俺より可愛い奴なんていません。6-19
「なんでこんな所に?」
細々とした葵の声は聞こえなかったのか、美雪は葵と同じ問いを葵に投げかけた。
「あ、あぁ、いや、別に……、ちょっと寝れなくて、夜風に当たりに…………」
葵はいつもよりも明らかにぎこちなく、美雪にそう答えた。
葵の答え方に当然美雪は、不思議そうな表情を浮かべていたが、それについて問うつもりは無く、すぐに気にせず会話を続け始めた。
「奇遇ですねッ!
私もちょっと寝れなくて……、へへへッ……」
葵と理由が同じだった事を喜ぶように、自分もそうだと伝えると、少し照れたように美雪は微笑んだ。
葵はそんな美雪を見る事が出来ず、視線を大きく外し、「そっか」と変な中途半端な返事しか返す事が出来なかった。
明らかに葵の胸の鼓動は早く、自分でも体の異変を感じていた。
「ここ良いですよね!
このホテルに来てからずっと気になってたんです」
美雪そう言いながら、葵が先程まで腰を下ろしていた所へと腰を降ろした。
「あ、あぁ、確かにここは落ち着く……」
「ですよね〜。
ここに来ようとしたら、立花さんの声が聞こえたような気がして、ちょっと嬉しくて走っちゃいました」
美雪は終始ニコニコと話し、葵は普段よりもずっと素っ気なく返事を返す事で精一杯だった。
いつもとは違う非現実がこうしているのか、美雪が興奮しているような、明らかにいつもと違うのは、すぐに何となく分かった。
普段に比べ美雪は、口数が圧倒的に多くなっており、どちらかと言えば明るい印象を感じた。
「はぁ~……、ほんと癒されますね……」
美雪は海からくる風を目を閉じ、感じながら、心地よさそうにそう呟いた。
風になびかせられるように美雪の髪はゆらゆらと揺れ動き、葵の瞳に映る美雪は、夜で周りのシチュエーションもあってか、幻想的な魅力を放ち、かなり絵になっていた。
無邪気に風を感じる乙女のようにも見えたが、月明かりにより、その姿はどこか神秘的にも見えた。
かといって幼い印象だけというわけでもなく、濡れているわけではなかったが、どこか艶やかなその髪をなびかせることで、色っぽくも見え、なんとも不思議な魅力があった。
「立花さんは、明日はどうされる予定なんですか?
まぁ、私たちが何をしたいって決められるわけじゃないですけど……、もし選べたとしたらどちらに行かれます?」
美雪に見とれていた葵は、美雪の質問により我に返り、慌てて質問の答えを考えた。
「あ、いや……、俺はどっちかっていうと真鍋先生について回る方がいいかな」
葵は正直に美雪の質問に答えた。
美雪の姿に魅了されたこともあってか、最初予期せぬ形で出会ってしまったよりかは、落ち着いて返事を返せるようになり、いつも通りの様子で会話を返せるようになっていた。
「立花さんもですか? 私もですッ。
Bloomでの仕事も確かに楽しかったんですけど、ハルの話聞いていたら、回るのもいいなぁ~って思って……。
それに明日は、一日ありますから船で離島らしいですよッ!」
「あぁ、本番の三日目は離島に行くからな。
実習内容によっちゃそのまま本島に残る生徒もいるけど大半はな……」
葵達も入浴の際会話に上がっていたが、それにほとんど同じ内容を美雪の方でも話しており、美雪も葵と同じように、真鍋とともに島を回る方を希望していた。
葵は他にもBloomに行きたくない理由はあったが、ゆっくと散策しながら景色を見て回るのもいいとそう思っていた。
美雪が真鍋と回る方を希望したことに、葵は少し胸を針で刺されたような感覚を感じていた。
「立花さんは修学旅行だとどっちになるんですか?」
「俺は……離島かな。
建造物とか見に行くことになってるから」
「ほんとですかッ!? 私も離島です!!
見学内容とかは違いますけど、同じ島だったらいいですねッ!」
葵の答えを聞き、美雪は笑顔で嬉しそうに喜び答えた。
やはり、葵が感じた当初と同じように、今の美雪はどこかテンションがいつもよりも高いのは明白で、葵は美雪の会話のペースに押され気味のような節も少しあった。
「難しいんじゃないか?
内容が一緒ならまだしも、行先は三つあるみたいだし……」
「そうですかね……。
それでも一緒だといいですねッ!」
修学旅行の三日目は、それぞれが沖縄の文化や歴史に触れることをテーマに、様々な沖縄の伝統工芸品、建造物、あるいは自然などを学ぶことを主に置いており、その学ぶものによって生徒の行先が変わることになっていた。
葵は冷静に考えて一緒になれることは難しいだろうと結論付け、美雪にそう伝えると、美雪は少し悲しそうに、寂しそうに呟いた後、葵に視線を移し、葵の目を見ながら、優しく微笑み、答えた。
「そうだな……」
美雪の仕草を見、彼女の希望を聞くと葵は一瞬固まり、答えるのに少しの間を空けたが、素直に葵は美雪の答えに同意した。
流石に美雪の目を見ながらは、とてもじゃないが言えなかった葵は、海の方に視線を向けて答えた。
内心少し照れ臭くもあったが、特に声も上ずったりすることもなく、葵はいつもの調子で答えていた。
逆に、海の方に視線を向けた葵には見えるはずもなかったが、葵の答えに美雪もまた目を丸くし驚いた表情を浮かべていた。
そこで二人の会話は終わり、風の流れる音だけが聞こえる静かな間ができた。
お互いに、普段自分からベラベラと話すタイプでもなかったため、このまましばらく静かな空気がながれるかと思われたが、その沈黙はすぐに破られた。
「あの……」
今まで、旅行にきてテンションが上がっていたからか、いつもよりは口数が多かった美雪が、途端に何か話しずらそうに、小さく弱弱しい声で葵に呼びかけた。
海を見ていた葵はその声に反応し、美雪の方へと視線をやると、よく見た事のある、どこか遠慮がちな美雪の姿があった。
「どうかしたのか?」
「いや、ちょっとだけ聞きたい事があって……」
葵が言葉を促すように尋ねると、案の定美雪は遠慮している様子で話し始めた。
「昔、立花さんが話してくれた、女装をするきっかけになった話、ありましたよね?」
「ん? あぁ、あったな……」
美雪からなんで今その話が出てきたのか葵は不思議だったが、話の腰を折るようなことはせず、美雪にそのまま要件を話させた。
「その話の中で、立花さんが昔助けれなかった女の子がいたって言ってましたよね……?」
美雪は葵の様子をうかがいながら話を進め、葵は今の美雪の言葉で大体の事は理解できた。
そしてこれから尋ねるであろう質問の内容も、美雪が言わずともすでに分かっていた。
そんな中、美雪は一番聞きたかったことを口に出した。
「その女の子って小竹さんですか?」
美雪がその言葉を口にした途端、葵は今までやさしく吹いていた風が少し強くなったような、そんな気がしていた。




