俺より可愛い奴なんていません。7-6
参加者18人もの人が参加することもあって、舞台裏は広く、多くの人が忙しなく動く中、葵は少し呆然とした様子で、有里子を見ていた。
葵は有里子から言われたことに驚き、少しの間沈黙していたが、すぐに我に返り有里子に聞き返した。
「どういう事ですか? メイク手伝うって??
別に俺はプロでもないし、スタイリストさんなら何名か見られますけど……」
葵はメイクルームのように備え付けられた、鏡付きのテーブルと、椅子が用意されたところに、視線を向けながらそう答えた。
葵が向けたところには二名体制で、メイクの準備と、先に着替え終えた参加者のメイクや髪のセットを行っていた。
葵は自分で言っていて、現状のスタイリストの数と、参加者の数が合っていないなとは思いつつも、何度もやっているイベントでもあったため、それについては口を出さなかった。
「それがねぇ……、今日ホントはもう二人程、スタイリストさんが来る予定だったみたいなんだけど、お恥ずかしい話、こちらの手配ミスで、明日の便で来る手はずになっているみたいで……」
「それは……、大変ですね……」
葵は18人をたった1時間程度で、全員コーディネートを終わらせると思うと、自分もやっているからこそ、その苦労がわかり、二人で頑張る女性スタイリストを尻目にそう答えた。
「あの二人にはホントに申し訳ない事をしたわ……。
今もものすごく頑張ってはいてくれるのだけれど、どうしても開始時間には間に合いそうにも無くて、開始時間を遅らせようと頼んではいるんだけどねぇ~……」
有里子もこの現状をどうにか打開しようと、動いているらしかったが、上手くいっている様子ではなかった。
また、このイベントの代表者か企画者かはわからなかったが、開始予定時間を遅らせることをよく思っていないという事も、抽象的にしか葵達は事情を聴いていなかったが理解できた。
有里子の時間をずらせないという言葉を聞き、黛はその願いを聞き入れない人物に、心当たりがあったのか、「あぁ~、なるほどね」と呟きながら頷いていた。
そんな黛を尻目に、葵は続けて質問を有里子に投げかけた。
「あくまで、水着を着た女性がメインなんで、髪だけセットじゃまずいんですか?
女性なんで、メイクはある程度自分たちで行えるかと……。
そこまで高い技術の物が必要だとは思いませんし、ホントに唇と肌だけでいいんじゃないですか?」
「う~ん。それだと、メイクでも個人差が出てきてしまうでしょ?
参加者の年齢から言えば、高校生~大学生、または社会人も含まれてしまうわ。
ほとんどの高校がメイクを禁止としている以上、少しのメイクでも差が出るのは必然だし、あまりそこで競ってもらいたくもないのよねぇ~……。
やっぱり、人のメイクとかするのは抵抗あるかしら?」
葵はあまり気乗りしない部分もあり、可愛そうだとは思いつつも、やんわりとそれらしい理由を付け断ろうとした。
しかし、葵のそんな浅い考えも有里子には通らず、葵が思っている以上に、有里子はメイクや髪のセットの重要性を理解しており、断ろうとした葵が逆に断りずらいように、逃げ道を塞ぐようにして葵の質問に答えた。
「ま、まぁ、別にいいですけど……。あんまり期待しないでくださいね?
プロの人たちに交じってやるんですから、下手したら自分たちでやらせるよりか、ムラが出るかもしれないですから」
「う~ん。そんなに心配いらないかと思うのだけど……。
気になるなら一度、彼女たちに聞いてみようかしら!」
葵は渋々了承しつつも、懸念が残る部分を指摘すると、有里子は少しの間、唸りながら考えた後、何か思いついたかのように声を上げた。
そして有里子は、今はまだそこまで比較的に忙しそうにはまだ見えない、女性スタイリスト二人に呼びかけるように声を上げた。
「香也ちゃ~ん、奈々(なな)ちゃ~ん。
ちょっといい~~ッ!?」
有里子に呼ばれたことで、女性スタイリスト達は一度仕事の手を止め、有里子の方へと向かって来てくれていた。
まだ、着替えを終えた参加所たちが一斉に、メイクルームに並び出してはいなかったが、これから起きる事を考えれば、少しでも仕事を終わらせたいと思うところ、スタイリストの彼女たちは仕事の手を止め、素直に有里子の招集に応じ、そんな光景を見ていた葵は、有里子は立場的にも、周りからの信頼からしても高いのだと、実感していた。
「ごめんね、忙しいところ呼び出して……。
ホントにすぐに終わるから!」
「いえいえ、忙しくなるのはこれからですし、大丈夫ですよッ!
