俺より可愛い奴なんていません。6-11
「で? アンタここで何してんの??
しかも、その恰好……」
葵と亜紀はしつこいナンパから解放され、バックヤードに着くなり葵は亜紀から声をかけられた。
葵も亜紀も、それぞれが注文を取ってきたお客さんの料理が出るのを少しの間、そこで待っており、タイミングが重なったため、話をする間ができていた。
「いや、何してんだ?ってお前が、黛さんに俺が女装できること伝えたからこうなってんだろ?」
葵は、まだ会って間もない黛に女装することがバレていて、女装してフロアを手伝わなければいけないこの状況を作ったのは、亜紀か前野だと思っていたため、半ば決めつけるようにそう言った。
「はぁ? なんで、アタシがそんな事しなきゃいけないの??
メリット無いし……、アンタが自分で好きでやってんじゃないの?」
「んなわけねぇだろ……。
すると、お前が言ってないのだとすると前野か……。アイツ、余計な事を……」
亜紀の不満げな答えを聞き、バレた先が亜紀でないと分かると、葵は今度は現況が前野いうことも分かった。
「それにしても、何度見ても気持ち悪いわね……」
「はぁ? なに言ってんだ? お前よりも全然美しいだろ」
「なにそれ冗談? 面白くないわよ」
料理を待つ少しの時間だったが、亜紀と葵が険悪な雰囲気になるのには十分すぎた。
「第一、急に女装やるってなったんでしょ? 即興でその女装って相当キモイんですけど」
「元がいいからな、簡単な化粧で見れるようにはなる。
てゆうか、それなりに物は揃えられてたからな、誰かさんのおかげで……」
「はぁ? だからあたしじゃないってッ」
「別に清水だとは一言も言ってないだろ」
売り言葉に買い言葉で、二人の言い合いは止まらず、誰かが止めない限りは一生続いてしまいそうな雰囲気すら漂わせていた。
そんな時だった、葵と亜紀がお互いに嫌味を言い合っていると、ちょうど同じタイミングで料理を運びに来たのか、別の女性店員がバックヤードに訪れた。
「あ、アキッ」
不意にいがみ合う2人の後ろから、声を掛けるようにして女性の声が掛けられた。
葵も亜紀もその声には聞き覚えがあり、この状況で亜紀の事を呼び捨てにするような人は1人しかおらず、2人の脳裏には同じ人物を思い浮かべていた。
2人が振り返るように声の方へと視線を向けると、そこにはニコニコと笑みを浮かべる美雪の姿があった。
「美雪……、美雪も今オーダー待ち?」
「うん。3番テーブル空いて、清掃終わったから今のところは待ちだね!」
亜紀と美雪は、当然だが慣れたように会話を繰り広げており、それを不思議そうに珍しいものを見るようにして、葵は2人を見つめていた。
美雪は普段、親しい紗枝や綾にも主に敬語を使っていたため、美雪の砕けた話し方は新鮮だった。
「え、えぇ〜と……亜紀、その子は……?」
葵を少しの間放ったらかしにし、話していた2人だったが、美雪は我慢が出来なくなったのか、亜紀に尋ねるように葵の事を聞いた。
美雪は不思議そうに、少し不安げな表情も伺い取れるような疑るような表情で、葵の顔を控えめにジロジロと見つめていた。
(コイツ……、分かってないのか??)
葵は女装しているとは言え、何度も女装している姿は美雪に見せているし、あまり顔を見合わせてない仲ならまだしも、妙な縁もあり、数え切れないほど顔も合わせているため、流石に分かるかと思っていた。
葵はマジかと言わんばかりの表情で、隣にいた亜紀と顔を見合せ、亜紀も少し動揺したような表情を浮かべていた。
「え? 美雪、嘘だよね??
