俺より可愛い奴なんていません。7-1
◇ ◇ ◇ ◇
沖縄 本島 マーリンズ・ホテル
葵達は朝起き、身だしなみ等を整えると、前日、真鍋に約束された通りに、ホテルの一階ロビーへと集合していた。
長谷川、葵に関しては朝が強かったこともあり、真鍋が前日セットした目覚ましが鳴ると起き上がり、集合時間に間に合うように身だしなみを整えていた。
しかし、前野に関しては、目覚ましが鳴ろうとも中々起きようとはせず、二度寝をかまそうとしたところ、真鍋に無理やり起こされ、意識がもうろうとしている中で、朝の身支度等を行っていた。
「ふぁあ~ぁ……、眠い……」
暖かくまぶしい日の光が窓ガラスから差すロビーで、未だに眠気が襲っているのか、目をこすりながらそんなことを呟いていた。
「だからあれだけ早く寝ろって言っただろ? なぁ、立花?」
前野に当然だと言わんばかりに長谷川は答え、葵にも同意を求めるように尋ねてきた。
長谷川の言った通り、昨夜、旅行初日という事もあってか、真鍋も含めて、かなり遅くまでいろいろな話題で盛り上がってはいたのだが、一番最後まで起きていたのは前野であり、他のものは次の日の事を考え、夜の11時頃には布団に入って寝ようとしていた。
「ん?あ、あぁ……」
長谷川はすんなりと同意してくれる体で話しかけたが、葵の返事どこかぎこちなさを感じた。
それもそのはず、葵はなんなら昨夜、前野よりも遅く就寝し、長谷川達はだれも知らなかったが、一番遅く眠りについたのは葵だった。
幸い、朝は起きれる体質だったため、寝坊するようなことはなかったが、寝不足による体のだるさは感じていた。
長谷川も葵の少し言いよどんだような答え方に、少し疑問を感じているようだったが、すぐに気のせいだと判断し、前野に振り返りつつ、再び説教をするように話しかけていた。
葵はそんな長谷川達を一瞥した後、視線を外し体面に立って、会話をしそうにしている女性陣へ視線を向けた。
(あいつは……、特に寝不足ってわけでもなさそうだな……)
葵が視線を向けた女性陣の中には、美雪の姿もあり、昨夜、葵と同じように寝付けずにホテルの庭へと訪れていたため、寝不足になっていないかが少し気になったいた。
しかし、葵の心配も杞憂に終わり、美雪は何ともなさそうに時折笑顔を見せつつ、友達と会話を楽しんでいた。
(はぁ……、呑気な奴だよな……。
昨日、あの後部屋に戻った後も、俺は上手く寝付けなかったていうのに……)
葵は当初心配するように美雪の様子を確認していたが、まるで何事もなかったかのように、いつも通りに元気にしている姿を見て、安心すると同時に、それはそれで少し不満に感じていた。
昨夜、美雪と別れた葵は部屋に戻った後すぐにベットへと横になり、寝ようと試みたがいろいろな事が頭の中でちらつき、寝よう寝ようと思えば思う程、脳が冴えていっていた。
そうして、心の中で悪態をつきながら、視線を美雪から外し、真鍋の方へと視線補向けた。
真鍋はフロントの方へ行き、受付の係員と何か話をしている様子だったが、すぐに話を終えると、皆が集まる自分の生徒達の元へと戻ってきた。
「よぉ~し、それじゃ準備もできたし、そろそろ行くぞぉ~?
お手洗いとか行きたい生徒は今のうちに済ませておけよ?」
真鍋がそう伝えると、素直な生徒は返事を返し、返事の無い者も特にトイレに行くそぶりも見せなかったため、真鍋は「それじゃ、行くぞ~」と一言、声を掛け、歩き始めた。
◇ ◇ ◇ ◇
旅行二日目も天候は恵まれ、太陽のまぶしい日差しが降り注いでいた。
晴天というわけではなかったため、時折、太陽が雲に隠れることもあったが、晴れといっても差し支えない空だった。
「おッ! 来たねぇ~ッ!」
Bloomに到着するなり、店では外で掃除をしながら開店の準備を進める黛の姿があり、葵達に気が付くとニカッとした笑顔を浮かべ、待っていたと言わんばかりに葵達を出迎えた。
Bloomの開店は9時からであったが、黛は既にお店に来ており、黛以外に従業員は見当たらなかった。
真鍋達は船の時間と、今日は離島に行く予定もあったため、割と朝早くからホテルを出、7時にはBloomについていた。
「結構早い時間からきたねッ! 熱心でいい事だッ」
「おはようございます。
船の時間もありますんで、それと、今日もよろしくお願い致します」
気さくに話す黛とは対照的に、真鍋は丁寧に黛に挨拶をし、自分の生徒達を一時的にだが預けるため、黛に軽くお辞儀をしながらそう告げた。
「いやいや、いいんだよッ! 私たちも助かってるわけだし、反響も良いし。
それに今日はちょっとしたイベントもあるしねぇ~……」
少し遠慮がちな真鍋に対し、黛は笑い飛ばすように気にするなと伝えた後、何かを企んでいるような悪い笑みを浮かべていた。
それが見えた葵は、前日の事もあってか嫌な予感がしていた。
「それで? 今日はどの子がお店手伝ってくれるのかね?
