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理由

「誰だ!?」

 僕は周りを見渡す。風に揺れる木々がざざざと鳴る。

 社の扉が開く。錆びついた音を立ててぎぎぎと開く。

 静かに青いワンピースの女の子は表れた。


 「私だよ、この社で酒を頂戴したのは50年ぶりだ・・・・」


 腰まで長く伸びた黒髪、綺麗に大きく澄んだ瞳は青。キリリとした眉で爽やかさと、触れてはいけないような美しさの同居した女の子が現れた。歳の頃は僕よりも若そうだ。まだ20歳だろか・・・・


 「君は・・・・この集落の人かい?」

 彼女は首を左右に振った。

 「君は・・・・旅でもしてるの?」

 彼女はまた首を左右に振った。社の扉を閉めると3段しかない階段をゆっくりと1歩ずつ降りてくる。

 「私は・・・・私はここの『元』主だよ」

 

 さっぱり飲み込めない僕からカップ酒を奪い取ると女の子は満面の笑みでおいしそうに一口飲んだ。そして階段に座ると自分の横をポンポンと叩いて僕を促す。ここにいる理由くらい聞かせてもらうには僕も座ったっていいだろう。


 「最近はこういう安い酒も美味い。いい時代になったもんだ・・・・私はオオヤマツミだった・・・・と言ったら笑うか?」

 女の子はスルメも強引に取り上げてむしゃむしゃとしゃぶる。酒もグイっと飲んでよほど好きらしい。

 「ふーん・・・・まぁ笑うまではいかないけどそのネタは何かの伝奇譚か民話なのかな?」

 僕が冗談交じりに切り返すとひくっと彼女の右眉が動いた。


 「・・・・いいだろう、ではこの手をよく見ていろ」

 右腕を手のひらを開いて僕のほうへ向けると、何か唱えるでもなく突如として金色に輝く剣が出現した。

 それをナイフほどの短さに長さを縮めると女の子はくるくると回して逆手にしたり、指と指の間を回転させながら這わせたりナイフアクションのように遊んでいる。

 「手品と思われても面白くないからな・・・・それっ!」

 鋭く唸りを上げて金色の刃物は境内から見えるイチョウの葉を1枚貫く。

 「はっ!」

 彼女が腕を上に上げると刃物はそのまま曲線を描きイチョウの葉とともに彼女の手に戻って来た。

 受け取った金色の刃物からイチョウの葉を抜き取り、僕に渡す。そのイチョウの葉には刃物の傷はついていない。


 「十束剣というやつだよ、聞いたことはあるだろう?」

 女の子はぐいっとまた一口飲んでスルメの足をしゃぶっている。

 「・・・・これはすごい!どうやったの?」

 「どうやったのって・・・・お前な、『神力』というやつだからな、どうもこうもない」

 「凄い手品師なんだろ?」

 「お前バカだろ・・・・」

 呆れ顔でカップ酒を煽る。


 「そうだな、何か奇跡でも起こせばいいのか?」

 彼女はぽりぽりと頭を掻きしばらく考え、何か閃いたらしく、指笛で鋭く高い音を響かせた。

 すぐに周りから何かが走ってくる足音が聞こえる。木枝を折り、落ち葉を踏みながらとんでもないスピードで迫ってくる何か。しかも集団のような気配がする。


 「これは・・・・いったいなんだ?」

 「もうすぐ来る」

 酒をぐいっと飲み、落ち着けよと肩を叩いてくる。


 ついに足音の塊が社を取り囲む斜面から飛び降りて僕の前へと着地する。

 どうやら犬なのか?しかし驚くほど巨大だ。


 「ひぇっ!狼?!」

 「騒ぐな、男だろう?これは『山狗』さ。私専用の狼みたいなもんだ」

 「オオカミは絶滅したはずじゃ?・・・・」

 「言ったろう?私はオオヤマツミだと。山の神が狼くらい従えてなくてどうする?

 これで信じてくれるならば酒の礼をしよう。もし信じてくれぬなら・・・・面倒だ、私は去る。お前はこいつらに食い殺されても仕方あるまいが・・・・」


 いきなり出くわして、「神様です」と言われ、「殺す」と言われて慌てふためかない人間が果たしているのだろうか?

