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コンクリートから神へ

内線で繋いでもらう。間髪入れずに

 「そのようなお名前で面会は・・・・・」と職員が口にする。

 

 ほら、みろ・・・・と思ったが次に出てきたセリフは


 「ありますね、ちょうどこの時間からです。今案内の人間が来ますのでお待ちください」

 と笑顔でだった。


 常識で考えれば、アポイントメントをいくら取ってあろうが、自治体の長と面会するのに青いワンピースにサンダルで来る人間がいるだろうか?まるで回覧板でも回しに来た近所の子供のようじゃないか。

 

 何かした。その何かが神様の力なんだろうけど。


 「こちらへどうぞ」

 こんなことを言っては失礼だけれど、やってきたのはこんな山村に似合わないフレアスカートのスーツを着こなすまるで女子アナのような女性。 

 ふんわりとした雰囲気で優しそうなちょっと垂れ目気味の童顔とかなり自己主張の強い胸がこれまた不釣り合い。声は凛として透き通りとても耳に心地よい。

 

 胸に下げている職員証が文字が大きく接近せずとも読み取れる。僕は視力が良いのだ。


 「総務課 秘書係 越智美琴」

 珍しいと思った。F県のこの地域ではまず聞かない苗字だ。場違いな雰囲気、浮いた名前。僕が違和感を感じていると明らかに僕を見てくすりと笑った。


 どきり、とするがそれを気にも留めず僕と・・・・・ほづみを案内する。

 

 しばらく廊下を歩き「村長、面会の大山様です」

 越智さんが廊下を歩いて村長室へ声をかける。ドアは常に開け放たれており特別なことが無い限り、村長の仕事は基本丸見えである。

 

 「ああ、大山さん・・・・大山さん・・・・どちらの大山さんでしたか?」

 ギュと音が鳴る椅子から立ち上がり、村長は机の前に出ながら中へと招き入れる。怪しい人間への警戒心がゼロに近いのだろうか?こんなにホイホイと通していいのかと疑問を抱く。


 「大久保の大山だよ」

 ほづみが村長がどうぞと両手で丁寧に差し出す名刺を片手でピっと受け取って勝手にソファへ身を沈める。

 一瞬きょとんとするが村長はガハハと笑って正面反対のソファへ座る。


 「なるほど大久保の大山さんですか。大久保に大山なんて家ありましたっけ?よければ名刺いただけますか?」

 村長は人懐っこそうに笑う。こんな子供の悪ふざけみたいなことにも付き合ってくれるとは器がデカそうだ。


 「名刺はないんだが、これで替わりになるかな」

 右手を握り、手の甲を下に向けるとすぐに握りこぶしの中から淡く青白い光が漏れ出してくる。くるりと甲を上に向きを変えて指をぱっとひらくとひらひらと折りたたまれた和紙がテーブルの上に落ちてきた。


 それを人差し指と中指の2本でつつーっと村長の前へ滑らせるとほづみはどうぞ、と無言で手のひらでそれを広げてみるように促した。


 村長は驚く様子を見せずに和紙を広げる。折りたたまれていたはずなのに広げると折り目はまったく残っておらず皺ひとつない紙面へ「オオヤマツミ」と漢字で書かれ朱印が押されている。


 「直々に書いたのは1000年ぶりくらいだよ。それと手土産に・・・・」

 ワンピースの背中へ手をごそごそと突っ込む。背中を掻くようなしぐさをするとどこに仕舞っていたのか灰色の長頸壺を取り出した。社会の資料集に載っているような灰色の何の装飾もない須恵器。口に紙被せ紐で縛り付けた簡易的な蓋がしてある。

 

 「美琴、お茶はいいから盃だけ出せ」

 「はい」

 

 あれ?


 「今秘書の人を呼び捨てにしたよね?」

 僕が咄嗟に聞く。

 「だから?」

 ほづみは紐の端を口で咥えて引きほどくと、紙をガサガサと外す。

 

 そこへ役場にはこれまた場違いな盃を持って越智さんはそれぞれの前へ置いて配るとほづみの横へ当たり前のように自然に膝をつき、ほづみが差し出す壺をうやうやしく受け取る。


 「越智さんは大山さんと面識あるの?」

 村長は初めてここで驚きの表情を見せた。

 

 越智さんはほづみが持つ盃へ壺から何かを注ぐ。


 「これは私の作った酒だよ。人間に飲ませることは滅多にないんだが村長には美琴が世話になっているからその礼だ」


 「公務中にお酒を飲むわけにはいきません」

 村長は越智さんが注ごうとする盃を手で塞ぎ脇に抱えるように隠して拒否をした。当然の態度だ。


 「いえ、村長それはなりません。大山様の申し出をお断りすることはけしてなさらぬよう・・・・」

 越智さんが想像もできないような恐ろしい目つきで村長を見る。


 「まあまあやめておけ美琴」

 

 弥生村村長、薄上忠61歳。建設会社の社長をやりながら村の雪深い気候を活かした『雪下キャベツ』の販売で財を為しこの村出身で村外へ出なかった人間としては一番成功した男。

 前村長が高齢で引退した時に立候補、数十年ぶりの選挙を勝ったらしい。

 とにかく真面目で、子供の頃から面倒見がよくイジメられっ子がいれば守ってやり、成人してからは困っている者がいれば助けてやり、時には金の無心に来た人間に希望の倍の金額を渡してやった・・・・・と現実にこんな大人がいたのかと思うほど立派な経歴の持ち主だ。


