俺より可愛い奴なんていません。8-18
◇ ◇ ◇ ◇
静からの呼び出しで、葵はBloomまでの道を、海を見ながら歩いていた。
この旅行の三日間、葵は何度も見たその光景だったが、何度見ても、何時間見ても、飽きる事のないその美しい光景を呆然と見つめながら、葵は考え事をしていた。
静から呼び出しを受けるその前から、妹の椿に、前もって静から何か話があると伝えられており、メッセージの文面から、それが何か重要な話題なのだという事は、葵にもよく理解が出来たが、いったい何を話すのか、内容についてはまるで見当もつかなかった。
答えの出ない問題に、葵はいつしか考えるのをやめ、ただ茫然と景色を楽しみながら、目的の場所へとたどり着いた。
静に指定されたその場所は、葵も一度訪れた事のある、黛と二人で海を見ながら話した、ベンチのあるあの場所だった。
葵の今いる車通りのあるコンクリートの道から、浜へと降りるための石階段を使い、浜へと降りればすぐそこにBloomもあったため、とても分かりやすいところでもあった。
(静は……、まだ来てないのか…………)
葵は辺りを見渡し、それらしき人影がない事が分かると、彼女を待つため、ベンチへと腰を降ろした。
海や、その場から見下ろせるBloomに視線を向けながら静を待つと、少しした後に彼女は姿を現した。
「葵……?」
後ろから掛けられた少し不安げな様子を含んだ女性の声は、葵の名前を呼び、葵が声に導かれるように振り向くと、そこには静の姿があった。
声を掛けられた時点で葵は、その声の持ち主が静だと分かっており、呼び出しを受けたのにも関わらず、数十分だが、待たされた事に、軽く文句の一つでも言ってやろうと葵は想っていた。
しかし、静の姿を見た瞬間に、葵は言葉を呑んだ。
「え…………?」
葵は静を見て、面を食らった後、小さく声を零した。
「へへへッ……、やっぱちょっと変かな?」
驚いた表情のまま固まる葵に対し、静は恥ずかしそうに頬を指で掻くようにしながら、葵とは目線を合わせず、尋ねるように呟いた。
「あ、いやッ! 変じゃないけど……」
「そ、そっか……、それなら……、まぁ、良かったか…………」
静のその言葉に、面を食らっていた葵は我に返り、すぐに取り繕う様に声を上げ、静の見た目に対しての感想を述べ、葵の言葉を聞き、増々恥ずかしそうに、静は顔を赤く染め、依然として目線は葵と泡ぜず、声もしりすぼみに、小さくなっていきながら答えた。
静が身にまとっていたのは、白いワンピースだった。
短髪で沖縄に住んでいる事もあってか、肌も小麦色に焼けており、活発な印象を受ける静だが、今の彼女はその明るい雰囲気を残しつつも、とても清楚で、神々しくもあるようなそんな美しさが、今の彼女にはあった。
風呂に入ったのか、少し髪を湿り気を帯び、艶やかな印象で、そんな彼女の髪を海風が優しくさらい、月の出ている夜という事もあってか、とても神秘的に葵の目に映った。
「え、えっとぉ……、用事ってなんだ?」
静の装いの美しさもあったか、葵はいつものようには振舞えず、静の緊張に釣られるように、ぎこちなく、気の利いた会話も引き出せずに、本題を尋ねた。
「あ、うん。
たったままも変だし……、座ろうか?」
「あ、あぁ、そうだな……」
緊張し始めた葵とは対照的に、静は段々と落ち着きを取り戻し始め、依然として目線は合わせられていなかったが、最初と比べれば、割とすんなりと言葉も出てくるようにはなったいた。
葵は静の言葉に短く返事を返すと、先程まで腰を降ろしていた場所へ、腰を降ろし、静もそれを見るなり、自分も葵の隣のベンチへと腰を降ろした。
席に着くと、二人は何も話すことなく、葵は静からの話を待ち、静は話す事を順序立てているように、何か考える様子でわずかに首を傾げていた。
そして、考えが纏まったのか静はゆっくりと話し始めた。
「いよいよ、明日が最終日だね……。
ホントにいろいろあったけど、あっという間だったね……」
「そうだな……。
夏休みに呼び出され、憂鬱とか思ってたけど、やっぱり沖縄の魅力には魅了されるよな」
「えぇ~ッ!? 学校の行事とはいえ、葵、そんな事思ってたの?
そんな事考えてる人は沖縄来ちゃだめだよッ!」
葵の言動に呆れつつも、静は葵らしいと言えば、葵らしい言動に、笑みをこぼしながら答えた。
「ここに来るまでは苦痛だけど、来てみれば本当にいいとこだよな…
…。
まぁ、当然なんだけどさ……」
何気ない会話で、二人の緊張はいつの間にか解け、葵は海に視線を送りながら、少し寂しそうにそう呟いた。
葵の言葉を最後に、二人には再び沈黙が訪れたが、その沈黙は気まずいものなのでは無く、むしろその沈黙が心地よくも感じた。
その場のゆったりした雰囲気が、二人の会話のテンポにも影響していき、時間の進みすら、ここでは遅く感じられた。
そして、その沈黙を破るように、静はハッキリとした声で、声を上げた。
「そんなに気に入ったならここに住めばいいじゃん」
「――は?」
静の言葉に葵はあまりに現実的ではなかった為、なんの冗談かと、声を漏らしながら、海から視線を切り、静へと視線を向けた。
葵が静の顔見ると、静の表情はこれまでにないくらいに真剣な表情で、今まで恥ずかしがって視線を合わせなかった彼女とは思えない程、堂々とした姿だった。
「え~と……、冗談だよな……?」
葵は静の表情から、冗談のようには思えず、しかし、とても現実的ではなく、正直、どっちとも取れず、本気では無いだろうと確認するように、静に尋ねた。
しかし、葵の質問に静はすぐには答えず、少しの間、黙り込んだ後、ゆっくりと答え始めた。
「流石にね? 冗談だよ??」
葵の問いかけに、今まで真剣だった表情をコロッと変え、申し訳なさそうに微笑みながら答えた。
静はもったいぶるように答え、葵も流石に冗談だとは思っていながらも、何故だか少し安心したように、肩を降ろした。
結果的に、葵は静にからかわれたような形になったが、静の表情とトーンから少し、違和感を感じていた。
(俺は何で今、安心したんだ……?
