俺より可愛い奴なんていません。6-6
◇ ◇ ◇ ◇
BLOOM。
黛の店の看板にはそう書かれており、店の名前がそれであることを知らしめていた。
外観は南国のビーチに溶け込んだそれで、全体的にログハウスチックな建物になっていた。
主に飲食店として経営しているが、海へ出るダイバーのためウェットスーツの貸し出しや、浜で遊ぶための遊具、ビーチバレーをするためのコートも時間制で貸し出しで行っていた。
そしてそんな店で、葵は黛の手伝いをすることになってから、小竹 静の案内により更衣室まで来ていた。
更衣室まで到着すると、静は葵に一言「着替えたら、ここで待ってて」と伝えると、自分も女子更衣室と思われる部屋の方へ消えていった。
男子更衣室と女子更衣室は隣同士になっていたため、この場所をよく知らない葵にとっては、待ち合わせするのにかなりわかりやすかった。
葵は笑顔で葵に呼び掛け、更衣室へと消えていった静の背中を呆然と眺めながら見送った後、そのまま少しぼぉっとした表情のまま、更衣室へと入っていった。
黛から仕事を貰い、部屋に来るまで葵はずっとどこか上の空だった。
葵は黛が不意に発した言葉から、ずっと静の事ばかりを考えていは、ここまで来る間の彼女を呆然と眺めていた。
(小竹 静か……。
ここに来る間に、漢字を聞いてみたりしたけど一緒だったな……)
葵は更衣室まで来る間に交わした彼女との会話を、思い出しては考え込んでいた。
(あっちは俺の事を知ってるみたいだし、ホントにあの静なのか……?
てゆうか、あの静だったとしたら、いろいろ聞きたい事がありすぎるだろ……。
苗字も変わってるし……、それでも両親はいるみたいだし……、大体あの時だってなんで急に…………)
葵は頭の中でいろいろ考えたが、彼女に対しての疑問しか浮かばず、気になったとしても、すべての質問が踏み込んだ内容であり、とても聞ける状況でもなかった。
そして、葵の心当たりのある静とこの店にいる静が同じ人物だったとして、一番聞きたかったことを思い浮かべた瞬間に、葵は我に返ったように急に思考がクリアになり、それと同時に葵の記憶の中にある嫌な思い出も思い出した。
「急になんかじゃないよな…………」
葵はあのころ感じた罪悪感のような、どうしようもないどんよりとした物を感じ、今と昔の自分をあざ笑うかのような自虐的な笑みもこぼれた。
そうして葵は大きなため息を吐き、これ以上思考するのをやめ、用意されているロッカーへと手を掛けた。
◇ ◇ ◇ ◇
葵には昔に大きな後悔を感じた出来事があった。
葵をよく知る友人や知人、家族なんかは知っていることでここ最近には橋本 美雪にも告白していた事だった。
それは、葵が女性を必要以上に拒絶するようになった原因であり、女装をするようになった原因でもあった。
葵が女性嫌いになる前、葵には一人の異性の友人がいた。
安藤 静。
葵の幼馴染で近所に住んでおり、同い年の子供を持つという事から、立花家と安藤家は自然と交流ができ、そのことから葵も静も小さいころからの付き合いだった
喧嘩もすることもあったが仲は良く、それは小学生高学年近くまで続いた。
高学年からは年頃という事もあり、どんどんと疎遠になっていき、ほぼほぼお互いに学校内で話すことが無くなっていったが、近所で会えばそれなりに会話を交わすほどには交流があり、それは中学まではそんな距離感のまま、腐れ縁といった仲になっていた。
静の性格は葵とは、対照的な性格だった。
比較的におとなしい葵に対して、静は名前の割には明るく活発で、笑顔をよく浮かべるそんな女性だった。
家が近所で、お互いの両親も仕事柄、土地を離れるといったそのような仕事でもなかったため、就職するまでは、あるいは進学するまでは、そんな風な関係が続くのであろうと葵も静も考えていた。