 「村長、お前は月次祭は欠かさずに来てくれるな」

 「なぜ、それを・・・・」

 「なぁに、自分のところへ毎月3回必ず参拝に来る人間なら覚えもしようよ。しかも一度も欠かさず代参を立てることもなく42年。」

 「大山さん、あんた何者だ?俺が神社へ通ってるのはあそこの宮司しか知らないはずなのに・・・・」

 「まずは飲もう。喉が渇くのは嫌いなんだ。美琴も座ろう。床に膝をついていたら痛くなるぞ」

 

 全員がぐいっと飲む。自分も飲む。越智さんは一礼をして永遠の命を得られる魔法の水でも飲むかのような有難がりさで静に、しかし一息で飲む。村長も飲んでいる周りを見てままよと口へと流し込む。


 「おお・・・・これは・・・・かなりアルコール度数は高いがうっとりするほど甘い。酒でありながらこれだけで食欲も満たしてしまえそうな不思議な充足感がある」


 「そうだろう」

 ニコニコと壺を持ち村長へ酌をしようとするほづみを見て、越智さんがあわててお酌を代わろうとするが座っていろと戻される。


 なぜこんなにも越智さんはほづみに尽くすのか?正体を知っているのは間違いない。では彼女の正体は?ただの村役場職員ではないはずだ。



 「そろそろ説明をしようか、美琴頼んだ」

 「はい。村長、今あなたの前にあらせられますお方は、畏れ多くも人の姿で顕現おあそびなされました大山祇命にございます。村長が篤く信仰している山の神であり日本総鎮守の神であらせられます」

 「ほ、本当かね・・・・」

 わなわなと手が震える。いくら強い信仰心の持ち主であっても目の前にポンと『神様です』と女の子を出されて信じますかという話だ。御朱印も酒も

 「手品だ!」

 と言われてしまえばそれまでだ。なんせ本当に手品じゃなく種も仕掛けもないわけだから。

 

 「本当なのですか?ついに願いが通じたのか!・・・・・」

 なんと村長はソファを力づくで後ろへ蹴り飛ばすとそこにでき上がったスペースへ頭を叩き付けん勢いで平伏した。


 「や、弥生村村長、薄上忠にございます!オオヤマツミ様にお、おけましてはご、ご機嫌うるわしゅう!」

 「やめろ、やめろやめろ!私はそういうのが大嫌いだ」

 うんざりした顔でほづみは手酌で酒を注ぎ一気に飲む。

 「越智さんはほづみとはどういう間柄なの?」

 僕が越智さんへ尋ねる。

 「わたくしは神職と別に大山祇命に使えるために愛媛からこの地に遣わされた者。弥生村総務課秘書係越智美琴は世を忍ぶ仮の姿、大山祇命を大三島に勧請なされた小千命様に作られし人形ひとがたです」


 「あなたも人間じゃないのか・・・・・」

 「人ではありませんが神に使える身としては人よりもむしろ下なのです。神と人のためにこの身を尽くせと小千命様より強く命じられております」

 

 慣れたわけではないが驚かないまま僕はほづみの横で気まずく座っていた。僕の時は命を取ろうとまでしたくせに。

 「日ごろの行いだな、正親」

 ふっと笑ながらほづみは村長へ盃を持たせ自ら注いだ。


 そういえば。


 天孫ニニギに寿命を与えてしまった時だって説明不足のまんま問答無用だ。地味なようで山はそこにある。そこにあるけど噴火をしたり土砂崩れをしたり。踏み込めば遭難することもある。

 でも木の実や山菜やきのこ、獣に木材、そして水をあるがままもたらしてくれる。

 理不尽だと思うのは人間の勝手であってほづみがどう振る舞おうが関係ない。

 ただ村長さんは利用される。だが利用されるにも長年の参拝の縁がきっかけで僕らのちょっとした金儲けの糸口になり、村長さんは国か県かとにかくきっといい顔ができるようになる。


 この態度はワガママでもなんでもなく『山』そのものなのだなと僕は想像し、しばらくはそう認識することにした。とりあえず何かぼんやりとでも把握しておけばもやもやも晴れるかもしれない。


 「村長、大多岐地区の工事の話だ」

 「あすこは村の議員が視察したりはしていますが国の直轄事業、こんなちっぽけな村の長が知っていることはあまりありませんが・・・・」

 「いやいや、それでいい。あそこへ出入りしている地元の会社はどれだけある?」

 「たぶん工事用の道路くらいですよ。1社か2社だったと思います」

 越智さんがどこから出してきたのか馬刺しをテーブルへ並べる。そしてソファを元に戻し村長へ座るように促す。最初は強く断っていたがしぶしぶ座る。同じ高さの目線が緊張するのだろう。


 「排水があそこの肝だ。地下水が低下すれば土砂の動く量も減るだろう。あの地滑りを鎮めてやろうと思ってな」

 「本当ですか?ですがどうやって」

 馬刺しを一切れ、そして酒を一口、ほづみは今までで一番おいしそうな表情で胃へ流し込む。そういえばこの村に来てから肉は初めてになるのか。

 

 「あそこに潜んでいる蛇を退治してやる。・・・・が、ここは出入りしている会社を直接訪れたほうが早そうだな・・・・」


 「ああ、そういえば排水トンエルは隣り町の水島町の建設会社ですよ。あそこは顔見知りです。でも斡旋みたいなのはできませんよ?」

 警戒する村長。


 「そうか!それなら私がそこの会社のこれからかかる経費全部浮かせてやろう!私が行くことを伝えておいてくれ。

いいか村長、別にお前に悪を為せとは言わない。あそこの蛇を退治する。それにより無駄な税金が浮く。それだけだ。さすればこの村は栄えることを約束しよう」


 その浮いた金をいただくのが目的であって、それがまさしく悪だろう・・・・。僕は心の中で突っ込んだ。

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