これ、立花だよ?」
「えぇッ!?」
亜紀が恐る恐る答えると、美雪は声を上げ驚いた。
少し想像付いていたが、思っていた通りの答え方に葵は、呆れたため息を付き、亜紀にコレ呼ばわりされた事に少しムッとしたが、それを指摘できない程にガッカリした気分になっていた。
「いつもの女装とは少し毛色が違うとは言え、分からないって……」
葵は分からなかった美雪にも驚きだが、それと共に少し寂しいと思うようなそんな気分も感じていた。
「あ、アハハハ…………。
い、イメチェンですねッ」
「女装のイメチェンって……」
美雪は誤魔化すように笑っていたが、その声は乾いており、最後にはちょっと意味の分からない事も呟いていた。
葵は突っ込まなかったが、妙な感じの会話になっている事を指摘するのを我慢できなかったのか、亜紀が小さく呟いていた。
「で、でも、どうして立花さんが女装してフロアに??」
今流れている空気に耐えられなかった美雪は、話題を変えるように葵に尋ねた。
「え? あぁ、それはここの店主の黛さんにフロア手伝えって言われて……。
本当は中やる予定だったのに、更衣室行ってロッカー開けたらこの服しか入ってなかった。完全に嵌められた」
「な、なるほど…………」
葵は面倒くさそうにしながらも、事の顛末を美雪に教え、葵の不幸に美雪はテキトーな相槌を打つことしかできなかった。
「嵌められたって……。
ロッカーに入ってたその服着なきゃ良かったじゃん。
いつも通り自分がしたかったから乗り気で着たんじゃないの??」
「いつもならな……、今回は別にそんな乗り気じゃねぇよ……。
それに使えって言われたロッカーに、わざわざご丁寧に変身グッズを1式入れてあったんだ。
もう俺が女装する事は、黛さんにバレてるって事だろ。
そこで女装しませんなんて言ったって通じる訳も……はぁ〜…………」
亜紀の質問に葵は一通り答えた後、疲れた声を出すように深いため息を付いた。
「なんて言うか……、自業自得じゃない?
学祭であんだけ目立てば」
「はぁ〜……、誰がバラしたのやら……。
まぁおそらく十中八九、前野だろうけど……」
亜紀と葵が会話を続けていると、先程から黙って2人の会話を聞くだけだった美雪が、会話を割るように声を上げた。
「あ、あの〜……立花さん……」
不意に挙げられた美雪の声に亜紀も葵も美雪に視線を向け、美雪は2人から同時に一斉に視線を向けられた。
美雪のあげた声は、どこか心細そうな小さな弱々しい声だったが、美雪のそんな話し方は良くある事だったため、亜紀も葵も特に気にする事は無かった。
「ホントに申し上げにくいんですけど……、黛さんに立花さんが女装するって話したの私です…………」
「は……?」
美雪の突然なカミングアウトに、葵は素の声で声を漏らした。
「ごめんなさい!
黛さんと2人で話している時に、たまたま桜祭の話になって、ちょっと桜祭と言ったらやっぱり立花さんの話は外せず、ついペラペラと…………」
美雪の話に、葵は呆然とした様子で反応出来ず、返す言葉が無かった。
反応する事はすぐには出来なかったが、美雪の話す事を理解し、その状況は容易に想像出来、意気揚々と楽しげに、まるで自分の事を自慢するように調子よく葵の事を話してしまっている美雪の姿はすぐに思い浮かんだ。
実際見たわけでも、聞いたわけでもなかったが、自分の思い浮かべたその想像は今度こそ十中八九当たっているだろうと感じ、実際美雪は黛に楽しげに、葵の女装のことを話していた。
「そ、そうか……、い、いや…………。
別にわざとじゃなきゃいいんだ……」
前野を問い質す気満々だった葵は、申し訳なさそうに謝る美雪にすっかり毒気を抜かれ、美雪に対してはこれ以上何かを言ったりすることは無かった。
「にしても、今日聞いて今日用意したって事でしょ?
どんだけ立花の女装見たかったのよ。
しかも、今日、立花がここに来たのはホントに偶然で、今日来るって確証もなかったのに……」
「ごめん、私が調子に乗って褒めすぎた性かも……。
黛さん、聞き終わった後、凄い熱意だったし」
「あ……、そ、そう…………なるほどね」
簡単な美雪の説明だったが、その説明だけで何となく状況が思い浮かび、何故葵がここまで今日は女装を嫌がっているのか想像付かなかったが、それでも流石の亜紀も葵が不憫に見えた。




