俺より可愛い奴なんていません。6-1
◇ ◇ ◇ ◇
桜祭ミスコン、北川達とのカラオケから数か月。
じめっぽい六月を終え、本格的な暑さを感じながら、葵達は夏休みへと突入していた。
学校が長期休暇になり、誰しもが夏休みを堪能する中、葵は学業の一環として、修学旅行先の沖縄へと先行して来ていた。
葵自身も目まぐるしいイベント等で頭から抜けかけており、ミスコン等が終わりホッと一息つけると思っていたが、それまで集まりだけあり、ろくな事を話し合わなかった修学旅行実行委員としての仕事が本格的に始まり、ミスコンを終えてからも葵の忙しさは変わらなかった。
妹である椿も帰ってきたことで、家に居ても中々休まることが無く、葵の疲労と憂鬱な日々は続いていた。
(なんで暑くなってきてるこの時に、余計に暑いところに行かなきゃならないんだ……。
クーラーの効いた家でゆっくりする夏休みの予定が……、はぁ~…………)
沖縄の空港に着くなり、他の修学旅行実行委員たちはテンションが上がっていたが、そんな中、楽し気な旅行客のに似つかわしくない負のオーラを纏いながら、葵は実際にも、心の中でもため息ばかりついていた。
(てゆうか、それよりもなによりも…………)
葵は気だるい様子のまま、ワイワイとはしゃぐ同い年の桜木高等学校の生徒達の方へと視線を向けた。
するとそこには今回、修学旅行実行委員として、その中で選ばれ、先行して修学旅行先に来ている、前野 晴太 長谷川 龍の2人の男子の姿があり、
その近くでは、橋本 美雪と清水 亜紀と松野 晴海の姿があった。
そしてその中心に、高校生徒には見えず、その団体の中ではひときわ目を引く一人の青年男性の姿があった。
「よしッ!! それじゃあ点呼取るぞ~ッ!」
ガヤガヤと音がせわしなく流れる空港のホームで、その男は元気よく、周りの自分の教え子たちに聞こえる声の大きさでそう呼びかけた。
元気よく点呼を取り始めたのは、新し新任で来たばかりの真鍋だった。
真鍋は高身長であり、辺りを見渡した際にもその姿はよくわかり、ワイワイと楽し気に話す桜木高校の生徒の集団からは、少し離れていた葵にも、彼を見つける事で集団を見失う事は無かった。
(真鍋かぁ~……、他の先生の夏は自分たちの持っている部活とかで忙しいからな……。
そこで新任の真鍋に白羽の矢が立ったんだろうな……。まぁ、変に厳しい教師とかが付き添いになるよりかは、100倍マシなんだけど……)
葵は真鍋を見つめながら、そんなことを考えては、少し気まずさを感じていた。
葵にはこのモヤついた気持ちが何処から、何故来るのかわからなかったが、妙に真鍋が気になっていた。
そして真鍋の取り始めた点呼は進み、ついに葵の名前呼ばれた。
「立花~……。
立花~、居るか~?」
真鍋は一度呼びかけた名前に返事が無いことがわかると、続けて葵の名前を呼んだ。
少し離れたところで、休憩するようにソファに座っていた葵は、若干重く感じている体をゆっくりと起き上がらせ、桜木高校の集団に歩いて近づいていった。
点呼を取りながら、葵の姿を確認するため辺りを見渡していた真鍋は、気だるい感じでのそのそとこちらに近づいてくる葵を見つけると、安心したように一息ため息を付き、葵に声をかけた。
「なんだよ立花。
いるならちゃんと返事しろ~。 お前小さいんだから、見失うと大変なんだぞ~」
真鍋は少しあきれた様子で言った後、何か思いついたようにニヤニヤと笑みを浮かべ、付け加えるように葵にそう告げた。
真鍋の言葉に葵はもちろんイラッと感じたが、特に言い返すまでもなく、「すみません」と答えつつ、集団へ加わった。
何かを言い返されることを期待していたのか、予測していたのか、真鍋は葵に言い返されることを身構えていたが、葵はいつになく素直に応じて、謝罪までしていたため少し拍子抜けといった表情を浮かべていた。
葵はもちろんそんな真鍋の表情が視界に入ったが、今はそれに反応している余裕はなかった。
「ん? どうした葵?
