俺より可愛い奴なんていません。8-15
葵と美雪のグループは、前に出発していた亜紀と長谷川のグループに追いついてしまった事で、今更距離を開けるのも変な話の為、当初の想定人数の倍になった、4人グループの大所帯で、廃墟をめぐる事となった。
人が増えれば必然と恐怖感が薄れ、肝試しをはじめから怖がっていなかった葵と長谷川に関しては、もはや肝試しとは言えず、廃墟巡りの、観光の感覚に近かった。
四人は列になりながら、足並みをそろえ、最前列には葵と長谷川が、措置て後方には、亜紀と美雪はお互いに肩を寄せ合い、抱き合いながら中を探索していった。
葵は肝試しに関しては、特に不安となる心配材料は無かったが、あることが少しに気なっていた。
「清水……、そんなにくっついたら、橋本が歩きにくいんじゃないのか?」
葵は、先程も美雪が転倒しそうになった事もあり、恐怖からか亜紀が美雪にガッチリとしがみついていたため、美雪がまた転倒してしまいそうになるのではないのかと、心配していた。
「あはははは……、別に大丈夫ですよ……?」
「大丈夫じゃないだろ? さっきだって危うく転びかけてたし……」
抱きつく亜紀を一瞥した後、苦笑いを浮かべながら誤魔化し答える美雪には、葵は引かず美雪に再度呼びかけた。
「確かに、転びかけましたけど……。
流石にもう大丈夫ですよ」
「駄目だ。 おら、清水。
お前の親友をケガさせる事になるぞ?」
「た、立花さん……」
葵は、自分の言い方があまり良い言い方では無い事を、重々承知していたが、それでも今の状況でこのまま進む事を拒絶した。
美雪は少し困ったような表情を浮かべていたが、葵はそこをグッと堪え、美雪ではらちが明かない事が分かると亜紀に話を振った。
「わ、分かってるわよッ!
私だって離れたいけど、こ、怖いんだってぇッ!」
「まじか…………」
亜紀は終始、進行する際には目を閉じ、所々で薄目を開けては、すぐにまた目を閉じての繰り返しで、探索を進めていた。
そんな亜紀の行動は、いつもの彼女の堂々たる態度からは想像できず、また、葵の呼びかけにも、切羽詰まったような反応から、美雪を除いた男性陣は少し驚いた表情で亜紀を見つめ、葵は思わず声を漏らした。
亜紀の怖がりようから、美雪から彼女を引っぺがす事を少し可哀そうに思え、葵は躊躇したが、このままでは危険性がある事には変わりなかった。
(男に抱きつかせるわけにもいかないし……。
かといって、長谷川みたいに服引っ張られてベロベロにされてもな……)
葵はいろいろと考えたが、正直良い案は思い浮かばず、美雪から亜紀を引っぺがす方法以外で、考え直した。
すると意外にもすぐに、解決策とはあまり言いがたいが、お灸処置に近いような策が思い浮かんだ。
しかし、その方法を思いついた葵は、すぐにそれを口に出せなかった。
「わぁッ!」
葵が躊躇していると、亜紀にしがみつかれた美雪がまたも、足場が少し悪かったのか、足を滑らし、少し転びそうになっていた。
「えへへへ……、ちょ、ちょっと油断しました」
葵に注意された直前での出来事であったため、葵に何かを言われる前に、問題ないと伝えるように、笑みをこぼしながら声を上げた。
しかし、そんな美雪を見て、今まで躊躇していた葵は意を決し、自分の考えを言うことを決めた。
「――ほら、もう清水はそのままでもいいから、
その代わり……、掴まれッ」
葵は顔から火が出そうな程、恥ずかしい思いで、美雪の方を見ず、美雪の方へ手を差し出し、そう告げた。
葵は顔に熱が籠っていく様子を感じ、胸の鼓動は速まり、大きく鼓動を打つのを感じた。
これで100%解決するとは葵も考えていなかったが、それでも少しのリスクは減らせると、考えていた。
「え…………?」
突然の葵の行動に、当然美雪は一瞬硬直し、差し伸べられた葵の手のひらと、葵の頑なにこちらを見ようとしない、彼の横顔を見ながら、驚き声を漏らした。
「どうせ、また転ぶだろ?
繋いどけば、転ぶ前に支えられるし……」
「え……? でも、いいんですか??」
「俺は別にいいからッ! ほらッ」
戸惑う美雪に、この状況を恥ずかしく感じている葵は、少し美雪を急かすように、腕を跳ねらせ催促させるようにして、手を取らせようと答えた。
「はぃ……。 それじゃあ、お願いします」
手を差し出す葵に、美雪は少し恥ずかしそうにしながらも、笑顔でにこやかに微笑みながら、ゆっくりと葵の手を取った。
美雪の方を一切見ていなかった、葵は、手が触れた瞬間、ほんのわずかに体をビク付かせたが、美雪にはそれは伝わらず、葵の触れた美雪の手は少し冷たく、美雪の触れた手は、ほんのりと温かみを感じていた。
「じゃ、じゃあ、歩くから……」
「はい、お願いしますッ」
少しまごつく形で話す葵に対して、美雪は早くも慣れたのか、少し恥ずかしく感じながらも、はっきりと葵の問いかけに答えた。
男女の歩幅は違うため、葵は美雪達に合わせるように、普段よりも遅く、小股に歩き始めた。
「過保護…………」
「うるせぇぞ、ビビり」
葵と美雪の一連の流れを所々、薄目で見ていた亜紀は、いつの間にか再び瞼を閉じ、葵を茶化す様に、わざと微かに聞こえるように、小言を呟き、葵も一言呟き返した。
◇ ◇ ◇ ◇
葵達のその後の肝試しは、当然だが何も起きることなく、廃墟を一通り観光しただけで、終わった。
途中、大きく崩落した壁から、海まで見渡す事の出来る絶景スポットなどもあったりして、亜紀以外の全員は肝試しの恐怖感など、微塵も感じることが無くなっていた。
そうして、葵達は真鍋に指示されたゴール地点まで当直すると、先行して出発していた、晴海と前野の姿があり、真鍋も先廻りでゴール地点で葵達を待っていた。
「あぁ~ッ!? みゆっち~ッ! あっちゃんッ!」
葵達の到着をいち早く察した晴海が、大きな声を上げながら、ゴールを祝福し、大きな手を振った。
「ハルッ!?
