俺より可愛い奴なんていません。7-3
「なんとなくイベント内容はわかるんですけど……。
浜のミスコンってなんです?」
黛が高らかに宣言するように言葉を発した後、少しの間葵達の間に沈黙の時間が流れたが、気を取り直したように葵は、より詳細な情報を黛に求めた。
「言葉の通りよッ!
参加者を募って、誰が一番水着が似合っていて美しいかを決めるコンテスト!
当日参加も可能だから、観光客も交じって意外ともりあがるのよねぇ~。
優勝賞金あるしッ!!」
黛の話したイベントに葵が興味を持っているのかと思った黛は、イベントについていろいろな事を話した。
黛の最後の言葉に、彼女の本当の目的がそれだという事を感じたが、特にそれについて指摘するものはいなかった。
葵達は自分たちにはあまり関係の無いイベントでもあったため、「へぇ~~」といった様子でテキトーに聞き流していた。
「今日ここに来るまでに、なんかイベント会場みたいの設営してなかった?
あそこでやるんだよ?」
「あぁ~、あれか……」
補足を入れるように話した静の言葉を聞き、葵はここに来るまでの道のりで、確かにそういったステージが備え付けられているのを思い出した。
「参加者は18人で締め切りで、水着の披露と、簡単な自己紹介をして終わり。
18人の割には、意外と時間もそんなにかからずに終わるよ!
まぁ、その後もいろいろとイベントが控えてたりするんだけどね」
「ふ~ん。 それに小竹さんは出るんだ」
「あんまり気乗りしてないけどね……」
葵は確認するように静に出場する事を尋ねると、静は少し表情を暗くさせ、苦笑いを浮かべながら参加する事を伝えた。
「まぁ、小竹さんなら優勝しても、おかしくないんじゃないか?」
「え……?」
葵の呟いたその言葉は、自身の無さそうにする静の気を少しでも和らげようと、他に特に他意は無く、自然と口を付いた言葉であった。
しかし、葵の言葉を聞いた静は驚いた表情のまま固まり、目を丸くさせ葵を見つめた。
「そうだよな! 小竹さんなら優勝間違いなしだと俺も思うよッ!!」
静が固まったことで一瞬空気に沈黙が流れかけたが、それはすぐに長谷川の声によって破られた。
明るく、大きな声で自信たっぷりに長谷川は葵の言葉に賛同し、長谷川に続くようにして晴海も亜紀も続けて賛同の声を上げた。
「やっぱり、みんなもそう思うか!?
実はねぇ~、静はこんな大人しそうにしてるけど、前年度のチャンピオンでもあるんだよーッ!
今年も、頼むよ静ッ! そして賞金をわが店にッ……」
黛は自分の事のように静を自慢し、そして今回の大会でも静に大きな期待を寄せているようだった。
葵は黛の言葉を聞き内心、「まぁ、確かに静に勝てそうな女の子って、簡単にはいないだろうなぁ」とも納得し、今回の優勝も持っていきそうな気配はしていた。
「そのイベントがあるから、今日は忙しいんですか?
お客さんもたくさん来そうですしね……」
葵は昨日から、明日も忙しくなるとは聞いていたが、混んでも昨日と同じくらいで、昨日以上の混み具合は想定していなかったので、少し腹を括りながら黛にそう尋ねた。
「そういうことになるわね!
あと、静以外にもウチから何人か出場予定だから、単純に昨日よりか人でが少なくなるっていうのもあるかなぁ~。
大会が始まったら、Bloomは一度閉めるつもりでいるし、始まる前と終わった後が勝負どころかな?」
「お店、閉めちゃうんですか?」
ミスコンが始まればもっと忙しくなり、そこが本番だと思っている者が多かったため、Bloomを大会中は一度閉めると聞き、晴海は驚いた様子で黛に尋ねた。
「うん。
大会が始まれば人はそっちに流れ出しちゃうし、Bloomと会場は若干離れてるからねぇ~。
お店から、イベントが見れるならまだしも、見れないし……。
というか、なにより私が大会見れないしい……」
「な、なるほど……」
最後は完全に自分の都合も含まれていたが、黛の言っていることはよくわかり、晴海は納得した様子で頷いた。
「みんなもイベント中は、イベント見にいってもいいよッ!!
せっかくの旅行だし、色々楽しまなくちゃねッ!
別にミスコン見なくても、海で遊んでてもいいし……。
時間になって戻ってきてもらえれば、何してもいいよッ」
黛の申し出に、晴海と長谷川は喜び、亜紀と葵は性格上、あまり感情を前に出すタイプでもなかったが、内心では自由時間を与えられたことは、普通にうれしく思った。
「俺はミスコン見に行きますよぉ~!!
