った。
「ん? どうした、立花。
大丈夫か??」
大きくむせ返った葵に、長谷川と前野のは視線を向け、葵は依然として咳をしながらも、片手を軽く上げ、大丈夫だとゼスチャーするように、返事を返した。
(こいつ、なんてタイミングでそんな事、話題に出してやがんだ……)
葵と静の二人に会った事など知る由もない前野だったが、そんな前野に葵は恨み節を心の中で呟き、呼吸を整えた。
葵の返答が返ってくると、思い付きで発した前野のその言葉が途切れることなく、その話題は続いていった。
「告白ってどうな感じにすんのよ?
お店にいる時間もそんな無いだろうし、大体、二人きりになれるタイミングあんの?」
「まぁ、特に計画もしてないけど告白はする!
悪いけど、長谷川と立花は二人っきりになれるよう、協力してくれないか?」
長谷川の素朴な疑問に、何も考えていなかった前野は焦り出し、両手を合わせお願いするように、葵と長谷川に頼み込んだ。
長谷川は声大きく「おうよ!」と協力す旨を伝え、葵は二人の会話にどんどんと嫌な予感を感じていった。
そして、その瞬間から今まで静に会った時の事を考えていた葵だったが、そんな思考はすぐに放棄し、前野の告白を阻止する考えにシフトし始めた。