ただいまぁ~~ッ!」
晴海の問いかけに、まだ普通に話すには、遠い距離にいる美雪も大声で、晴海に返事を返した。
美雪のそんな大声に、葵はいつもの大人しい彼女から、あまり想像できず、少し珍しい物を見るようにして、美雪を見つめた。
(友達と話すときは、結構テンション上がったりもするんだな……)
今回の旅行にはいない、加藤 綾や二宮 紗枝とも仲が良い美雪だったが、彼女達と接するのを見る中で、こう言った美雪の姿を葵は見た事が無かった。
長年の付き合いだからという事もあるだろうが、美雪の姿はとても自然で、葵はかなり感心していた。
「おかえり~~~ッ!!
あっちゃん大丈夫だった~~ッ!?」
「う~~~ん、結構ダメかなッ?」
苦笑いを浮かべながら晴海の質問に美雪は答え、晴海もこの結果には気づいていたのか、「やっぱりねッ!」と会話の最後に付け加え、ケラケラと遠くで笑っていた。
「晴海の奴……、絶対許さん…………」
叫んだり、終始体を強張らせ、緊張していた亜紀は、ようやく終わりというこの場面で、解放感を感じるとともに、今までの行動の疲労感がどっときてしまい、疲れ切った様子だったが、晴海への恨み節は小さく呟き、彼女の執念のような物を葵は感じていた。
「お~し、これで全員揃ったな……」
葵達が真鍋達のところまで、到着すると、真鍋は待ちぼうけを食らって退屈だったのか、少し眠そうな様子で、生徒に呼びかけるように伝えた。
葵はこの時初めて、この肝試しで一番の外れクジを弾いているのが誰なのか理解し、改めて考えれば、肝試しの最初にも、できれば他の候補場所には、行きたくないような雰囲気を出していた。
「あっちゃん、ビビり過ぎ~~!
叫び声、凄い響いてたからね??」
「あ、ハルにも聞こえてたの?」
「聞こえる、聞こえる~。
笑っちゃって、雰囲気ぶち壊しだったよぉ~。
ねぇ? 前野君?」
晴海はニヤニヤと笑みを浮かべながら、疲弊している亜紀に話しかけ、肝試しの途中、何回かあった亜紀の叫び声が、晴海にも聞こえていた事に美雪は驚いた。
そんな、美雪達の談笑を一瞥した後葵は、今度は真鍋の元へ視線を向け、近づいていった。
「一応、揃いましたけど?
終わりですよね? 特に大きく道を逸れる事も無いと思いますし」
葵も真鍋と同じ気持ちで、正直これ以上他の場所を回るつもりは無く、早くホテルに帰りたかった。
「んん? まぁ、確かにここまで電話も掛けずに来れてるしな……」
「もう、清水も限界そうですし、帰っても問題ないでしょう?」
「わかったわかった……、お前もよっぽど帰りたいんだな?
もう、俺もこれ以上やるつもりないから安心しろ……」
葵の押しに、真鍋も同じことを考えていた故にか、当日の肝試しや亜紀の事を口に出していたが、それよりも、早く帰りたいんだと、皆まで言わずとも察した。
当然真鍋も同じ気持ちであり、葵の言う通り肝試しを終わらせようと、雑談を楽しむ葵以外の生徒達に、真鍋は声を掛ようとした。
その瞬間だった。
楽しくワイワイと話していたはずの、5人の雰囲気が先程までとは少し変わり、暗い雰囲気に変わった。
葵も真鍋も、会話を聞き取るには少し距離が開いていた為、会話の内容はよく聞こえておらず、お互い不思議そうな表情を浮かべ、顔を見合わせた後、美雪達の方へと近づいていった。
「どうした?」
真鍋と葵が近寄ると、真鍋は美雪達に心配するように声を掛けた。
「あ、いや、それが……」
真鍋の質問に、美雪は少し申し訳なさそうに声を上げ始め、他の葵達は美雪のそんな反応を急かすことなく、彼女の言葉を待った。
そして、美雪は静まる集団の中、ゆっくりと呟くように答え始めた。
「すみません、どこかで携帯を落としてしまったかもしれません……
」
美雪は凄く申し訳なさそうに、力ない声で、真鍋にそう小さく答えた。