 

 「ふざけてる!神様ならこんな理不尽なことするはずない!」

 睨みつけてくる狼達は物語で見るようにヨダレを垂らして下品に襲い掛かってくるわけではなかった。

 むしろ統率が取れていて、軍隊のようだ。きっとさっきからカップ酒を飲みながら僕の返事を待っているこの女の子が何か合図をすればここに集まって来たように一斉に動くに違いない。

 

 「お前は神をなんだと思っているんだ?他の国の神様は知らないが、我々葦原中国の神々は祟りこそすれ人のために何かをするものではない。自然万物の理、解明されているもの・されていないもの、その全てに人格をつけた『科学』だ

 お前はまさか願い事をした後は何の努力をしなくても叶うとか思っているクチなのか?」

 

 

 悪い事をすると『バチを当てる』のが神様じゃないのか?

 僕は悪い事はしていない。むしろ君が飲んでいるお酒は僕が持ってきたものじゃないか!それなのにこんな仕打ちを・・・・


 「そうだ、こんな仕打ちを平気でする。神はそういうものだ。人間なんかよりも我儘で生意気だ。お前が信じないから悪い。さあ、決まったか?信じるのか、食われるのか」


 カップ酒を飲み干して、まだ足りないのか底をトントンと叩き、しずくの一滴でも落ちてこないかと瓶をのぞきながら彼女は言う。人の命を奪うにしてはあまりに軽すぎる。


 でもこれだって何かトリックに違いない。何か仕掛けをしているはずだ。でも目の前で睨んでいる狼はどう見ても作り物には見えない。


 「あ・・・あのさ、お酒」

 「ん?」

 「お酒飲み足りないんだろ?ウチに一升瓶で3本くらいあるんだ。貰ったんだけどそんなに飲まないし・・・・」


 急にぱっと表情が明るくなる。

 「それを早く言え」


 女の子は立ち上がって歩き出した。青いワンピースがふわりと揺れる。

 狼に躊躇していると

 

 「すまなかったね、あとでお前たちも酒を取りに来るといい。山へ戻れ」

 すぐ側の一頭の頭を撫でてやり優しく語りかけると山狗たちは森の中へと消えて、気配すら感じることもできなくなった。


 「早く案内しろ」


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 家に戻って日本酒と柿の種とするめやポテトチップスをテーブルに並べる。女の子は茶の間で寝転がったり、足をパタパタさせていた。


 「・・・・神様なら神様らしくしたら?」

 「早く酒を出せ」

 日本酒を湯飲み茶わんへ注いであげると、女の子はキラキラした笑顔でお酒を飲みこむ。

 まだ朝だというのに凄い飲みっぷりだ。

   

 「あ~やっぱりうまいな」

 僕も一口酒を口に含んだ。朝から飲む日本酒は効く。

 女の子は空になった湯飲みを差し出す。注げということらしい。


 「で、神様さん」

 「なんだ」

 「どうしてこんな山奥へ?」

 「山に山の神がいて何が悪い」

 「いやさ、でもここ大きい神社じゃないし」

 「本当にバカだな。私たちは社や祠の数だけ分身がいるとでも思っておけ。ただし、力の分散させ具合は神によって異なる。私なら愛媛の社へ一番力を集めている。」


 「あー『日本総鎮守』ってやつだ」

 「知っているのか」

 「ゲームで」

 「最近はその手の人間が来るのが本当に増えたな・・・・まあお賽銭と初穂料も増えてくれるから追い払うものでもないが」


 「なるほど。じゃあ君は弱い・・・・というかごく一部の力ってこと?」

 「残念。むしろ『オオヤマツミの全力』を今持っている。それにこの弥生村には東北でも有数な私の社があるじゃないか。逆に場所によっては祀られているということになっているだけでほぼ立ち寄らない場合もある。ここも本来はそういう場所だったよ」

 さっき注いだぶんももう飲み干してしまってまた湯飲みをこっちに向けて催促してくる。

 

