俺より可愛い奴なんていません。6-12
BLOOMでの仕事はつつがなく進み、途中ちょっとしたトラブルもありつつも、大きな失敗や問題を迎えることは無く、頼まれた時間内での仕事を美雪達は終えることが出来た。
時間は15時をもう回っており、お昼時のような賑わいはBLOOMには無く、落ち着いた空気が店内に流れていた。
「あぁ〜! みんなごめんねッ! 手伝わせ過ぎちゃったね!
ホント、ありがとッ!」
バックヤードでゆったりと仕事を美雪、亜紀がこなしていると、キッチンから出てきた黛がそれを伝えた。
葵は丁度、店内で注文を聞いているところだったため、その場に居なかったが、葵がバックヤードに戻れば黛はそれを伝えるつもりだった。
「あぁ、もう15時を回ってたんだ……」
「ホントだ……」
慣れない仕事と忙しさにてんやわんやだった亜紀と美雪は、時間を気にする余裕は無く、黛と当初約束した時間を過ぎている事に気づくことが無かった。
「時間過ぎちゃってごめんね〜。
葵も戻ってきたら、もう上がらせるから先に着替えてきちゃっていいよ〜!
後、担任の先生には内緒で、ちょこっとだけどお給料も後で渡すから」
「え、えぇッ!? い、いやッ……そんな大丈夫ですよ!
修学旅行で民泊に協力していただける代わりにって事でしたし……」
黛はニコニコと笑いながら気前よく2人にそう告げたが、亜紀も美雪も最初からそのつもりはなかった為、動揺した様子で、美雪は申し出を断った。
「いやいや、いいってッ! 確かに建前上は民泊に協力する代わりにお店手伝ってって事だったけど、それはアナタ達の学校との取り決めであってアナタ達個人には、関係無いの事でしょ?」
「で、でも、私達は桜木高校の生徒ですし……」
「まったく……、子供が遠慮なんてしないのッ!
いいから、受け取っときなさい。 それじゃ、解散ッ」
亜紀の答えも虚しく、黛の強引な言い方で締めくくられ、これ以上この事について話をしてくれそうに無かった。
黛はそう言いきってその場を離れようとすると、亜紀と美雪はすかさず言い逃さないように、声を掛けた。
「あ、ありがとうございます」
「いいってッ、いいってッ!」
お礼を告げ、頭を下げる二人に黛は少し照れ臭そうに、それでも清々しくニカッとした笑みを浮かべ、軽く片手を振りながら、二人から離れていった。
「なんというか、前から思ってたけど黛さんってすごいカッコいいよね……」
「ねッ、働く女って感じ……」
どちらかと言えば、男勝でクールな亜紀には感じるものがあったのか、黛の後姿をあこがれの目で見つめそう呟き、美雪もまた黛の魅力を感じ、亜紀の意見に頷き、同意した。
◇ ◇ ◇ ◇
「お~い、葵、終わったか~~」
お客から注文を受け、ついでに近くの空いたテーブルの片づけを行っていると、黛が呼びかけるようにして葵に話しかけた。
「まぁ、丁度っすね……」
黛の声に反応すると葵は手を止め、黛そう答えた。
そして、黛にそう答えた後、店内の一角に目をやりその場所を気にかけるような視線を送っていた。
「んん?」
黛もそれに気づくと、葵の視線の先を追うようにして、その場所を見た。
するとそこには、葵と同じように空いたテーブルを片付けている小竹 静の姿がそこにあった。
「ふ~ん、ウチの看板娘が気になっちゃうのかな??」
静を気にしていた事がわかると黛は、ニヤニヤとからかうような態度で葵に話しかけた。
年上には姉である立花 蘭の影響もあり、すっかり煽り耐性もできてしまっており、葵は特に動揺することなく淡々とした様子で答えた。
「別にそんなつもりはないですよ……、てゆうか、騙しましたね?」
「えぇ? なんのこと?」
「俺の女装、全従業員に言ってるんじゃないんですか?」
「え? そんな事アタシ言ったっけ??」
黛はとぼけた様子で答え、思い出そうとしても葵にそんなことを言った過去はなかった。
「言ってはなかったですけど、てっきり話してるものかと……」
葵は更衣室に入ってロッカーを開けたときにあった念入りの準備を見て、それなりにこのことは知れ渡っているのだと深読みをしていた。
