俺より可愛い奴なんていません。6-14
◇ ◇ ◇ ◇
美雪たちは限られた僅かな時間だったが、目いっぱいに遊び尽くし、時間はもうすぐ17時になろうかというところだった。
「ふぅ~……、ひとしきり遊んだなぁ~……」
時間のあまりない中で、たくさん遊んだ美雪はBloomから借りた浮き輪に乗り、波に流されるようにして、海に浮かんでいた。
「私も久しぶりにこんなに遊んだかなぁ~」
波の流される隣で、静もまた、同じように浮き輪の上に乗り、浮かびながらのんびりとした口調で同意するように答えた。
海の波の音を聞きながら、少し離れた浜では、四人でビーチバレーを楽しむ亜紀たちの声もかすかに聞こえた。
「静さんは毎日こんなところで生活してるんですよね~……。
すごく羨ましいです」
「えへへ……、まぁね。
自然がほんとに身近だから大変な事とかもいっぱいあるけどねぇ~……」
静と美雪は、過ごした時間はそれほど大きくはなかったが、Bloomで共に働いた時間を含め内容の濃い時間を過ごし、すっかりと打ち解けていた。
「小竹さんはどれくらいいるんでしたっけ?」
「まだまだそんなにだよ……。
2、3年くらいかな。 魅力が在りすぎて、最初の一年は時間があっという間だったよ。
今はすっかり島のゆったりとした雰囲気に慣れちゃったけどね」
美雪の質問に静は、ニコニコとしながら楽し気に答えた。
静の声からは、本当にこの島に来てよかったという気持ちが痛いほど伝わってきていた。
会話をする二人は、空の色が少しずつ変化していくのじっと天仰ぎながら、会話を続けた。
「将来私がここに住みたいって言ったら、小竹さん勧めますか?」
「えぇ~……、う~んどうだろ……。
確かに住みたいっていう人もたくさんいるんだろうけど、私はお父さんのお仕事の都合でたまたま連れてこられたってだけだったけどさ、今思えば、何年に一度訪れるくらいがちょうどいいのかなって思うよ」
美雪は本心ではなかったが、素直に興味があったため、静に尋ねると、静は唸りながら難しい表情を浮かべ、真剣に答えようと考え、素直に美雪に答えた。
「基本的熱いから、虫とかも多いし、ゴキブリなんてこ~んなに大きいからね!」
静は楽し気に続けて答え、ジェスチャーも加えながら大きさを美雪に告げると、美雪は脳内で想像してしまったのか、苦虫を噛みつぶしたような苦渋な表情を浮かべて、何とも言えない様子で静の話を聞いた。
美雪の表情を見て、静はケタケタと笑った後、再び空を仰ぎ、昔を懐かしむような優しい表情を作り話し始めた。
「よくいろんな人が言うけどさぁ~、大きな海を見てるとさぁ、ホントに自分の悩みなんてちっぽけな物に見えてくるんだよね……」
「確かにそうですよね……」
開放的な環境がそうさせたのか、静は自分の話をし始め、美雪も葵の事もあり、静の話には興味があった。
「私さぁ……、ここに来る前は、嫌な事ばっかりで、上手く笑えなくなった時期があったんだぁ」
「え……?」
静の話を聞いていた美雪だったが、デリケートな話になり始めたのと、ここに来て静と知り合ってから彼女の事はいろいろと分かり始め、彼女はよく笑い明るい子のイメージが強かったため、彼女の話は意外だった。
「大丈夫、大丈夫! 心配しないで、昔の事だからさッ」
美雪の上げた声が不安の混じったような声色だったことに静は気づき、すぐに何ともないと、平気を装うように答えた。
「もう私の中では何ともないし……、むじろ色々あったから下手な事じゃ動じず、前と同じように笑えるようになったから」
続けて話す静の様子を見て、美雪はひとまず安心し、静の中でその暗い過去に決着がついていることが分かった。
そして、少し気の引ける思いもあったが、静の話したことについてもう少し聞きたくも思えた。
「あ、あの、トラウマを掘り起こすみたいで気が引けるんですけど……、何があったのか聞いてもいいですか?