私としては、慣れてる子の方が良いけど、これは実習も兼ねてるし、そうはいかないんだろ?」
「そうですね……。昨日と同じ子も中にはいますけど、全員が全員同じメンバーっていうのは難しいです」
「うん、わかったよッ!」
黛は内心では諦めていたが、自分の希望を真鍋に伝えるだけ伝えてみていた。
希望は通らず、少し残念そうにしながらも、黛は素直に真鍋のいう事を聞いて納得していた。
「今日は、長谷川と松野が新しく手伝わさせていただきます」
真鍋がそう黛伝えると、長谷川と晴海はその紹介に続くようにして、お辞儀をしながらそれぞれが黛に挨拶をした。
「うんッ! よろしくなッ
桜木の生徒はみんな利口だからなんの心配もしてないよッ! わからないことがあったら気にせず聞いていいから!」
「ありがとうございます!」
黛は若干緊張した面持ちをした二人の表情を読み取ったのか、晴海達の不安を取り除くように明るく返事を返し、黛の気遣いから二人は少し緊張が解け、黛にそれぞれお礼を述べた。
「ん? 今日は二人かい??」
新人の挨拶が済んだところで、黛は心配になったのか真鍋に問いかけた。
「いや、昨日と同じで後二人ほどお世話になります。
立花と清水です」
真鍋が続いて残りの二人を紹介すると、黛はニヤリと笑みを浮かべ、葵はそれを見逃さなかった。
葵と亜紀は、前の二人に倣うように挨拶をすると、黛も笑顔で挨拶を返した。
葵は黛のその挨拶の返し方すらも、少し声が浮立っているようにも聞こえたが、流石に気のせいだと思い込むようにし、嫌な予感は消えなかったが、もう考えないようにした。
「それじゃあ、みんなよろしくねッ! ……っと、その前に、葵と亜紀ちゃんの名前は知ってるけど二人の名前は何かな?
私、あんまり名字で呼ぶの好きじゃなくてさ、特にこれから一緒に働く仲間なんだから、下の名前で呼ばせてよ」
「はいッ! 私は晴海です。
仲いい子からはハルって呼ばれてますッ!!」
黛の言葉を聞き、晴海は親近感を覚えたのか親しげに、それでいて尊敬の念もしっかりと持ちながら答えた。
「おっけーッ! それじゃあ、ハルちゃんって呼ぶねッ
君は?」
黛の答えに晴美は元気よく返事を返し、晴海の返事を聞いた黛は満足した後、もう一人の名前の知らない長谷川へと問いかけた。
「龍です」
「おっけッ、それじゃあよろしくね龍ッ!」
長谷川も素直に答えると、黛は笑顔で改めて長谷川にそう伝えた。
一通り挨拶を終えると、黛はさっそく二人に簡単に仕事の流れなどを話し始め、働いたことのある亜紀と葵はそれを黙って聞いていた。
黛が説明をする中で、葵が知っている事ばかりだったため、葵は寝不足のせいか集中力があまり発揮されず、だんだんと違うことを考え始めていた。
そして葵は、数分前の出来事を思い返すように考え始めた。
◇ ◇ ◇ ◇
Bloomに到着する数分前。
葵達はBloomへと続く海沿いの道を歩いていた。
眩しいほどの日差しは海の青に反射し、葵達のところから見える海はキラキラと光を反射させ、とても美しい一面を魅せていた。
男子と女子で別々に話したり、時折、一緒になって会話をしたりとしながらBLOOMに向かっていた。
葵は、テキトーに会話に入っては途中で抜けたり、抜けては海の方へ視線を向け、眺めながら歩いていた。
基本的には、海を見ている事が多かったが、そんな中途端に思い出したように、真鍋が声を上げた。
「あぁッ! そういえば、今日の班別け決めてなかったッ」
真鍋の声に後ろを着いて歩いていた生徒達は会話を止め、真鍋へと視線を向け、丁度海を見ていた葵も真鍋へと視線を向けた。
「そういえば、決めてないな」
「そうだね〜」
真鍋の声に反応するように長谷川と晴海が声を上げ、その一行の話題は今日の班決めへと変わっていった。
「どうする? お前ら決めていいぞ〜!
