俺より可愛い奴なんていません。7-8
思いがけない方向からのエールにより、二人のプロのスタイリストの速さと正確さに押され、若干気落ちしていた葵は、意持ちを持ち直し、少しずつだかペースを上げていっていた。
「はい、終わりました!
どうでしょう?」
葵は二人目の女性のコーディネートを終え、鏡を前にして座る参加者の女性にそう声を掛けた。
「……うんッ! めちゃくちゃいいよッ!!」
葵の問いかけに少し間を置いた後、問いかけられた彼女は笑顔でそう答えた。
葵の目にはその笑顔で答える女性が、気を使って言っているようには見えず、葵は彼女が喜んでいることを確認すると、そこで初めて、メイクを始めてからホッと一息つくことができた。
まだまだ忙しいのは、変わらなかったが、葵はその一言だけで安心することができた。
「ありがとうございました。
これでセットアップは全て終了になります、お疲れさまでした」
「ううん、こちらこそありがと!
期待してた通りだったよッ! 優勝しなくても後で写真撮ろッ!?」
「はい、ありがとうどざいます。その時は是非」
葵とその参加者の中で仲間意識のようなものが生まれ、共にこのイベントを戦う仲間としてお互いをよく思えていた。
誘いに応じた葵を確認すると、その女性は小さく「じゃあねッ!」と一言告げると、コーディネートを全て終えた、参加者が集まる場所へと向かっていった。
葵はその女性が向かうべき場所へと向かったのを確認すると、最初にメイクを終えた時よりも清々しい表情で向き直り、次の参加者呼ぼうとした。
「こちらの席空きましたッ!
次のか…………」
葵が全てを言い終える前に、葵が次に担当する女性の姿が見え、葵はその女性の姿を見るなり、言いかけた言葉を途中で切り、固まってしまった。
「ずいぶん楽しそうだねぇ~、葵……」
葵と先ほどの参加者とのやり取りの一部が見られてたのか、葵の次の担当する参加者である静は、笑ってはいたが、その声色から明らかに不満を感じている様子だった。
◇ ◇ ◇ ◇
葵が静を担当して数分、その間、葵と静の一言の会話もなかった。
葵は最初は静を担当することを動揺していたが、時間的にも急がなければいけなかったため、すぐに集中し、静のコーディネートに勤しんでいた。
葵の集中力は、時間が経てば経つほど上がっていき、速さと正確さはどんどんと増していっていた。
頭の片隅には、女装の事や彼女が自分の知る、安藤 静なのか確認したい等と、話したいことは思い浮かんだが、話の切り出し方も時間制限もあったため、葵から沈黙を破る事はなかった。
そんな中、葵は静のメイクを終え、今度は髪のセットへと移ろうとした時、不意に静が声を上げた。
「ねぇ、葵は私をメイクしてる時、ほとんど睨めっこ状態だった訳だけど、恥ずかしさとかは無いの?」
「え……?」
葵はこのまま無言のまま、この時間を過ごすことになるかと覚悟していたため、彼女からの受け答えにすぐ反応する事が出来ず、思わず聞き返しているような声を上げてしまっていた。
「だからぁッ! ずっと、異性の、女の子の顔をよくじっと見られるねッ!って話!」
静はメイクの途中、メイクをする関係上目を閉じたり、開けたりとする事があり、その際にどうしても近い距離で葵と一々目が合っていた。
終始、恥ずかしさを感じていた静は、若干怒っているような様子で、今までに受けた恥ずかしめを爆発させるように、声に出した。
「あ、いや、まぁ、慣れてる訳じゃないけど……。
初めてじゃないし……」
静の砕けたよく知る友人に話しかけるような口調に釣られ、葵も砕けた口調で静に答えた。
「ふ〜ん……、そッ……」
素直に答えた葵の言葉がお気に召さなかったのか、静は明らかに不満を持った様子で、つまらなそうに答えた。
「悪い……」
「別にぃ〜、謝って欲しい訳じゃないし…………」
「あ、いや、そうじゃなくて、今から髪触るから…………」
「ッ!!」
葵の最初の謝罪に、不満気な自分への謝罪かと思ったが、静の思っていた謝罪の意味と、葵の言葉に出した謝罪の意味の解釈は違い、結果恥を描くような形になってしまった静は、顔を赤く染めた。
そして、更に静の不満を葵は買ってしまっていた。
顔を赤く染め、葵を少し睨むようにこちらを見つめる静を見て、葵は再び彼女の反感を買ってしまったと思い、声の掛けづらい状況へと逆戻りになってしまっていた。
「ねぇ、どうして葵は気付いてはくれないの……?」
再び沈黙が流れつつあった二人の間に、静は少し暗い表情を浮かべながら、今度は悲しげな声と表情でそう呟いた。
「あッ、いやッ!」
いつも楽しげで、笑顔をよく浮かべる明るい彼女が、そんな表情をした事に葵は驚いたが、上手く言葉も出ず、中途半端な声しか上げれずにいた。
「じゃあ、もう昔と同じようには接したく無いって事?
気付いているんでしょ? もう、私が安藤 静だって事に……」
葵が聞き出そうとしていた事は、彼女の口から放たれ、十中八九そうでは無いかと葵も思ってはいたが、いざ言われるとどう返事を返していいか分からなかった。
今まで止まらなかった作業の手も初めてそこで止まっていた。
「今聞くことじゃ無いんだろうけど、聞いていい?
最初会った時は、こっちから言い出すつもりは無かったんだけど、そんな格好されてちゃね……」
葵が自分に対して何の感情も持っていないのかと、そんな不安を感じていた静は、自分の言葉に今まで止めなかった、作業の手を止めてまでも動揺してくれた事に少し安心し、段々と彼女の明るさが、少しずつだが戻ってきていた。
「……分かった。
作業のしながらになるけど、答える」
葵は自分が確かめたい事もあったため、彼女の申し出に腹を括ったように答えた。