具合でも悪いのか??」
真鍋は心配そうに葵にそう尋ねた。
いつもの葵と比べて様子がおかしいことに真鍋は気づかないわけは無く、普通ならば誰でもテンションが上がってもおかしくないこの状況の為、尚更、葵のテンションが低いのがかなり妙だった。
「いや、別に……。
何もないです」
心配された葵は一貫して暗く、何処か疲れている様子だった。
葵がテンション低く答えると、長谷川と前野はくすくすと二人で笑い始め、二人は自然と真鍋たちの視線を集め、そんな状況に葵は嫌な予感しかしなかった。
これから自分に待ち受ける苦行を、想像しながら葵は「はぁ~」と大きくため息を付いた。
「どうした? 前野、長谷川……」
葵の嫌な予感は的中し、くすくすと笑う二人に少し戸惑いながら、真鍋は問いかけた。
「い、いや……、ちょっと立花の疲れようが可笑しくって……」
真鍋の質問に前野は終始笑いながら答え、前野の言葉に理由を知らない女性陣、真鍋はもちろん頭に?マークを浮かべ、より詳しい話を聞くため、前野達の言葉を待った。
「じ、実は、立花ってこの感じで飛行機めちゃくちゃ苦手なんだよッ……。
プッ……フフフ……」
「えぇッ!? 嘘……」
長谷川は飛行機内の事を思い出したのか、最後には吹き出し、思い出し笑いをし、まさかの葵の弱点の暴露に女性陣と真鍋は驚き、晴海は驚きのあまり声を漏らした
「ホントホントッ、離陸と着陸の時とかがっちりと前の座席の手摺捕まっちゃってさぁ~」
「ダッサ……」
長谷川の笑いに続くようにして、前野も面白いものを見たと言わんばかりに笑いながら、当時の事を話した。
前野と長谷川の笑いに釣られるように、他の物達も不機嫌そうな葵を見ながら、前野達の言っていた事を想像して笑い始めた。
中でも、亜紀は葵の事を小バカにするように不敵に笑いながら、葵にギリギリ聞こえる程度の音量で葵にそう告げた。
人を馬鹿にしたり見下すのは大好きな葵だったが、それを自分にやられるのは心底屈辱で、嫌なことだった。
そして今にも反論したいところだったが、葵は乗り物酔いもしていたため、正直気分がよくなく、それどころじゃなかった。
「えぇ~、ダサくないよ~ッ
いいじゃんッ、いいじゃん! ギャップだよ~、あっちゃん!!」
わいわいとはしゃぐ中、亜紀の言葉に納得いかなかったのか、晴海は亜紀のダサい発言を批判し、彼女らしい価値観で、葵の弱点のギャップがいいと主張していた。
「ギャップゥ~ッ?? いや、男子で飛行機怖いののどこがッ??」
「普段、弱みとかあんまり見せなさそうじゃない? 立花君って……。
だから、それのギャップみたいな?? 良いじゃんッ、かなり可愛いよぉ~ッ」
晴海の意見にありえないといった様子で亜紀が聞き返すと、晴海はニコニコと可愛らしい、何人異性を落としてきたかわからないその笑顔で、楽し気に笑いながら答えた。
彼女の答えはとても素直で、何か裏があるようには思えず、心から飛行機が苦手な葵を可愛いと思っているようだった。
そして、何故か晴海の答えを聞き、終始笑っていた長谷川と前野が真面目な表情になっていき、晴海が最後まで言い終えるまでには、難しい表情を浮かべ、何かを考え込んでいた。
「相変わらずわけのわからない感性だね、晴海は……。
美雪は? どう思う? 普通、彼氏とかがこうだったら嫌だよね??」
「わけわかんなくないよぉ~」と嘆くように抗議する晴海を無視し、今度は同じく同性の美雪に感想を求めた。
亜紀が美雪にわざとか、意見を求めると葵は自然と体が少しこわばり、他の者の意見よりも集中して聞こうとした。
「えぇ? う~ん。 どうかな? 私にも怖い物とか苦手な物はあるし……。
亜紀もホラー大嫌いじゃん??」
「ちょッ、美雪ッ!」
美雪はニヤニヤと微笑みながら亜紀にそう告げると、亜紀は恥ずかしそうに、取り乱したように反応した。
葵はそんな光景を見ながら、「やっぱり、二宮達とも仲が良くなったとはいえ、長年付き合ってる清水とかとやりとりするこういった雰囲気は、まだでないよな」などとぼんやりと考えながら、今度亜紀に飛行機の件で弱みをゆすられた際に、対抗できるようにと、亜紀の弱点を頭の中にインプットしていた。
「それに、晴海の言う通り、ちょっと可愛いよね!
普段の立花さんを知ってると余計に……、フフフッ……」
乗り物酔いで少し気持ちの悪い気分の中、その会話を終始聞いていたが、美雪の最後の言葉で急にこっぱずかしくなり、こちらを見ながら微笑み応える美雪の顔が見れず、葵は美雪から勢いよく視線を逸らした。
急に心臓の鼓動は大きなり、飛行中、体に余計な力を使い、更には乗り物酔いで体調も良くなかったため、息は荒くなり、葵は自分自身でも体の急激な変化に驚いていた。
(なッ……、ダメだ。飛行機のせいで体が完全におかしい。
宿についたら少し横にならないと……。クソッ……、本調子じゃないから変なことばかり考えが……。
最悪だ…………)
葵は自分の体の違和感を全て飛行機のせいにし、もうホテルで横になることしか考えていなかった。
(可愛いじゃねぇよ…………)