話たくなければ、全然話さなくてもいいのでッ」
「……うん、いいよ。
中途半端な話し方紙ちゃったもんね」
恐る恐る、相手の気を悪くさせないように最大限に務め尋ねる美雪に、静は少しの間を空け、美雪の問いに優しい声で応じた。
「昔ね、私いじめられてたんだ……」
「あ……」
静は話す声のトーンは変えず、どこか昔の思い出を話すように、淡々と話し始め、静のいきなりの答えに、美雪は思わず静に聞こえない程の、すぐに海の波に消されてしまう程の小さな声が漏れた。
静の話に美雪は、少し思い当たる節があった。
それは、以前葵が美雪に話してくれた葵の過去の話だった。
「小学生の頃は、学校が毎日楽しくて、友達もたくさんいたんだけどね。
ほんの……、今思えばほんの些細なことで、亀裂が入っちゃって、中学生の頃は毎日いじめられていた」
静の話を美雪は黙って真剣に聞きながら、葵の話した昔の話も少し頭の片隅で思い出していた。
「最初はね、いじめられてるなんて思ってなくて……、いや、思いたくなくて……ずっといじられているんだと思ってヘラヘラと毎日笑っての……。
別にクラスの全員からいじめられてるっていうわけでもなかったし、周りにいじめられてるんだと思われたくなかったんだと思う。
昔から、どちらかといえばいじられるようなキャラだったしね……」
聞いている美雪にとっては、聞くだけで想像してしまい、重く辛く感じたが、それを話す静は本当に淡々と、違う自分ではない友人の話をしているかのように話していた。
「いじめはどんどんとエスカレートして、それでも辛そうなんて思われたくなくて、ずっと周りにはいじられてる、愛されているキャラを演じてた……。
今思えば、気持ち悪いよね?」
「そんなことッ……」
天を仰ぎながら話していた静は、ふと昔の自分を自重するかのように美雪に微笑みかけながら話、美雪はすぐさまそれを否定した。
「気持ち悪いよ……。嫌なことは嫌だと言えばよかったし、言い出せないのであればもっと周りを泣きついてでも頼ればよかった。
そうすれば本当に大切だった人との別れはなかったのかもしれないし、私の人生でどうでもいい人たちなんかのせいで感じた悲しい思いを、少しは減らせたかもしれない」
静はいじめられた過去よりも、自分が傷つく事を我慢したことを後悔している様子で、ここまでの話では美雪にはわからなかったが、何か、いじめられている事を告げるのをためらったせいで失ったモノを後悔している様子だった。
それが美雪にはなんなのかは検討もつかなかったが、静の話した『本当に大切だった人』という言葉が心に引っかかった。
「ある日ね、耐えられなくなった日が来たんだ……。
昔なじみのちょっと嫌味な奴だけど、腐れ縁の友達がいてさ。
その子とは、住んでる家が近くてさ、偶に登下校とかでもバッタリ会ったりして、会話とかもよくしたんだけどね。
そいつにさ、なんでかわからないけど「大丈夫?」って不意に聞かれたんだ」
静は今までとは少し雰囲気が変わり、淡々と話していた声色に少し明るさを感じ取れた。
そして、今まで葵の話を片隅に思い出しながら、静の話を聞いていたため、その昔なじみの子の名前を静香は言っていなかったが、なんとなく葵を美雪は想像していた。
「当然は私はその子にいじめられてるなんて言ってなかったし、私といじめていた子達以外の子は知らないはずだったから、当時私は驚いてさ。
珍しく心配そうに私にその子は尋ねて来てくれているのに、私はバレているかもしれないっていう事しか考えれなくて、その子の事が怖くて仕方なかったんだ。
私は冗談ぽくいつもどうりに笑ってその子に聞いたんだ。
そしたらさその子が「いつも能天気にバカっぽく笑うのに、今日はなんか笑顔が固く見えた」って……」
静はその時の事を思い出しているのか、暗い思い出なのにどこか楽し気で、まるでいい思い出を話すかのような様子話し続けた。
「知らないにしてもさ、無理して頑張って笑ってる女の子ににさ、そんなこと言ってさ……。
ホント、酷い奴だって思っちゃってさ、その時に何かが吹っ切れたように私、その子に八つ当たりしちゃったんだよね。
何にも知らないくせにッ!!ってさ……。
笑っちゃうよね? 酷いと思わない?? その子は心配してくれてるのにさ、酷いのはどっちだよって……」
確証は全然もてなかったが美雪の中で、葵との話にリンクする点と、葵はどうも思い出せていない様子だったが、静と葵は古い友人どという事もあり、葵の話にあった、女装するきっかけになったいつも笑顔の女性が、静のように思えて仕方がなかった。
「その子に八つ当たりしたら、ほんと今まで耐えてきたものが一気に溢れでてきて、泣きそうになっちゃってさ。
でも、その子の前でだけは泣きなくなくて、いじめられている事を知られたくはなくて、その場から走って逃げだして、家に着くころには涙で前が見えないほど泣いちゃった……。
辛くなって初めて泣いたから全然止まらなくてさ、流石に親にバレちゃって、その後は転校することになっちゃって、八つ当たりしちゃったことも謝れず、その子とは離れ離れになっちゃったんだ」
「そんな事が……」
経験した静よりも、それを聞いた美雪の方が辛くなり、なんて静に声を掛ければいいのかも、どんな反応をすればいいのかもわからず、中途半端な相槌を打つことしかできなかった。
「まぁ、ホントに今となっては気にしてない話だけどねッ
ごめんね、こんな思い話……」
「いえッ! 聞きたいといったのは私の方ですし!
私の方こそごめんなさい……」
「いいよッいいよッ
もうホントに気にしてない話だから。
唯一心残りがあるとすれば八つ当たりをしたあの子に謝れなかったって事くらいだし!
まぁ……、それももう叶いそうだけど…………」
お互いに遠慮するように、お互いを気遣うように答えた後、静は誰にも聞こえないくらいの小さな声でボソッと呟き。美雪にはそれは聞き取ることができなかった。
しかし、その一言を呟いた瞬間は、静はどこか幸せそうなクスッと可愛らしい笑みを浮かべていた。




