俺より可愛い奴なんていません。6-20
美雪と葵は二人きりで会話をする中、今まで心地よく吹いていたはずの風が少し強くなってきてた。
美雪の髪は先ほど余地も大きく揺れていたが、それでも彼女の美しさは変わらず、ただ葵を一点に見つめ、自分の質問したことの答えをじっと待っていた。
「えっと……、小竹さんがそう言ったのか?」
葵はまだ自分の過去に仲良くしていた女性が、小竹 静だとは確証を持てていなかったため、逆に聞き返すように美雪に問いかけた。
葵の問い抱えに美雪は静かに首を横に振った後、葵の質問に答え始めた。
「いいえ、直接そうだとは聞いてないです。
ただ、小竹さんの昔話を聞いて、それで立花さんが前に話してくれたことを思い出して、もしかしたらと思って……」
「…………静はなんて?」
美雪の話を聞き、まだ確定していたわけではなかったが、葵は条件が揃いすぎていることから、自分の昔仲良くしていた安藤 静は小竹 静と同一人物なんだと仮定した。
葵は自分の良く知る静だと仮定すると自然と、昔の呼び方が考えるまでもなく、口から発せられていた。
葵の言葉に美雪は一瞬ピクリと体をほんの小さく跳ねらせ、驚いた表情のまま固まったが、すぐに気を取り直し、葵の質問に答えた。
「昔、仲が良かった子といじめが原因で離れ離れになってしまったと……。
きちんと別れを言えなかったことを後悔していると言ってました……」
美雪はこの事について、すれ違いを起こしてしまっている二人にとっては、伝えなければならないことだとそう判断し、静が直接葵に伝えた事ではなかったため、少し気の引ける思いも感じていたが、それでも伝えようと決心していた。
しかし、話す前も、静から話を聞き終えた後も決心していた事だったにも関わらず、何故か美雪の心には話している内にも後悔が付きまとっていた。
美雪から話を聞いた葵は難しい表情のまま、俯いており、何も答えを返さぬまま少しの間、黙り込ん後、ゆっくりと返事を返した。
「そうか……、ありがとう、話してくれて……。
明日、ちょっと話してみるよ……」
葵は考えがまとまったのか、優しい柔らかい表情と声で美雪にそうお礼を告げた。
美雪はそのお礼を告げた瞬間に、自分の判断は正しかったのだろうか一気に不安に感じ始めた。
当初望んだ方向に進ませるために、確実にいい方向へと進むきっかけを、作った事には変わりなかったが、どうしてか満足感は感じられなかった。
「それじゃ、立花さんはBloomで手伝い決定ですね!」
美雪は取り繕うように笑顔を作り、どうしてこんなに自分が慌てているのかも、よくわかっていなかったが、今のこの雰囲気と会話だけはすぐにでも変えたく、最初に葵とここであった時のように明るくそう告げた。
「また黛さんにこき使われるな」
元気な笑顔で答える美雪に、葵も明日の事を思いつつ苦笑いで答えると、今までの少し暗い雰囲気は二人の間になくなり、明るい雰囲気が返ってき始めていた。
「立花さんのために、写真撮ってきてあげましょうか?
私、意外にいい写真撮りますよ?」
「悪いな頼む期待しないで待っててやるよ」
「アッと言わせて見せますよ!」
お互いに楽しく会話を交わしながらも、心のどこかで少しの不安を感じつつ、秘密の二人の夜の会話はその後も盛り上がりをみせていた。
◇ ◇ ◇ ◇
美雪と葵はその後も和気あいあいと会話を楽しみ、気づけば30分もの間も二人で会話をしていた。
基本口下手な二人だったため、時折会話の間に沈黙が生まれつつも、それが気まずいというわけでなく、その沈黙も含めて、それが二人の会話のペースだった。
「少し寒くなってきたかもな……」
周りの気温が急に下がったわけではなく、外に出ている時間が長くなっていくにつれて、体がだんだんと冷えてきている事が原因だった。
「そうですねぇ……、くしゅんッ!」
葵が呼びかけたと同時にちょうど良く、返事を返した後に美雪は、可愛らしいくしゃみが出てきてしまっていた。
「そろそろ部屋に戻るか、明日もあるわけだし……。」
葵は美雪のくしゃみをきっかけに部屋に戻ることを決意し、自分が立ち上がれば気を遣わず部屋に戻るだろうと考え、腰を上げながら美雪にそう呼びかけた。
「戻りましょうか。 すいません、こんな時間まで付き合わせてしまって……」
「いや、別に気にしてない。眠れなかったからちょうどよかったし……」
気遣う美雪に対して、葵はすぐにそんな事は無いと淡々と答えると、素直に来てくれた事を感謝するように答えた。
「それじゃあ、私はこっちですので……」
「おぅ、じゃあまた、明日な?」
美雪と葵は部屋に戻るにはそれぞれ方向が少し違い、その場で違う方向へ歩く事になっていた。
美雪は自分の行く方向へと、軽く指を指しながらそう言うと、葵はそれに返事を返した。
葵は内心少し妙な違和感を感じながらも、つい口を付いて友達に言うように美雪に別れを告げた。
「はい、また明日…………、なんか変な感じですね」
葵の答えに美雪も違和感を感じたのか、最後にはニヤニヤと笑みを浮かべながらソレを指摘していた。
「確かに、橋本にこんな事言ったこと無いもんな」
美雪に指摘された事で、葵は美雪も同じ事を思っていた事を知り、変な親近感からか笑みが零れていた。
しかし、葵の笑みは次の美雪の言葉により一気に凍りついた。
「なんか、友達みたいな? 恋人みたいな?別れ方ですよね?」
美雪は至極当然のように、特に恥ずかしがったりするような様子は無く、思った事をただ口に出した様子で答えた。
葵は最初は美雪の言ったことが上手く自分の中で理解出来ずに、一瞬何が起こったのか分からなかったが、段々と美雪の言葉が頭の中にグルグルと周りだし、どんどんと羞恥心が出てきていた。
固まっていた表情はどんどんと驚いた表情へと変わっていき、それと同時に鏡を見ずとも顔が赤くなっていくが分かった。
葵のその変わっていく表情を見て、美雪も何かに気付いたのか、葵の羞恥心は美雪へと感染し、美雪も少し顔を赤らめさせ、勢いよく葵から視線外した。
「や、な、ま、まぁ……、別れの言葉って大体そんなものですよねッ!!」
「あ、あぁッ……、そうだな……」
取り繕い始めた美雪に葵も乗っかるようにして答え、その話題をそれで完結させ、それ以上2人ともそれについて言葉を出す事は無かった。
「じゃ、じゃあ、わ、私、行きますねッ」
「おぅ……、気を付けろよ?」
「はぃ……、おやすみなさい」
耐えきれなくなった美雪は、簡単に別れを告げるとその場から逃げるようにして、部屋へと戻っていった。
葵も部屋に戻るつもりだったが、しばらくその場に立ち尽くし、呆然としていた。
上手く思考が回らず、呆然としていると強く冷たい風が吹き、葵の体をそれが襲った。
「寒……、帰ろう……」
葵は半ば放心状態で、とぼとぼと部屋へと帰り始めた。
(橋本の言葉には何の裏も無い、橋本の言葉には何の裏も無い、橋本の言葉には何の裏も無いッ。
勘違いするな、勘違いするな、橋本は天然だから、天然、天然……、天然…………)
葵は高揚している心と、激しく脈打つ心臓を落ち着かせるように、自分に言い聞かせるように心の中で何度も言い聞かせ、部屋へと戻って行った。