それよりどうかしたんですか?」
「えっとね、二人にこの子のメイクを見てほしくて……」
スタイリストの女性が要件を尋ねると、有里子は葵の化粧を見てほしいと二人に頼んだ。
スタイリストの女性たちは一瞬、驚き何事かと感じたが、有里子がこの状況で意味の無い事をするとも考えられず、素直に葵のメイクを観察し始めた。
葵のメイクや女装の姿を見始めると、女性二人はしばらくの間黙りこみ、難しい表情を終始浮かべていた。
「どうかしら……?」
二人が黙り込んで葵のメイクを見始めるまでは、自信に満ち溢れている有里子だったが、沈黙のせいもあり、少し不安も感じている様子で恐る恐る二人に尋ねた。
「奈々……、どう思う?
私はいけると思うけど」
「うん! 今は猫の手も借りたいしね」
スタイリストの奈々と香也は、事前に話を聞いていたのか、有里子の見てほしいという言葉で、葵の腕がここで役立つかを判断してほしいのだと、すぐに理解していた。
そして、有里子の答えにきちんと答えるために、二人で意見を出し合い、お互いに納得したように、頷きながらそう答えた。
二人の好意的な意見を聞き、有里子は大きく息を吐きながら胸を撫で下ろした。
「というかすごいねッ!! ホントに素人ッ!?
そこまで派手なメイクじゃないけど、ひとつひとつは丁寧にやられているし、プロ顔負けだよ~!!」
「ねッ! どこで身に着けたの?
もしかして、プロ目指してたりするのかな!?」
有里子が安心したのを皮切りに、奈々と香也は葵への関心が爆発したかのように、質問攻めにした。
「えぇ~っと、まぁ、一応、姉がスタイリストをしてて。
それで、色々ならったり……」
葵は素直に褒められた事を嬉しく思ったが、照れていると思われるのも癪だったため、動じていないように装い答えた。
葵が答えると2人は「あぁ〜」っと声を合わせながら、納得したような声を上げ、そして、また有里子の同じように葵の声が気になるのか、不思議そうに首を傾げていた。
「あぁ、ごめんね! 2人にはまだ言ってなかったんだけど、この子、男の子なんだ。
えぇ〜と、高校生? だったよね??」
有里子に尋ねられ、葵は若干つい先程の事を思い出し、デジャブを感じながらも、彼女の質問に首を縦に降り、短く返事を返した。
「えぇ〜〜ッ!? 嘘でしょッ!?」
「たしかに、声が女の子にしては低いと思ったけど……」
奈々は違和感を感じてはいたものの、自分の勘違いだと思い込んでいたため、大声を上げ驚き、香也は興味深そうに葵を見つめながら、呟くように声を発した。
「葵君には悪いけど、女子の中では男性に、髪とかを触られるのを嫌がる人も多いから、極力女性を装って貰いたいとは思うのよ……。
ホントに勝手でごめんね?」
手伝ってもらってなお、図々しい願いを葵にしている事を、後ろめたく感じながらも、これ以上、時間も押せず、葵の手伝いは必須だったため、その願いを受け入れて貰えるよう有里子は頼み込んだ。
「大丈夫です。なりきるのは慣れているので……」
有里子の心配そうな問いかけに、葵は普段から趣味でやっている部分もあったため、そこに関してはなりきれば、バレない自信があったため、有里子の言葉にハッキリと答えた。