しかしそんな日々も長くは続かなかった。
静は何も言わずに不意に葵の前から姿を消した。
葵の気づいたときには、静は、安藤家はその土地を離れており、葵が静の転校を聞かされたのは、本人の口からではなく、自分の通う学校の担任の口からだった。
当時の葵は当然困惑し、もうその時には昔ほどに交流は無かったが、すごく寂しい出来事だった。
悲しさや寂しさを感じながらも、葵は同時に静に対して怒りも感じていた。
最後の方はお世辞にも仲が良いとは言えなったが、会えば話すし、引っ越しをするならするで教えてほしいと思っていた。
しかし、葵の思いも時間が経つにつれ、どんどんと薄まっていった。
そして、そんな葵が静のいじめに気づかされたのは、一年が過ぎ半年経った頃だった。
◇ ◇ ◇ ◇
「はぁ……」
更衣室に入るなり、ため息をついたのは静だった。
静は葵と別れ、女子更衣室に入るなりいつもニコニコと笑顔を浮かべていた表情を曇らせ、大きく肩を落としていた。
「なんであんなにアピールしてるのに気づかないかな~……」
静はボソボソと文句を言うようにして、そう呟いた。
静の不満の対象はもちろん葵だった。
静はBLOOMに着くまではもちろん、お店についてからも葵が気づくようにちょくちょくヒントのような形で話していたつもりだったが、葵の様子はまるで気づいていないような、そんなパッとしない反応ばかりだった。
「てゆうか、最初に会った段階で気づかないってなんだよ~、葵のやつ~……。
あたしは一目見てすぐに気づいたっていうのに」
静はブツブツと文句を言いながらも、着替えをはじめ、着々と準備を進めていった。
「相変わらず鈍いと言うか、周りに興味無いというか……」
静は慣れた様子で、BLOOMの制服へ袖を通していった。
初めての人であれば、もう半分コスプレ衣装のような制服に躊躇しがちであろう派手な見た目のそれだったが、静は至極当然といった様子で戸惑う事はなかった。
珍しい制服の為、本来なら着るのにもそれなりの時間を要するそれをどんどんと手際よく、そして、葵への愚痴は止まることは無かった。
静は人と通り準備を整えると、次は鏡の前に行き、身なりを整え始めた。
「はぁ〜……、どうやったらあの鈍い男に気づいてもらえるのやら……。
もう、いっそ私からバラした方が…………、いやいやッ!
私は気づいたのにそれはあまりにも悔し過ぎる!!」
静はそう言いながらも準備を進め、そして、全ての準備を終える頃には、葵への愚痴も散々言い尽くしていた。
静は準備を終えると、鏡の前に据え付けてあるテーブルに両手を付き、急に項垂れるように頭を前に倒した。
「はぁ〜……、本当はこんな事してる場合じゃないんだけどなぁ〜。
葵も時間も無いだろうし、早くあの頃みたいに普通に、私が居なかった頃の葵の話とか、昔の思い出とかの話をしたいのに……」
静はどんどんと声色を落としていき、最後には自分にしか聞こえないくらいの声で、悲しそうに小さく呟いた。
そして少しの間、あれ程続いていた独り言がピタリ止まり、部屋には静寂が流れた。
静かな空間で静は項垂れたままだったが、直ぐに考えが纏まったのか、顔を上げ、決意に満ちた表情を浮かべた。
「よしッ!
こうなったら気付くまでとことんやるかッ!!
それで、アイツが気づいた時に帰る時間が迫ってて、大して話せる時間が無くて、悲しがるのを見て喜ぼうッ!!
いい女は自分から寄ってやらないもんね〜ッ!」
静は楽しそうにニカッと笑みを浮かべ、誰よりもこの状況を楽しむように、そしてこれから起きる事に期待に胸を膨らませるように、更衣室から出ていった。




