俺より可愛い奴なんていません。8-16
美雪の発言により、真鍋と葵は状況を察し、事前に話を聞いていたであろう亜紀達は、心配するように美雪を見つめていた。
「携帯か……。
どこら辺で落としたとかも分からないか??」
美雪の相談に乗るように真鍋は、優しい口調で美雪に尋ねる。
真鍋は今回の肝試しは迷子になる事も想定し、各生徒に携帯を持参するよう指示を出していた事もあり、今回の件は教員である自分にも、責があると真鍋は考えていた。
一方で、葵は抜けているところはあれど、基本真面目で、学校での評判も優等生な美雪にしては、珍しいミスだなと思いながら、しっかり者の彼女だからこそ、自分の失敗で周りに迷惑をかけているこの状況を、重く考えているようにも見えた。
「途中、景色が良かったところとかで、写真撮ろうと携帯出したり……
。
何回か、ポケットから出したりしてました」
「そうか……。
だったら意外とすぐに見つかるかもな?」
罪悪感から申し訳なさそうな表情を浮かべる美雪に対して、真鍋は楽観的で、それは美雪を気遣うというよりも、割と本気で楽観的に考えている様子だった。
多少、落ち込む美雪への配慮もあったが、問題簡単に考えており、葵もどちらかと言えば、真鍋寄りの考えだった。
「肝試し最初から携帯を一度も使用してないとかだったら、コースを一から確認しなきゃいけないかもしれないが、何度か使用してるなら探す範囲も限定できるだろ?」
真鍋は簡単に言う様に美雪にそう伝え、葵も全く同じことを考えていた。
問題は美雪が最後に携帯を確認したのが、どのあたりか、それが分かれば捜索範囲は限定され、そこまで手間を掛けずに見つける事が出来そうだった。
「最後に携帯を使った場所なら覚えてます」
「よしッ! それじゃあ……」
美雪が覚えている事を確認すると、真鍋は声を上げ、どうするか伝えようとしたその瞬間、真鍋の声を遮るように、葵が言葉を発した。
「俺が行きます。
道も覚えてますし、橋本さえついて来れば、割とすぐに見つかるでしょう」
「え…………」
葵は真顔で飄々とした様子で、淡々と真鍋に告げ、葵の思わぬ協力に、美雪は思わず声を漏らした。
しかし、葵のそんな申し出は簡単には通らなかった。
「駄目だ。
お前らはもう先に、ホテルに帰れ」
真鍋は真面目な表情のまま、真向から葵の意見を否定した。
「なんでですか?
一度回った肝試しですし、途中アクシデントがあったにしろ、ここまで迷わずに、橋本と来れてますよ?」
「あぁ~、確かにそれはわかる。
実際、お前たち二人で行っても問題なく帰って来れるんだろうが……。
まぁ、何となくわかるだろ??
一番最初は学校の課題のような形で肝試しをさせてるが、今はもう課題の範疇を逸脱してるし、そこで大きなケガとかされたり、迷子になられたりしたら面倒なんだよ。
しかも、時間も時間だしな……」
真鍋はあまり言いたくなかったが、葵達を参加させることは気が引け、学校の校則のような、筋違いな大人の事情だが、葵達にはそれを呑んでもらうしか無かった。
今回の事前旅行は、生徒達にかなり自由にさせていた節が多かったが、あくまで課外活動の範疇という事で扱っており、今回の肝試しも活動の範疇の扱いにしてもらっていたが、時間帯も夜の為、グレーゾーンなのは確かであり、真鍋的にもあまり目的以外の事で、生徒に行動を起こして欲しくは無かった。
「夜に何か問題があれば、とゆうかこの旅行中何か問題があれば、基本は全て引率である俺に責任が来るけど、
夜、更に課外活動と関係のないところで何か問題が起きれば、俺の責任だけでは済まなくなるかもしれない。
生徒が浮かれて勝手に夜、遊びに出かけたんじゃないかとか、ある事無い事色々聞かれて、面倒な先生や保護者がいる事も分かるだろ?
お前たちの親でなく、今回の旅行に行っている生徒とは、まったく関係の無いところの親御さんから、話が来る事もあるわけだから……。
ここは無難に先生に任せろ」
真鍋は今までの説明では、葵達が納得できないかもしれないと思い、丁寧に様々なリスクがある事を伝え、数分前には何のお咎めも無かったことでも、条件と事情が変われば、出来なくなると丁寧に伝えた。
真鍋自身も思うところはありそうだったが、葵はそれ以上真鍋に対して意見せず、生徒の管理だけでなく、いろいろな事を考えている真鍋や、他の教員を少し気の毒に感じたりもしていた。
そして、素直に真鍋の意見に従い、自分も捜索するという事を諦めた葵を、近くにいた亜紀は少し不思議そうに見つめ、亜紀の目には食い下がらない葵が奇妙に見えていた。
「ホテルまでの道はすぐそこだし、迷わないだろうから、ここで一度解散するけど、さっきも言ったように、変に寄り道したりするなよ?