 「じゃあ、全力の君がなぜここに?」

 いったいこの会話を自分はどこまで真実だと思っているのだろうか。

 さっきは怖かったけど酒でなんとか脱出できただけで、やはり手品とかひょっとしたら夢を見ててまだ目覚めていない可能性はある。次の瞬間、天井が見えてなーんだ、って。

 

 彼女は大きすぎる一口で酒を流し込みその湯飲み茶わんをコツコツと叩いてこの山奥のそのまた奥の限界的な集落へやってきた理由を説明する。

 「酒なのだ。まだ詳しいことは何もわからないのだが、お神酒に『黄泉の水』が一滴だけ混じっていたんだ。一口飲んだところで気が付いたから急いで本体から『私』を切り離した。私が穢れればこの国が滅ぶ。そしてここに逃げ込んだ。ここは井伊豊山の山神と一番近い社だから普通は絶対に来ないそれを逆手にとった。蝦夷地でもよかったがさすがに海を渡るのは躊躇したんだ。

 しかし、この切り離した『私』は『神力』のみを残し躰は『人間』になってしまったようだ。このオオヤマツミが・・・・天孫に寿命を与えたこのオオヤマツミが逆に寿命を授かるとはな・・・・」

 

 女の子は苦笑しながらポテトチップスをほおばり、酒で流し込んだ。

 ぷあっ!と息を吐き出した。実にうまそうに飲む。まったく酔った様子はない、ザルのようだ。


 「途方に暮れていたらスルメと酒が来てな・・・・お前のような若いやつがこんなところに住んでいるとは思いもよらなんだ。お前名前は?」

 

 「や、山上。山上正親です」

 「まさちか・・・・ずいぶん古臭い名前をつけたものだ、お前の両親は」

 「人の名前をバカにするのやめてもらっていい?」

 「バカにしてない。古風だということだ」

 

 しかし良く飲む。こんな小さな体にこんなハイペースでアルコールを流し込むだなんて、このままぶっ倒れるくらいならまだしも、嘔吐は勘弁してほしい。掃除が大変だ。


 「今の説明でわかったか?」

 「あんまり・・・・ごめん」

 

 彼女は一升瓶をぶんどるとポンと指で蓋を飛ばし、ラッパ飲みで豪快に、まるでミネラルウォーターで水分補給でもするかのように喉を鳴らして日本酒を飲みこむ。


 「お前はなんだ!神に対して礼儀も口の利き方もなってない!命を救ってやったというのに、それどころか話すらまともに理解できないのか?このボンクラめ!酒だけ黙ってもってこい!お前にできるのはそれだけだ!」

  

 それからはずーっと喚き散らしながら酒を飲み、ツマミを食べ散らかされた。

 どうも彼女が言う『人間になってから』は酒を飲まず、もちろん飯も食べずに潜伏をしていたらしい。誰かに催促をすれば居場所がバレてしまう。あくまで『力を失っている自分本体』が回復するまでは隠れているしかない。

 それでは腹も空くし、これだけ飲むのだから酒もほしかろう。だからこそお酒に毒を持られたのだし。ここまで酒に目が無いとは家計を圧迫しそうな神様だ。

 

 「何か作るよ。そういう乾きモノばかりだとお腹に溜まらないだろ?」

 「別に酒があるからかまわん。このぽてとちっぷす美味いし」

 「身体に悪いよ」


 台所に行き冷蔵庫から材料を取り出す。本当に自分1人の分しか買い物をしていないから大したものはないのだが、時間がかからずしっかり食べ応えがあるものはなんとかできそうだ。


 まずフライパンで豚肉を炒める。隣りでうどんも茹でておく。

 そこにカット野菜を投入。しょうゆと酒で味付けをしバターを溶かす。茹で上がったうどんと混ぜ合わせて『焦がしバターしょうゆ焼きうどん』の完成。

 安いし、とにかく簡単だ。ただ2食分の計算が狂ってしまった。


 「はいよ、これでも食べて」

 テーブルに焼きうどんを運んであげれば、さっきはかまわないと言っていた口で

 「これ・・・・食べてもいいのか?」

 

 やはりバターの香りは暴力的に食欲を刺激する。

 神様・・・・もしこの少女が本物の神様なら案外ちょろいのかもしれない。

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