「ふ~ん、あんまり言われたくないんだね……。
美雪ちゃんから聞いた話だと、自分から自信満々に女装するものなんだと思ってたけど……」
「そうっすね……。
こんな状況じゃなきゃ、歓迎なんすけどね……」
不思議そうに話す黛に、葵は微妙に聞き取れるような小声でボソッと呟くように答えた。
「まぁ、いいやッ
葵ももう上がっていいぞ! ちょっと過ぎちったけど、約束の時間だしな」
「うっす」
「美雪達にはもう言ったけど、今日の分のお給料も、ちょこっとだけど渡すから、着替えたら待ってなよ」
「了解っす」
給料と言われ、亜紀や美雪のように遠慮するわけでもなく、浮かれるわけでもなく葵は淡々と返事をしながら、更衣室の方へと向かっていった。
「あ! ちょい待ちッ!」
更衣室に戻ろうとする葵に、黛は呼び止めるよう声掛け、葵もそれに反応し、素直に立ち止まり黛へと視線を移した。
「そういえば、この後ウチのお店を手伝ってもらったお礼に、近くの浜を使うのに家でレンタルしてる遊び道具とか貸してもいいって話になってるんだけど、葵も使っていいからね。
他のグループの子達ももうじき帰ってくるそうだし、自由時間にしてくれると思うから、思う存分遊びなッ!
なんなら、静ももうそろそろ上がる時間だし、上がったらそっちに行くよう促したげよっか?」
「あぁ、そうっすか……。
まぁ、せっかくだから遊ぶのもいいんですけど、自分、病人でホテルで寝てることになってるんで、先帰ります」
「えぇッ!! せっかくの沖縄なのにッ!?
もったいない~。別にちょっと担任に注意されるくらいだろ?? そんなの我慢して楽しい事しちゃいなよッ!」
葵の冷めた答えに黛は驚愕したような声を上げ、自分の経験からなのか、学校の教員に怒られるのに遠慮しないで、全力で遊ぶことを勧めた。
「まだ後数日は滞在するんで、遊ぶ機会ならあるでしょう……。
それに、あの部屋での昼寝は何ものにも代えがたい、至福の時間ですし。
何時間でも寝ていたい」
「昼って……、もう15時半も回ってるし、ホテル着くころにはもう16時近いでしょうに…………」
葵の冗談とは思えないほど、楽しみにしている様子がひしひしと伝わったのか、黛は心底もったいないと感じつつも、葵の固い決意を崩すことができず、少し呆れたように呟いた。
「あぁ、そういえば明日も君らの担任にお願いしてお店手伝ってもらおうかと思うんだけど、明日も葵はこっち手伝える??」
今日、海に葵を行かせせるのを諦めた黛は、話題を変え明日以降の話題を振り始めた。
明日のBloomの手伝いは、教員の真鍋との話し合いで決まっていた。
半ば黛が強引に取り決めた約束だったが、当初真鍋の予定したスケジュールでも余裕はあったのと、本来であれば、生徒たちを2グループに分け、それぞれが民泊を予定してくれている民家を回る、オリエンテーションのような、社会見学のようなそんな意味合いもあったが、流石に何かトラブルが起きたときに真鍋がすぐに対応できない等の心配な要素があった。
1グループをBloomで働かせることにより、お店には基本黛がおり、周りはベテランな店員が多くいるため、生徒を自由に行動させるよりかは不安要素は少なかった。
「えぇ……、明日も手伝うことになってるんすか?
明日は流石に、もう一つのグループの奴らが手伝うと思いますし、俺は女装させられるんで来ないっすよ」
本当は女装が嫌なんではなく、今はバレていないが、静に女装しているということが、バレる事を一番葵は避けたかった。
「えぇ~ッ!!
美雪ちゃんはノリノリでやってくれるっていってたのになぁ~」
気分がよくなってベラベラとしゃべってしまったのか、黛は葵の事を今日あったばかりだという
割にはよく知っており、美雪は何の悪気はなかったとはいえ、葵にはたまったもんではなかった。
「それじゃ、俺は上がります。
お疲れさまでした」
「はいよ~、またよろしくな」
「またはないっすよ……」




