俺より可愛い奴なんていません。1-17
東堂との事件が解決し、廃校の校庭には何台かのパトカーが止まっていた。
「みゆっち〜!!」
立花 葵と橋本 美雪が校舎から出てくると美雪の親友である晴美が大きくてを振り、こちらへ駆け寄って来るのが見え、その後ろから亜紀の姿も見えた。
晴美は美雪の前まで到着すると飛び込むように美雪に抱きついた。
「うわ〜ん、よがっだよぉぉぉお」
晴美は美雪に抱きつくとわんわんと泣き散らし、美雪はそれを見て、まるで母親が我が子をあやすようなそんな様子で、晴美の背中をポンポンと軽く叩き、優しく摩っていた。
亜紀もそんな二人を見て少し涙腺が緩み、自分の情けない顔などを見られたくない亜紀は、素早く視線を地面に向け、少し俯いた様子で、涙を軽く拭っていた。
亜紀は涙を拭い、自分が少し落ち着いたのを確認すると顔をゆっくりとあげ、美雪に話しかけ始めた。
「美雪、大丈夫だった? 何もされてない?」
「ん? うん、大丈夫。ごめんね、心配かけて」
「ホントよ……気が気じゃなかったわよ……」
亜紀はため息吐くようにして溜まっていたのであろう緊張感を吐き出し、美雪の無事を見た事でようやく安堵できた様子だった。
「それより、どうして二人がここに?」
「……ッ…あっちゃんがね、通報で学校まできたパトカーに一緒に連れてってくれってね、自分達ならみゆっち達が乗っていった黒い車が分かるからって……」
美雪の問いにまだ涙目な晴美がようやく美雪から離れながら、鼻をすすりながら答えた。
そして、葵も美雪も晴海の答えでその時の様子が鮮明に想像出来、亜紀には失礼だったが、いつも冷静沈着な亜紀が焦って警官に訴える姿が頭に浮かび、それが面白く、可愛らしく思えた。
「ちょっと、アンタ達。失礼な事考えてるでしょ。」
葵達がそんな想像をしていると、勘が良いのか、想像する時に葵達の口角が自然と上がっていたのか分からなかったが、亜紀は自分が馬鹿にされたような気がしている様子だった。
「アハハ〜……そんな事ないよ〜……」
美雪はバレても良いと思ったのかわざとらしくそう言い放つと、亜紀はムッとした様子で不貞腐れていた。
葵はそんな平和な光景から先程からずっと気になっていた東堂のいる方へと視線を移した。
「大丈夫ですよ、彼は……」
葵の視線の先に気づいたのか、隣から優しい声で葵の心配を拭い去るように美雪が語りかけてきた。
葵は声のする方へと視線を再び動かすとそこにはニッコリと笑う美雪の顔があった。
葵にとっては何故、会って間もないよく知らない東堂の事をそんなふうに言えるのか不思議だったが、美雪のその曇りのない笑顔には何故だか説得力のようなものがあり、反論する気も起きなかった。
「ハイハイ、君たち〜ッ!」
4人が固まってその場でお互いの無事を喜んでいると、遠くから駆け寄ってきた1人の警官が話しかけてきた。
「もう、大丈夫だからね。えぇ〜と、被害にあったのはそっちの女性二人だよね? そっちの2人は捜索協力ありがとう! 助かったよ!!」
そう言って警官は葵と美雪を交互に指さし、被害にあった人達だと確認すると、今度は晴美と亜紀の方を向き、感謝を述べた。
どうやら、葵と美雪の知らない所で2人も頑張ってくれていたようだった。
美雪は警官にそう言われ首を縦に振り、葵も女装していた事もあり、癖で素直に「ハイ」と答えようとしたところで、口を噤んだ。
「いえ、男です」
「うん。そっかそっか……は? 男??」
警官は肯定の2つ返事だけが飛んでくると思い込んでいたため、葵の話を最初は上手く聞き取れていない様子で返事をしていた。
そして、改めて葵の言葉を頭の中で反復したのだろう、今度は間抜けな声を出し、理解不能といった表情で葵を見つめた。
「いや、またまた〜……」
警官はニヤニヤと笑いながら冗談だろうと葵達に確認をとったが、葵が女装をしていることを知らない晴美以外は、動じることなくさも当然のような様子で真顔で答えた。
「え? マジ??」
「あ……あぁ〜……ま、まぁ…、詳しい話は署の方で聞くから、とりあえずみんなついてきてもらってもいいかな?」
警官は完全に動揺した様子で晴美は何だかよく分かってない様子だった。
