俺より可愛い奴なんていません。1-16
橋本 美雪と立花 葵が東堂に連れ去られ、1時間が経とうとしていた。
辺りがどんどんと暗くなる中、廃校には先程までは人の声がしていたが、美雪の「東堂が自分達に何も出来ない」発言を最後に静寂が流れ、近所を走るパトカーの音が微かに響いていた。
「……なッ、何言ってんだお前……」
静かな時間を破ったのは東堂の一言だった。
彼は明らかに動揺した様子で美雪を驚きつつも、おかしなものを見るような目で見下していた。
葵も東堂の仲間達も驚いた様子で美雪を見つめ、美雪は一斉に視線を集めた。
「フフフ……、気付いてしまえばもう東堂さんは怖くないですよ?」
美雪は驚く東堂を見て、優しく微笑み、笑顔で答えた。
葵を含め、東堂達は理解出来なかった、普通ならこれから自分が何か酷いことをされるかもしれないこの状況でなぜ笑っていられるのか不思議でしょうがなかった。
「お前、今自分がどんな状況か分かってんのか? 俺はお前を襲うって言ってるんだぞ??」
「だから出来ないですよ。だって東堂さんはたちばなさんをまだ好き何ですよね?」
東堂の答えに美雪は真剣な表情で、東堂から視線を逸らすことなくキッパリと答えた。
葵はそんな凛々しい美雪を見て、まさかと思い美雪の手を見たが、美雪の手は震えてはいなかった。
「は、はぁ? こんな奴もう好きなわけねぇだろ! 散々俺をコケにしやがったコイツをッ……」
美雪に言われ、東堂は焦った様子で必死に否定し、美雪から少し離れた。
そして東堂は、少し苛立っているようにも見えた。
「それに襲うならスグに襲えましたよね? たちばなさんのホントに嫌がる事は一貫してアナタはしていない」
「そ、そんなことッ……」
「ありますッ!!」
東堂が頑なに認めようとせず再び否定しようとしたところで、美雪は東堂の言葉を遮るように声をあげた。
「今日、東堂さんを見ていてわかりました。先程、たちばなさんの手を縛る時、彼が痛いと嫌がった瞬間に東堂さんは優しく手を縛っていたのを見ました」
美雪のその言葉に葵は引っかかるところがあったのか、東堂の方へと視線をグッと持っていき、東堂の様子を伺うように見つめた。
「そ、それは……あのままやってたらコイツがうるさいから……」
「それだけじゃありません。ホントにヤる事が目的なのであれば、もうとっくに手を付けてるはずです。でも東堂さんは言葉でたちばなさんを煽るだけで先程から何もしていません。」
「それも、コイツの復讐のためで……、コイツの苛立つことしてるだけで……」
ズバズバと話す美雪に対して、東堂はどんどんと歯切れが悪くなっていき、先程までの威勢は見る影も無かった。
「東堂さん……。先程からたちばなさんの事ばかりですね?」
美雪はチェックメイトと言わんばかりに、ニッコリと微笑みながら東堂を諭させるように話しかけた。
美雪の笑顔は東堂の上げを足を取って煽るような嫌味を感じる笑顔ではなく、可愛いペットを愛でるようなそんな優しい笑顔だった。
「と、東堂さん……」
金髪の東堂の仲間は東堂を憐れむような様子で呟いた。
彼らは頭がいい方ではなかったが、美雪との会話から彼らも1つの答えに導かれ、辿り着いていた。
そして頭の悪くない葵も当然理解出来ていた。
そう、東堂がここまで意地になっても認めなかった物は「恋」だった。
葵に弄ばれ、男だと告白され、いくら憎もうとも、1度感じてしまった気持ちを抑えることが出来なかった。
「ふ、ふざけんなッ! 俺はコイツにあんな……クソッ!!」
東堂はそう言って苛立ちを解消するように、近くの椅子を蹴飛ばした。
東堂は仲間の同情の目も、葵の悟ったような目も、何よりも復讐したかった葵からも戸惑った様子で見つめられ、それが嫌でしょうがなかった。
「お前、俺にこんな恥欠かせてタダじゃおかねぇぞ……」
東堂はそう言って怖い表情を作り、再び美雪に近づいていった。
「お……おいッ!!」
葵は、まだ東堂がピュアなそんな気持ちを持っていたという事実を聞かされ、呆然としたため、東堂が美雪に近づいていくのに少し反応が遅れた。
どんどんと近づいてくる東堂に美雪は微動打にせず、真剣な表情で東堂を見つめ、視線を逸らすことはなかった。
東堂がゆっくりと手を伸ばし、美雪に触れようとしたその時、東堂達のいた教室の部屋のドアが大きな音をたてて開け放たれた。
「そこまでだッ!! お前達ッ!!」
ドアを開け放ち、大声をあげ入ってきたのは青い制服を纏った警官だった。
