俺より可愛い奴なんていません。7-5
◇ ◇ ◇ ◇
水着コンテストが始まる50分前。
イベントは12時から開始ということもあり、会場近くには少しずつだが、人がわらわらと集まりだしていた。
海から少し離れているが、砂浜にイベント会場を設営し、会場からは海も見渡すことができ、ロケーション的には申し分ない良い場所に会場はあった。
大きなステージの裏には、周りからは一切見えないように、周りを備え付けの黒くて厚いカーテンが囲むように設置されていた。
その中には、いつも簡易的な小部屋が用意されており、それが更衣室として使われていた。
更衣室には一つ一つにカーテンが付けられ、当然、着替えている最中は、会場裏にいる周りの人には見られないようになっていた。
イベント開始に向け、多くの人がせわしなく動いている中、一人けだるげな表情を浮かべる葵の姿がそこにあった。
「それで? なんで俺はこっちに呼び出されてるんですかね??」
地獄のような賑わいをみせていたBloomの中で、葵は懸命にも来る客来る客を捌いていたが、唐突に黛に呼ばれ、気づけば葵とはあまり関係の無い、水着コンテストの会場裏まで、連れてこられていた。
葵は周りを見渡しながら黛に尋ねた。
「いや~、やっぱり葵にも出てもらおうかとねッ」
「は?」
黛のニカッとした表情から放たれた言葉に、葵は思わず年上で、雇われている身だと言事も忘れ、素の声で黛に聞き返した。
「いやいや、冗談、冗談だよ~!!
まぁ、欲を言えば出てほしくもないんだけど、それで無理やりビキニを着せて、ポロリといかれてもぇ……」
葵の「正気か?」と言わんばかりの声に、黛はすぐに自分の言葉を撤回した後、本音も言いつつも葵の下半身に視線を落としつつ、出場した際の危険性も指摘した。
「なんで出るとしたらビキニ限定なんですか……。
パレオとかあるでしょ?」
「まぁ、あるにはあるけど……、パレオでどうにかなっちゃうくらいのサイズなの??」
若干ため息を付きながら答える葵に対して、黛は挑発するように、半ばバカにするように、ニヤニヤといたずらっぽい笑みを浮かべて、葵をからかうようにそう答えた。
「帰っていいですか?」
「ま、待って待ってッ! ごめんよ~。
お店の事気にかけて、帰っていいか聞いてくれるのはうれしいけど、ちょっと待って!」
黛の態度に限界が来た葵は、若干イラついた様子で答え、そんな葵に対して黛は、必死に戻ろうとする葵を呼び止めた。
「なんですかもう……。
居心地良くないんで手短にしてもらえます?」
葵は先ほどから周りの様子が気になっており、気になったのはその舞台裏にいる人間の男女比だった。
ミスコン自体が女性が主役のイベントだったため、女性が多いのは当たり前だったが、舞台裏にいる男性の割合は1割程度で、何やら機材の準備をしているスタッフが数名と、イベントスタッフとなにやらスケジュールの確認していた、きっちりとした身なりの、一人の男性だけしか見当たらなかった。
そんな中、葵は呆れた様子でそう言い放ち、黛に意見を言う事を促させた。
「大丈夫だよッ! 今の葵は女の子にしか見えないからッ。
てゆうか、それが理由で連れてきたのもあるし……」
心配する葵を尻目に、黛は何ら心配ないように明るく務め、葵の不安を取り除くようにそう答えた。
黛の最後の言葉には、葵も違和感を感じたが、それを質問する前に、不意に二人に声を掛ける人物が現れた。
「あぁッ! やっときたぁ~ッ!!
黛さん、この子?? メイク上手い子って」
声を掛けてきたのは女性で、見た目は黛よりも少し年上に見え、どこか優しそうな雰囲気を持ったそんな女性だった。
「有里子さん!
そうそう、この子!!」
黛達に話しかけてきた女性に気付くと、黛は笑顔で話しかけて来てくれた女性を、有里子と呼び、彼女を待っていたかのような口調で答えた。
有里子は黛の答えを聞くと、早速品定めをするかのように、葵をジロジロと見つめ始めた。
彼女は終始、何かを考えこむかのように、難しい顔をしていたが、数分葵を見つめた後、最初に話しかけてきてくれた時のような、優しい表情へと戻った。
「うんッ! この子なら問題ないかもしれないわね!