そして、警官が歩み始めるとその後に続くように美雪と晴美も歩き始めた。
葵も2人が続くのを見るとその後に続くように歩こうとしたその時、後ろから不意に呼び止められた。
「ちょっと」
葵はその声が誰の声だかスグにわかり、彼女とはキチンと話しておかなくてはならないとそう思い、振り返った。
そこには、亜紀が真剣な表情で葵を真正面から見つめていた。
「ありがと、美雪を助けてくれて」
「は……?」
美雪を自分の面倒事に巻き込んだ事を改めて罵倒されるとそう思っていた葵は驚いた表情で声を漏らし、亜紀を見つめた。
「私には何も出来なかったから……」
「いや! お前らも何かしてくれてたんだろ? 警察もこんなに早く来るとは思ってなかったし……」
悔しそうに呟いた亜紀を気遣うように葵はそう言ったが、亜紀の性格では納得いっていない様子だった。
「それに何もしてないっていうなら俺の方もだ……」
葵はそう言って、警官の後ろで晴美と楽しそうに話す美雪の後ろ姿を見つめた。
亜紀も葵の言動に気になり、葵の視線を追うと葵が何を見ているのかわかり、葵が言いたかった事が何となく理解出来た。
それは、亜紀が美雪をよく理解しているから理解出来た事だった。
「すげぇなアイツは……」
「フフフッ……ちょっとアンタ、まさか好きになったりして無いでしょうね?」
葵の心からの賛辞に亜紀はまるで自分の事のように喜び、初めて葵との会話で笑顔を見せ、そのまま冗談っぽく葵に訪ねた。
亜紀の問いかけから2人の間に静かな空気が流れた。
亜紀の質問から一向に答えることなく黙りこくってしまった葵に異変を感じた亜紀は慌てた様子で葵に再び問いかけた。
「は? 嘘でしょ? それだけは許さないからね??」
「そうか……そういうことか……」
「はぁああッ!? ふざけんなよ立花 葵ッ!!」
亜紀は若干イラつきながら、まだ冗談半分で訪ねたつもりが、葵の小さく呟いた一言を聞き、先程の良い感じの雰囲気は一気に消え去り、葵に激昴した。
「アイツ可愛いもんな」
「許さん……さっきのアタシの感謝を返せッ!!」
亜紀がそう言って葵の足を足払いする要領で葵に蹴りを入れた。
「ウッ……テンメェ……何しやがる」
「当たり前でしょ!! しんッじらんないッ!!」
蹴られた拍子にその場で痛みを感じる箇所を抑えながら、しゃがみ込み、見上げるようにして美雪を睨みつける葵に対して、亜紀もかなり怒っている様子で、葵を見下すようにして言い放った。
「お前……また勘違いしてんだろッ」
「はぁああ?? 今度の今度は完全に惚れてんでしょーが!! 可愛いとか今のその格好で言うなッ! 気持ち悪い!」
「いっぺんに色んなとこにキレんなよ……気持ち悪くねぇし……」
葵はもう亜紀の対応を面倒くさく感じつつも、このまま自分が美雪に恋してるなどと思われる事が癪だったので、蹴られた足の痛みも引いてきたところで、立ち上がり亜紀に向き直った。
「別に惚れた腫れたじゃねぇよ……ただ可愛いっていっただけだ」
葵の真剣な表情から言われた事に、亜紀は葵が何が言ってるのか理解出来ないといった表情だった。
もちろん、葵も亜紀のそんな表情から相手が理解してないなというのはスグに分かった。
「可愛いって言ったら好きだって事になんのか?」
「別に……そうゆう訳じゃないけど……」
葵の言葉にまだ亜紀は葵の意見を肯定したように答えたが、まだ全然納得がいっていない様子だった。
亜紀もまた、葵が今日沢山見たであろう美雪の生き方や、彼女の在り方に惹かれたタチだったため、どうも素直に、葵のその簡単な感想を受け止める事が出来なかった。
「でも、納得いかないな……」
「は? 何が??」
「アイツ……俺より…………可愛く見える……」
「は……?」
葵の呟いた言葉に亜紀はキレるを通り越し、呆然とした。
もう亜紀にとって、ここから先は理解してない領域の話だった。
「何なんだ?? なんであんなに魅力的に笑顔が映える??」
葵は今日美雪が所々で見せた笑顔を思い浮かべ、真剣に悩むようにして呟き、亜紀を放ったらかし自分の思考の世界へと入ってしまった。
「俺の方が圧倒的に可愛い……確かに橋本はいい線はいってる。