立花も来るよなッ!」
長谷川は俄然やる気を出し、意気揚々とした様子で葵に尋ねた。
もちろん、葵もミスコンには、長谷川とは若干毛色の変わった理由から、主に自分が女装していることもあり、美しいものなどを見るのは好きだったため、半ば美術館賞に行くぐらいの気持ちで、ミスコンには興味もそれなりにあった。
「んん? まぁ、暇だし、行こうかな。
普通に興味あるし……」
「えぇッ! 葵、来るの……?」
葵が行くと答えると、今まで静かに少し気まずい様子でいた静が声を上げ驚いた。
そして、葵が来るとは思っていなかったのか、驚きのあまり二人の時だけに呼んでいた、下の名前が出てしまっていた。
「まぁ、面白そうだし……」
葵が素直に答えると今度は違う方向から、女性の声が返ってきた。
「あんたの場合なんか違う意味を含んでそうね……。
それに、つくづくミスコンに縁があるというか」
「別に、今回はおれは絡んでねぇだろ」
少し嫌味を含んだ亜紀の言葉に、葵はㇺッとしながらも、返事を返した。
長谷川と晴海は、二人が何の事を言っているのか分かったが、事情を知らない黛や静は、なんの事だかわからないといった様子で、二人の話を聞いていた。
黛はそんな二人の会話にも気にはなったが、ある二人、ないしは三人に、お願いしなけばならないことを、思い出し声を上げた。
「あッ! そういえば、ちょっとお願いがあるんだけれども、晴海と亜紀にも、ミスコン出てもらえないかな?
ついでにぃ…………葵にも……」
「は?」
黛は店主にはに使わない腰の低い口調で、頼み込むように亜紀達に声を掛け、最後には付け足すように葵にも声を掛けた。
急な願いに葵は驚き声を漏らし、亜紀や晴海に関しても小さく「え……?」っと声を漏らし、驚いた表情を浮かべていた。
「いや、清水や松野はいけるにしても、俺は無理ですよ!?
女装の域を超えてるし……」
「いやいやッ! 私たちも無理ですッ!
ねぇ? 晴海??」
黛の申し出を聞き、一瞬場が凍り付いたように静寂に包まれが、我に返った葵が発言したことで、沈黙は破られ、葵に続くようにして、亜紀も参加できないことを宣言し、晴海にも同意を求めるように尋ねた。
「いやぁ~、別に私は出てもいいけど……。
別に裸になるわけでもないんだし」
「はぁあッ!? い、いやいやッ、無理ッ!
私は無理ッ」
同意を求めていたはずの亜紀だったが、晴海から帰ってきたソレは、亜紀の求めていた回答ではなく、思わず「正気か」と言わんばかりに声を上げた後、参加を拒絶するように答えた。
「お願いだよぉ~、参加人数今年は少ないみたいでさぁ、事前登録とかがあるんだけど、枠とか結構残っているらしいんだよねぇ~……
ミスコン出るとなったら、準備とかもあるだろうし、お店早めに抜けちゃってもいいからッ!」
「俺は無理っすよ?
水着ってビキニでしょ?? すね毛とか剃ってないし、体付きも全然違うから気持ち悪ものを見せるだけになります。
絶対出たくないです」
黛の力になれるのであれば、協力できることはするつもりだったが、女装に関して常に美しい者を目指す葵に対しては、自分の女装した時の美しさに、高いプライドを持っており、女装した際に醜くなるのは、絶対に自分のプライドが許さなかった。
「すね毛…………」
葵の堂々とした言いふるまいに、昨日、葵が女装をすることを静は聞かされていたが、やはり急な出来事過ぎて、上手く自分の中で受け入れていられず、悲しいような暗い表情を浮かべながら、ポツリと呟いた。
その声を葵は聞き逃さず、前日は自分が女装しているという事を隠し、更にまだ自分の口から静に伝えてはいなかったため、彼女がそれを知っているとは思わなかった。
完全に墓穴を掘ったと勘違いした葵は、静の方に視線を向けられず固まってしまい、背筋には冷や汗がだらだらと流れ始めた。
「私も無理です!」
「えぇ~ッ!! お願いだよぉ~ッ」
隣で固まる葵を尻目に、亜紀は改まって黛に参加できないと伝えたが、黛は半分泣き寝入りのように頼みこんだ。
そして、そんな問答はBloom開店間近まで行われ、しつこい黛に折れる形で、亜紀も参加することを渋々了承した。
葵はそんな問答の中、静とは目も合わせられず、そのまま更衣室へと向かい、着替えるためにロッカールームへと向かった。
しかし、そんな葵に追い打ちをかけるように、今日も彼に用意されていた制服は女性の物だった。




