俺より可愛い奴なんていません。8-17
葵は考えがまとまった後も、漠然と思考を回しながら、海に反射し煌く、月の光を呆然と見つめていた。
就寝時間まで、時間を潰す様に葵はその場で佇んでいると、不意に自身のポケットに入ってある携帯が小刻みに振動を始めた。
使い慣れている葵は、そのバイブレーションの回数から電話ではなく、メールやSNSのメッセージだとすぐに察しが付いた。
特段、何か重要な事をやっているわけでは無かったため、ポケットに手を忍ばせ、携帯を手に取った。
携帯を起動させると案の定メールだったが、携帯にはメッセージが入っていた。
SNSアプリを起動させると、二件のメッセージが入っており、一人は妹である椿の物であり、もう一人は意外な人物からのメッセージだった。
もう一人のメッセージは一先ず後回しにし、先に簡単に返信が返せそうな椿の方へとメッセージを返そうとし、椿との個人チャットを開いた。
(4時間近く前か、気づかなかったな……)
葵のSNSの頻繁に使用するアプリは、重要な人物のみをメッセージの通知が来るように設定してあり、椿からのメッセージはもちろん通知が来るように設定していた。
ちなみに、姉の蘭に関しては、無駄な変なメッセージも多く飛んでくるため、身内で唯一、通知をオフに設定していた。
「お兄ちゃん、帰りの挨拶行けなくてごめんね~˚‧º·(˚ ˃̣̣̥⌓˂̣̣̥ )‧º·˚
私は今日の午後の便で、帰ることになってるから先に帰るね?
お父さんとお母さんにも、元気にしてたって伝えとくね♪」
椿は普段どちらかと言えば口数が少ない方だったが、SNSでは饒舌で、若者らしく絵文字やスタンプを駆使し、葵にメッセージを送っていた。
椿の女性らしく可愛らしいメッセージに葵は、少し心を暖かく、ほっこりとした気持ちになりながら、手早く椿にメッセージを返した。
「分かった
家に着くまで気を付けてな? 空港着いたら迎えに行くよう親父には連絡しておくから
お土産は明日買っておく」
椿のメッセージに対して、葵は絵文字やスタンプは無く淡白な物だったが、メッセージからも伝わるよう、少し過保護な部分も文章からにじみ出ていた。
葵は椿にメッセージを送信した後、自分の発言の通り、父に椿が空港に着くであろう時間帯を推測し、メッセージで送った。
葵が父へのメッセージを打ち終え送信すると、再び携帯が小刻みに震え、メッセージが届いた事を知らせた。
SNSアプリのホーム画面に戻ると、再び椿からメッセージが入っており、流れで葵は再び椿の個人チャットを開いた。
「お土産ありがと~ヾ(@^∇^@)ノアリガトー♪
お父さんには、空港着く連絡してあるから大丈夫だよ(笑
あ、それと、一つお兄ちゃんに言い忘れてたんだけど、多分、
今日か明日に静お姉ちゃんからお話あると思うから、ちゃんと聞いてあげて?」
少し長文だったが、椿は短い時間で葵に瞬時に返信を返し、最後には興味深い一文が添えられていた。
葵はその最後の一文が気になり、また、先程携帯を確認した時に入っていた、二つのメッセージの内の一人が静であったため、余計に椿の言葉は引っかかった。
静からメッセージも来ている為、椿にそのことに対して聞くことは無く、葵は短く「分かった」とだけ返信を返すと、椿との個人チャットを閉じた。
そうして、緑の通知が出ている、静との個人チャットを開いた。
「夜遅くにごめん
今から会えたりする? 明日じゃ、ちょっと話せるタイミングあるか分からないから」
静とのメッセージのやり取りは、初めてでなく、Bloomの手伝いを始めた初日に、手伝いの兼ね合いでお互いの連絡先を交換し、二日目以降のミスコンからは、何度かメッセージのやり取りしていた。
しかし、静から送られてきたメッセージには、どこか深刻な雰囲気が感じられ、初めてやり取りをした時のような、妙な緊張感も漂っていた。
葵は携帯画面の右上に表示された時間を確認すると、まだまだ就寝時間までには余裕があると判断し、静に返信を打ち始めた。
「別に大丈夫だぞ?
あんまり、ここは詳しくないから、出来れば俺も分かる場所に、待ち合わせ場所を指定してくれ」
葵が返信を返すと、ものの数分でメッセージに既読が表示され、静から場所の指定が送られた。
(こんな夜分になんだ……?)
葵は妙な違和感と、確かに最終日にゆっくりと二人きりで、話せる時間は取れないと察し、葵も会えるのであれば、会っておきたいと結論付け、待ち合わせ場所に向かい始めた。
◇ ◇ ◇ ◇
「ん……? あれって……、立花さん…………?」
中庭へと丁度訪れた美雪は、どこかへと向かおうとしている葵の後姿を見つけ、疑う様にして呟いた。
月明かりや、ホテルの周りの照明もあって、後ろ姿ははっきりと確認できたが、少し距離もあったため、美雪はそれを断定する事が出来なかった。
「時間も速いし、違うだろうなぁ~」
美雪はそう呟くと、初日と二日目、葵と話した中庭のベンチへと腰を降ろした。
美雪もなんだかんだで、ここが一番思い入れのある場所になっており、毎日訪れていた為、愛着もあった。
中庭から見える景色を見つめ、話し相手の葵が現れる事をかすかに期待しながら、最後の中庭の景色を楽しんだ。