さっそくで悪いんだけど手伝っても貰っても大丈夫かしら?」
「大丈夫ですよ! ウチはギリギリだけど、何とかお店も回りそうだし!」
「ほんとに悪いわねぇ……」
「いいですよ!困った時はお互い様ッですし……。
それに、例のアレもお願いしてもらいましたしねッ!!」
「フフフッ……、アレね! いいわよ! 任せておいてッ!!」
葵は二人の会話の完全の蚊帳の外になっており、黛から詳しい事情も、何も聞かされていなかったため、これから何をやらされるのかわからず、不安ばかりが募っていた。
「あの~、お話盛り上がってるところ悪いんですが、俺は何するんですか?」
「え……?」
葵が恐る恐る尋ねると、返ってきたのは驚いた有里子の表情と、その拍子に零れた小さな声だった。
有里子は何か違和感を感じたのか、一瞬驚いたが、すぐに我に返り黛に尋ねた。
「黛さん言ってなかったの??」
「あ~~、まぁ、急いで来たんで、詳しいことはあんまり説明できてなくて……」
有里子に問いかけられると、黛はばつの悪そうな様子で答えた。
「あらら、そうだったのね。
ごめんなさい、急ぎ足で話を進めて……」
「あ、いや……、別に、説明してもらえば問題ないです」
謝罪する有里子に、気を遣わせないよう葵はそう声を掛けたが、有里子は葵の声を聴くと、不思議そうな表情を浮かべ、葵を見つめていた。
「えぇ~と、何か……?」
「……ごめんなさい、多分勘違いだと思うのだけれど、変な事を聞いてもいいかしら?」
有里子の視線に気づいた葵は、有里子に尋ねると、有里子は一瞬言葉にしようと考えた後、葵に質問をしてもいいかと尋ねた。
そんな有里子に葵は小さく頷きながら「はい」と答えると、有里子はゆったりとした口調のまま、葵に続けて尋ねた。
「先ほどから会話する時に感じていたのだけれど、その……、声が女性にしては低いかなって……。
ご、ごめんなさいねッ! そんなわけないと思うのだけれど……、失礼な事聞いて」
有里子は遠回しに葵の事を男なのではないかと、疑っている事を伝えたが、話している途中で、葵の顔を見ていたら、「自分がおかしなことを聞いているのでは?」と思ったのか、謝罪して最後までちゃんと尋ねずにいた。
有里子のその中途半端な質問だったが、葵と黛は皆まで言わずとも、有里子が何を聞きたがっているのかを察した。
Bloomで昨日と同じように女装で接客し、そのままの状態で黛にここまで連れてこられていたため、葵は女装のままであり、葵の女装は言うまでもなく、レベルの高い物だったため、有里子が勘違いしてしまうのは、半ば仕方がない事でもあった。
「有里子さん、ごめんなさい。 有里子さんが思ってる通り、葵は男なんだ……」
「やっっぱりぃ~ッ!?」
何の事情も話せていなかったのか、助っ人に来た葵の真実を申し訳なさそうに、黛が伝えると、有里子は大きな声を上げ反応した。
「なんかおかしいなぁ~って思ってたのよねぇ~!
女の子にしては、声が男の子の声にしか聞こえなくて……。
それでいて、見た目は男なんかには絶対見えないし……。
黛さん、そういうことはもっと早く言ってよぉ~、心臓に悪い」
「ごめんなさい」
「……でも、本当に驚きね! こんなに可愛いのに男の子だなんて……。
ますます、合格だわッ!!」
有里子はそんな会話を黛とした後、再び蚊帳の外になりつつあった葵に視線を向けた。
「えぇ~と、葵くん! 君には参加者のメイクをしてもらいたくて、ここに呼んだの」
「え……?」
有里子の笑顔で言い放った言葉に、葵は理解が追い付かず、ただ言葉を零すことしかできなかった。




