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俺より可愛い奴なんていません!!  作者: 下田 暗
八章 夏休み ~沖縄編 3日目、最終 『決意』~
158/204

俺より可愛い奴なんていません。8-9


Bloomブルームから離れ、海辺のベンチに腰を掛けて数分。


しずか椿つばきは、お互いの昔の仲の良かった頃の、距離感を確かめるように、他愛もない昔話と、近況を話し合っていた。


静も椿も特に、あまり人見知りをするようなタイプではなかったが、初めて会話を交わす時と同じかそれ以上に、お互いに妙な緊張感を感じていた。


会話を交わせばお互いにもっと、昔のように親密に言葉を交わせるかと、考えている節があったが、椿も静も負い目を感じているところがどうしてもあり、こればかりは時間が解決する事では無かった。


二人が昔からお互いに感じているしこりを解消しない限りには、本当の意味で昔のように戻ることは出来なかった。


いくつか言葉を交わした後、少しの沈黙を挟み、目の前から姿を消して以降、ずっと聞きたかった事を椿は、意を決して言葉にした。


「ねぇ、静おねぇちゃん…………。

なんで、何も言わずに姿を消したの……? あの時何があったの……?」


椿は当時の事を思い出しながら、静の顔をしっかりと見据えて尋ねた。


当時、椿は仲良くしていたはずの、近所の少し年上のお姉さんである静が、姿を消した理由を誰からも教えられず、現在に至るまで本当の事を知る事は無かった。


静と同い年である兄のあおいも、引越しをした当初は何があったのか分かっておらず、数年後、何かに取り付かれたように女装へと目ざめ、兄の良くない噂は人を伝い、椿の耳にも入った。


椿の話題に静は驚いた表情を浮かべたが、静もその事に関して椿に負い目があったため、あまり思い出したくはない暗い過去ではあったが、椿にその当時の事を話す事を決心した。


過去を乗り越えることが出来た静は、そこまで重くならずに、以前、美雪みゆきにも話したように、ゆったりと話していき、椿も初めて聞く事も多くあったが、取り乱すことなく静かに聞き入れた。


「ごめんね……、急に何も言わずに引っ越ししちゃって……。

心配かけたよね?」


静は全てを伝え終えると、彼女が以前からずっと伝えたかった事を最後に、椿に口にした。


一人っ子であった静は、椿を妹のように思っており、それは当時と変わることは無く、そんな親しかった椿に何も告げずに、別れてしまった事をずっと後悔していた。


それこそが、静が椿に対して感じていた負い目だった。


数年越しにやっと伝えられた一言に、椿はずっと背負っていた、何か重い物を降ろしたような感覚を感じ、表情は清々しく、涼しげで優しい笑顔を浮かべられていた。


そして、椿は静の暗い過去に初めて触れ、当時の葵の状況と、葵の取った行動による噂が全て繋がり、葵の動機などもすべてがこの瞬間に理解した。


「そ、そんなッ! 私こそ、当時何の力にもなれずにごめん!!

お兄ちゃんが変わって、それが静お姉ちゃんが原因なのかもしれないってわかって……、今まで勘違いまでしてて…………」


椿は知らなかったとはいえ、葵に悪影響を与えたとして静を勘違いしていた節があり、当時に比べて今まで、あまり良い印象を静に持ってはいなかった。


何が原因なのかは分からないが、葵が女装を始めた原因は静にあると、漠然とそのことだけしか分かってはいなかった。


「ううん……、椿ちゃんも今まで辛かったよね……。

お姉ちゃんなのに……、ホントにごめんね?」


辛そうに話す椿に、静は昔から言われるたびに嬉しくなった言葉を添えながら、椿もまた背負っていた重い何かを降ろさせるように、優しく答えた。


椿は静のその言葉に涙が零れ、俯く椿の背中を優しくさするようにして、静と椿は数分の間、一言も発せず、静かな時間が流れた。


◇ ◇ ◇ ◇


椿が泣き止み、落ち着きを取り戻すと、静は「少しのどが渇いたね」と一言、笑顔で答えると、椿に何か飲みたい物を尋ね、飲み物を買いにその場を離れた。


椿はまだかすかに、潤む瞳で静の帰りを持ちながら、一人ベンチで海を見つめていた。


何を考えるでもなく、ただ海風をその身に受けながら静の帰りを待っていると、すぐに静は椿の元へと戻ってきた。


「はい! 椿ちゃんこれ!」


静は何事も無かったかのように、笑顔で微笑みながら、椿のリクエストである飲み物を手渡し、隣へと腰を降ろした。


二人はそのままゆったりと数分、リラックスした時間を過ごし、少しの間の沈黙を破り、今度は静から声を掛けた。


「椿ちゃんはさぁ~、どうして葵が女装を始めた原因に、私が関わってるって知ってたの……?」


静は気軽に話す軽い口調で、椿に尋ねた。


「え……? あぁ……、静お姉ちゃんが引っ越した後、お兄ちゃんが少し荒れてさ……。

それからしばらくした後は、また普通に戻ったんだけど……、ある日を境に、またちょっと荒れて……、

お姉ちゃんにメイクとか習う様になって、気づいたら女装とかするようになっててさ……。

お兄ちゃん昔からグレたり、荒れたりしないから……、時期的にもお兄ちゃんに何かあったわけでも無さそうだったし、

何となく、前回荒れてた静お姉ちゃんの時に、関連があるのかと思って……」


「……そっかぁ、なるほどね……」


静は興味本位のつもりで尋ねた質問だったが、意図せず静にとって嬉しくも思える話を耳にし、表情には出さないよう努めたが、胸の高鳴りは強く、抑えることはできなかった。


当時の状況と、女装をやめて欲しいと望んでいる椿を思えば、申し訳なく感じており、葵が当時した事は、とても褒められるような行為ではなかったが、それでも、自分の為に葵がしてくれた事を、嬉しく感じずにはいられなかった。


椿に質問してから、幸福感で少しの間、ぽけ~っとしていた静だったが、静が話を振って以降、一言も会話が生じない事を不思議に思い、椿の方へと視線を向けると、椿は静を怪訝そうな目で見つめていた。


「ど、どうしたの……?」


表情には出さないように努めていた静だったが、椿の表情を見て、内心少し焦っていた。


「いや、嬉しそうだなって……」


「えッ!? そ、そんなことないよッ!?」


「いいよ~、別に隠さなくても…………。

昔から、静お姉ちゃんはわかりやすいし……」


「――――え? 嘘……、顔に出てた……??」


「顔にも若干出てるし、声色で分かるよ。

声がいつもより少し上擦るから……」


「そ、そぉ~~なんだ~~……」


数年越しに伝えられた自分の癖に、静は驚愕しながら、声を震えさせ、完全に動揺した様子で呟いた。


そんな静の反応に椿は、懐かくそして変わらない静のその反応に、思わずクスリと笑みが零れた。


そして、椿はいたって自然に、ほんの些細な事を聞くように、まるで簡単な世間話をするかのように、静に質問を投げた。


「静お姉ちゃんはまだ、お兄ちゃんが好きなの?」


椿のその一言で、静は目を大きく見開いたまま、時間が止まったかのように固まり、そんな二人の間により一層強い大きな風が流れた。


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