橋本は悪いがちょっと付き合ってくれ……。
多分、大した事ないと思うからすぐに。ホテルに戻ると思うから、さっきの肝試しで迷いそうだった所とは、資料にまとめておけよ?
お前たちの意見が、本番に影響するわけだから……」
真鍋は最後に先に戻る組である、葵達にくぎを刺す様に、そう告げると、肝試しに通った廃墟へと視線を移した。
「じゃあ、悪いけど橋本、付き合ってくれ」
「え……、あ、はい」
「手始めに軽く辺りを見ながら、最後に確認したところまで行ってみるか……」
真鍋の何気ない言葉に美雪は驚きつつも、申し訳ない気持ちと恥ずかしさと緊張感で、小さな声で答えながら、来た道へと歩み始めた。
葵はその二人を何食わぬ表情で見つめ、二人が進み始めるのを確認すると、「それじゃ、俺らも帰るか」と小さく呟くように、長谷川や前野に呼びかけ、美雪達から視線を切り、反対へ振り返り、ホテルの方へと歩き始めた。
葵の言葉に長谷川や前野はそれぞれ、反応し、葵に付いていくようにして歩きだし、晴海も美雪に一言、気を付けるように伝えると、彼らに付いていくように歩き始めた。
そのホテルに帰る組の最後尾、亜紀は葵達に付いていきながらも、前を歩く葵に、疑うような、眉を少し潜め、怪訝そうな表情を浮かべながら、葵に大きな違和感を感じつつ、ホテルへと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇
葵達は無事、ホテルへと到着し、ホテルに着くなり各々、自分の部屋へと戻り、葵達男性陣、亜紀達女性陣共に、林や廃墟を歩き回ったことから、部屋に戻るなり、入浴の準備をし、すぐに湯につかった。
真鍋と美雪も、真鍋の言った通り、あの後すぐに美雪の携帯は見つかり、ホテルへと戻った。
肝試しから数時間が経ち、各々入浴等を済ませ、そして就寝の時間へと近くなっていった。
葵は初日や二日目と比べれば圧倒的に速い時間だったが、ホテルの中庭へ顔を出していた。
葵自身、ホテルの部屋にも慣れ、遊びや歩き疲れた事もあり、今夜はすぐに眠れそうな気がしていた。
そのため、いつもよりも早い時間に、なんだかんだで思い入れのある、愛着のある場所に、最終日の為、見納めも兼ね、訪れた。
初日と二日目と似て少し非なる海と、風を感じながら旅行中の事を想い浮かべ、呆然と海を見つめていた。
両行前日と初日は、正直行きたくない、早く帰りたい気持ちの方が大きかったが、いざ来てみれば、当然と言えば当然だが、楽しい事ばかり起こり、この最終日には来てよかったと思えるほどに、葵はここを気に入っていた。
思わぬ旧友との出会いやアクシデントやイベントにも苛まれたが、それも思い返せば良い思い出だった。
そして、色々な思い出を思い返す中で葵は、Bloomの店主、黛と海を見つめながら話した事を、不意に思い返した。
「我慢が上手くなる……か…………」
黛の話は冗談半分で聞いていたつもりだったが、妙に所々、気になる言葉が残り、聞き流しているつもりでもあったが、話した内容についてはよく覚えていた。
(多分、見抜いてたんだろうな……。
ずっと、意地でも認めては来なかったし……、正直、これが俗に言われてる物なのかも、認めたとして自分がどうなりたいのかもわからない…………)
葵は視線は変わらず、海を見つめたままだったが、色々と思考を巡らせる中で、葵の瞳に景色は映れど、もう上手く認識できてはいない程、呆然と思考だけを巡らせていた。
――どうしたって抑えられない感情を、人間は誰しも持っているものだよ――
葵は思いを巡らせる中で、再び黛の言葉を、まるで頭の中で声が再生されるように思い出した。
その言葉を思い出し、葵は長くグルグルと巡らせていた思考に、一つ答えが出たような気がしていた。
(まだ、自分がどうなりたいか、どうしたいかなんて、分かりやしないけど……。
――たった一つ……一つだけ、確かな事があるとすれば…………)
葵は今まで見つめていた海をゆっくりと視界から消す様に、瞼を閉じ、暗い暗闇の中、自問自答するように内心で答えかけながら、考えをまとめた。
そして、今までの自分の行動、そしてこれからの自分の行動に理由を付けるように、一つの信念を掲げた。