それに今日の俺はまるで本調子じゃない、完璧には程遠い。
だけど、俺の足元にも及ばないはずだ、及ぶわけが無い……」
「こりゃ、恋愛にまでは発展しないわね……、もう疲れた、勝手にやって……」
葵がどんだんと自分の思考に熱くなっていく中で、逆に亜紀は一気に態度が冷たくなり、ため息をつきながら軽くてきとうに片手を振り、葵に背を向け、美雪達の方へと歩き出していった。
「あぁ〜分かった! つり橋効果かッ!! あの危機的状況でうんたらこうたらってヤツか」
葵は自分の中で結論が出ると1人、馬鹿みたいに大声で納得し、結論が出た事に満足し美雪達の方へと歩いていった。
◇ ◇ ◇ ◇
東堂の件から日が経ち、次の日を迎えた。
昨日、生徒の拉致事件があったというのに桜木高校はいつもと変わらず、学校が開かれ、生徒達が登校していた。
葵達はあの事件の後、警官署につけて行かれ、簡単に事件の詳細の話をし、30分程度で全員解放された。
その後は、事件もあったため各家まで送って貰っていた。
警察は葵達の学校にも報告をいれ、各クラス、学年関係なしにその事件の話を朝の会で担任から話されていた。
その話を聞いた生徒達は午前中はほとんどその話で盛り上がっていたが、葵達の名前を伏せる配慮があったため、葵達が自分達でその話の当事者だと言わない限り、バレることは無かった。
そして、そんな1日もあっとゆう間に過ぎ、時間は放課後を回っていた。
「あぁ〜……ほんじゃ、今日も実行委員の集会を始めます」
ダルそうにそう言うのは、いつも実行委員のとりまとめとして教室に来ていた教員の加藤だった。
加藤のだるそうな声で始まった本日の実行委員の集まりだったが、ほとんどの生徒がまた特に何も決まらない、意味の無い会議が始まったと思っていた。
「えぇ〜、お前らには悪かったがやっと上の方でも話がまとまってな? 知ってる奴もいるかもしれねぇが、今年度は実行委員で数人……事前沖縄に行ってもらう」
加藤がついに、実行委員達全員が気になっていたであろう話を開口一番に伝え、教室はざわついた。
「それで、今日から、その事前に沖縄に行きたいと言う奴の挙手を取る」
加藤が話す中、実行委員に参加していた亜紀は近くに座っていた晴美に話しかけ始めた。
「晴美、アンタ行きたがってたでしょ? 親の許可も降りたしいいわよ? 付き合っても……」
亜紀は晴美がとても行きたがっていた事が気になっており、あまりにも彼女が行きたがるため、親に許可を取り、晴美のために亜紀は沖縄旅行に参加出来る旨を伝えた。
すると、美雪も何か思い出したかのように亜紀に続き話し始めた。
「あッ! 私もッ! 親に聞いたら行ってもいいって……フフフッ……やっぱり考えることは一緒だね!」
「み、みんなぁあ〜……ありがとッ!! 大好きッ!」
美雪と亜紀の嬉しいサプライズに晴美は飛び上がってしまうほど嬉しく感じ、2人に軽く抱きついた。
「それじゃあ! 全員参加だね!! 楽しみだな〜……えへへー」
晴美はそう言ってニヤニヤと笑いながら2人の顔を見つめた。
「はい。それじゃあ、事前の沖縄、行ってくれる人いるか〜??」
美雪達がちょうど話し終えたところで、加藤は長々と話していた話が終わり、本題をクラスの生徒達に提示した。
「お?? 女が、えぇ〜3人。これはピッタリだな。そんで男子が1、2、3……こっちも奇跡的に……ん?」
加藤は早速女性が決まったことで少し喜んだ様子で下のメモに立候補した人物の名前を書き込み、今度は男子の方を指を使い数えていくと妙な事が起きた。
最初、手を挙げた男子は示し合わせたかのように女子と同じ3人だったが、加藤が3で数えて終えようとした時、遅れて1人の男子生徒が手を挙げた。
その生徒は立花 葵だった。
亜紀や美雪達はもちろん、ここにいる全ての生徒の視線を受け、それでも怯なかった。
美雪は不思議そうにこちらを見、亜紀は恐ろしい形相でこちらを見ていたが葵にはどうしてもやらなければならない事あった。
(いくら、あの時可愛く見えたからって認めるわけにはいかないよな、まずありえないからな。俺より可愛い奴なんているわけない)
葵はそう言って、数年ぶりに自分から異性に歩み寄った。
 