「やべッ!!」
警察が入ってきた事で東堂の仲間達は焦り、今頃になって逃げようとしたが、東堂は伸ばした手をピタリと止め固まり、逃げるような素振りは見せなかった。
美雪のした話に夢中でパトカーのサイレンの音が徐々に近づいている事に気付いておらず、焦って逃げようとした東堂の仲間や東堂はもちろん、葵や美雪も気付いていなかった。
ぞろぞろと警察達が教室へと入っていき、逃げようとした東堂達の仲間達は真っ先に囚われていた。
しかし、東堂は最初から覚悟を決めていた事だったため、すんなりと受け入れていた。
美雪に伸ばした手を引っ込め立ち尽くす、東堂の近くまで警官が近寄り、短く「東堂 和也だな?」と確認を取ると、東堂は素直に首を縦に振り認めた。
葵と美雪も他の警官によって、手首や椅子に括りつけられていた状況から解放された。
東堂は警官に腕を掴まれてそのまま連行されると思いきや、何か言いたいことがある様子でそこに留まった。
そして、美雪を見つめゆっくり口を開いた。
「女…………、葵に復讐するとはいえ、巻き込んで悪かったな……」
そう謝った東堂の表情はホントに申し訳ないと思っていると一目見ただけでわかった。
「いいえ、最後もあぁ言ってやっぱり何もしませんでしたしね? 意外とピュアですね。
それに、たちばなさんに睨まれるたび喜んでましたし、ドMですね。」
美雪はニコニコしながら、まるで友人に話しかけるようにフレンドリーに答えた。
美雪の目には、もう東堂が恐ろしい人物にはまるで見えていないようだった。
最後の警察が突入する前の東堂の行動は、ただの意地になって美雪をビビらせようとした衝動的な行動で、美雪はそれに気づいていたため、何も抵抗せず、怖気付く事無く、東堂から目を離さなかった。
「フ……、アンタには適わねぇな……」
東堂は鼻で笑った後、悲しげな笑顔で呟くように言った後、今度は葵の方へと視線を移した。
「葵も悪かったな……執着して……、俺がバカだったよ…………」
東堂は葵にも呟くようにして謝罪をした。
今の弱々しい東堂は罪悪感に押し潰されてるようにも見えた。
「俺も……、騙して悪かった」
「いや、騙された俺が悪ぃんだよ」
葵もこの件で自分のした事の罪の大きさを感じていたため、素直に謝罪したが、東堂は軽くヘッと息を吐き笑うようにした後、そう答えた。
葵は今までに見たことのないほど弱々しい東堂を目の前に「違う」と否定したかったが、言葉が上手く出てこなかった。
「それじゃあ……」
東堂は最後には俯いてこちらも見る事もなく軽く別れを告げ、振り返って警察に誘導されるように歩き始めた。
東堂の今回起こした事件は拗らせた「恋」が原因だった。
彼は葵に騙されていたとしても、付き合っている時期がホントに幸せだったのだ。
だからこそ、自分の悪趣味が満たされた葵に一方的に振られ、しかも自分が騙されていた事を知り、その「恋」が強い復讐心へと変わっていったのだった。
葵が小さく見えた東堂の背中を見つめていると、美雪に強く袖を引っ張られ、美雪の方へと強制的に視線を移さされた。
「いいんですかッ!? たちばなさん!! これでッ!!」
美雪は真剣な眼差しで葵の目を見つめ、必死に訴えかけた。
彼女は自分の事よりもこのまま連れていかれる彼の事をいの一番に考え、心配していた、それが自分を拉致した相手だったとしても。
葵はそこでようやく気付かされ、考えがまとまり、再び東堂の方へと視線を向けた。
「東堂ッ!!」
葵の呼びかけに東堂は足を止め、それが分かった東堂を連行していた警官も足を止めた。
東堂は振り返る事はなかったが、葵は気にせず話しかけた。
「お前は嘘だと思うかもしれないが、フリでも付き合ってる時はお前が1番楽しかった!!
お前は……、良い男だったッ!!」
葵のこれは本心だった。
酷い話だが、葵は今思え返し、東堂との付き合っている時間はそれほど嫌いな時間じゃなかった。
それは東堂の努力であり、彼がそこまで葵の事を考えていたためであり、当然の結果だった。
「……ッ……今更そんな告白……。
そんな事言われたってこっちが願い下げだよ……」
東堂は体を微かに震え、鼻をすするような音が所々で聞こえながらも、葵に答えを返し、再び歩き出した。
1度もこちらを振り返らなかった葵や美雪達には東堂の表情は見えなかったが、おそらく笑っていたと思った。
そしてそれは、あの拉致した時に所々に見せた薄ら笑いなどではなく、心からの笑顔だと。