長谷川と松野は、黛さんのところ決定だから、それ以外な〜」
真鍋は思い出したと思ったら、今度は生徒に班決めをぶん投げ、真鍋ではなく生徒の中で決める事へと、流れが変わっていった。
「えぇ〜ッ! そんな事言われてもなぁ〜……、どうするよ、葵」
「美雪はどっちがいい?」
真鍋から会話を投げかけられると、前野は葵へ、亜紀は美雪へと相談するように話を振った。
特に決まってはいなかったが、何となく男女1人ずつで真鍋について行くことになっていた。
「ん〜? 俺はどっちでも……」
葵はそう言ってどっちでもいいと答えようとした途端、決まっているはずの晴海が葵の声を遮り、言葉を発した。
「先生〜ッ、離島を回るのって男女1人ずつで決定なんですかぁ?」
「んん? いやぁ〜、別にそういう決まりとかは無いぞ〜」
晴海の質問に真鍋は、先程からずっと見ている地図から視線外さず答えた。
「あッ! じゃあッ……!」
晴海が聞いた質問を聞き、いい事を聞いたと言わんばかりに一気に表情が明るくなった亜紀が何かを言いかけた。
しかし、亜紀の声は今度は美雪によって遮られた。
「先生ッ! 私は離島がいいです!」
美雪にしては珍しく、元気よく声を張り、真鍋にそう宣言するように声を上げた。
美雪のその元気な声に、葵は珍しいものを見るように視線を飛ばした。
すると、葵は思ってもいなかったが美雪と目が合った。
一瞬驚き、心が密かに跳ねたような感覚があったが、すぐに美雪の表情を見て何か違和感を感じた。
(なんで、あんな期待するような目を向けてるんだ……?)
美雪の目はキラキラと期待感を持っているような感じがし、葵はそれが勘違いかと思ったが、もしかしたらと思い美雪に続くように声を上げた。
「先生〜、俺も離島で……」
葵はそう言いかけた所で、美雪の表情が変わったのを見て、言葉を区切った。
美雪が自分に離島に一緒に離島に来て欲しくて、こちらに視線を送っているかと思ったりしたのだが、葵が離島という言葉を発した瞬間に美雪の表情は固まり、目のキラメキも失ったような気がした。
(はぁ? どうゆう事だ??)
一緒に離島行きたいと思ってくれていると、勘違いしていた自分に、恥ずかしさと腹が立つと同時に、美雪の意図がまるで見えず、分かりずらい事にも苛立ちを覚えていた。
葵はほんの少しの時間だったが、寝不足の頭をフル回転させた。
(ここで橋本が俺に、視線飛ばす? しかも、何かを期待するかのような視線を送って……。
俺にBLOOMに行って欲しいって事だよな? 何で??
女装して欲しいのか? でも、アイツは離島行く気満々で見れないし……)
葵は色々と考え、何とか美雪の意図している事を理解しようとした。
すると、昨日の出来事を思い出した。
(昨日の夜、アイツ、静から昔の話を聞いて、俺に色々話してたな……。
その時、明日もBLOOMで俺を手伝わせるって言ってたっけ……?)
葵は確証は無かったが、美雪が考えている事が何となくそれなんでは無いかと仮定し、それが合っているような気がしていた。
(へいへい、そうかい。そんなに真鍋と2人の時間を邪魔して欲しくないってか……。
手伝い行きますよ……)
葵は自分の最初の思いつきが外れた事もあって、完全にひねくれていた。
「先生、俺は今日も店、手伝います」
「おお〜ッ!! そうかッ! よろしくな。
橋本も今日はよろしくなッ」
葵の答えを聞き、昨日お店の手伝いが予想以上に忙しかった事と知っていた真鍋は、BLOOMへの手伝いをしたがらないかもしれないと
考えていたため、葵の申し出を聞き、安心していた。
「はい! お願いします先生」
真鍋の答えを聞き、美雪は笑顔で真鍋に返事を返した。
葵は横目で美雪のその笑顔を見て、あの時の事を思い出した。
それは、桜祭の終わった日の真鍋と美雪が2人きりで会話している時だった。
美雪の今見せた笑顔はその時に真鍋に見せていた笑顔によく似ていた。
そして、葵はもう1つ、ずっと考えないでいようと胸の奥にしまっていた事を思い出してしまった。
それは亜紀から聞かされた、昔、1年生の頃、美雪が真鍋を好きだったという事だった。
その時葵は、今までに感じた事無いモヤモヤとした感情を感じていた。