本気で聞かれていたとしたら…………、答えに困った……?)
沖縄移住などすぐに決められる事などでは無いと、現実的に考えれば、100%答えはNOと決まっている質問であったにも関わらず、葵は冗談でよかったと感じており、心の中で困惑する葵に静は、間髪入れずに会話を挟んだ。
「葵はさ、将来何やりたいとかってそうゆうのあったするの?」
「急だな……? 今のところ特には無いな」
静の会話のペースに違和感を感じながら、葵は彼女の質問に答えた。
本当は、葵の中で少しだけ気になっている事があったが、まだ毛ほどの、微々たる興味でしかなかった為、それを口にすることは無かった。
「え? ないんだ~。
葵は無関心そうに見えて、興味のあることに関しては、妙に拘るからあるかと思ったのに……」
「別に俺に限らずそんなもんだろ?
まだ、16か17の年齢なのに、やりたい事決まってる奴の方が珍しいだろ?」
「そうかな~? まだ進専門学校とかに入って、進路とか大きく決めてるわけじゃ無いし。
やりたい事いろいろ思い浮かぶと思うけど……」
「ふ~~ん。 そんなもんかね。
そういう、静はやりたい事とかあんの?」
葵は自然に、会話の流れから今度は静に尋ねると、静は黙り込み、葵はそんな静を急かすことなく、彼女が言葉を発するのを待った。
静から目線を切っていた葵は、気づくことは無かったが、葵から質問を受け、静は考え込むように俯き、そして心の中で決心がつくと、顔を上げ、今回、葵を呼び出しした目的を果たす為、行動を起こした。
「私はあるよ? やりたい事……。
まぁ、一度は諦めた、昔の将来の夢と同じだけどね」
「へぇ~、何になりたかったんだ?」
葵は「昔の将来の夢と同じ」という言葉に興味を惹かれ、昔の彼女を知っていながら、彼女の将来の夢を知らなかった為、再び会話の流れに沿う様に、続けて尋ねた。
葵からの質問に、静はゆっくりと息を吸い、先程から大きな音を立てながら鼓動を打つ、心臓に手を当て、ゆっくりはっきりと答えた。
「お嫁さん」
静が言葉を発した瞬間、周りの先程まで騒がしかった雑音も一瞬、無音に感じられ、絶え間なく吹き続けていた海風さえも、その一瞬だけはピタリと止んでいた。
そして、ほんの数秒の少しの間、まるで時間が止まったかのような瞬間が訪れ、静の言葉を認識した葵が、驚きの表情を浮かべ静へと視線を向け瞬間、再び時間が動き出したかのように、雑音と、海風が吹き流れた。
「あ……、ま、まぁ、そうだよな……。
女の子だし……」
葵は思考が定まってくると、段々と静の答えが至極真っ当な物に考えられ、納得するように声を上げた。
小さな女の子の言う『お嫁さん』と言う言葉と、年頃の女の子の言う『お嫁さん』では意味合いが少し変わり、将来の夢を答えただけで、別にどうという事では無かったのかもしれないが、それでも、彼女の答えには動揺せざるを得なかった。
これは葵だけが例外などでは無く、男性であればだれでも意識してしまうような事だった。
「そうだね、女の子全員が必ずと言ってもいい程に、一度は夢見る将来の夢だしね……」
もう限界かと思われた鼓動は増々速まり、緊張が極限まで高まっている静であったが、覚悟を決めた静が止まる事無く、どんどんと興奮していく中で、逆に頭はどんどんと冴えていき、体は熱くなる半面、頭はいたって冷静になる不思議な感覚を感じていた。
「ま、まぁ、なれると思うぞ? 普通に……。
静なら」
「そうかな……? ありがと…………」
葵は妙に恥ずかしさを感じながら、素直に静であれば良いお嫁さんになれると伝え、静もそれに答えた。
そして、少しの間を置き、静は続けて葵に話しかけた。
「ねぇ、葵……、好き…………」
「え…………?」
静は葵を真っ直ぐに正面に見つめ、最後の力を振り絞るように、一番に伝えたかった言葉を、シンプルに、今までこの言葉を出すために遠回りしてきた分、なんの言葉も付け加えることなく、その言葉だけを発した。
静の気持ちの籠った声は小さく細々しい声でもあったが、それでもしっかりと葵の耳に入り、突然の出来事に葵は驚き、声を漏らす事しかできなかった。
「今のは、冗談じゃないよ?」
何も言葉発する事の出来ない葵に、静は畳みかけるように、葵がきちんとその問いに答えるよう、伝えた言葉の解釈が変わらないようにそう告げた。




