皇帝が認めた才能2(終) 天威ってのは、正確には俺のギフト(異能力)のことだ
「……とにかくだ」
俺はあからさまに目を逸らし、話題を変えた。
この話は、あまりにも危険すぎるからな。
「この世界はともかく、向こうの世界じゃ、剣の道で食っていく方法はゴマンとあるから、才能があるのは悪いことじゃないな」
「セージさまが、今いるこの世界にお住みなら、サーナもどこへも行きません」
当たり前のような顔で言うと、彼女は小首を傾げた。
「どこまで本当なのか、陛下はサーナをセージさまの後継にするつもりだったようですけど」
「えぇえええっ」
おお、歩きながらではあるけど、またしても声が出たじゃないか!
「俺、帝国じゃ帝室の剣術指南役とロイヤルガード(帝室警護)を務めて――というか、やらされていたけど、その後継ってことかい?」
「……へ、陛下はそう仰いました」
自分でも有り得ないと思っているのか、サーナは顔を赤くした。
「多分、サーナをおからかいになったのではと」
「いやぁ、陛下は人をからかうのは好きだけど、そういうやり方はしないな」
決して悪い人ではないが、ゴブレット(杯)の中に、酒の代わりに塩水入れて人に勧めるとか、「予を探すことあたわず」とかしょうもない置き手紙だけ残し、城外へ遊びに行ったりとか、そういう悪戯なら好む。
だが、たとえそれが嘘でも「セージの後継に」、なんて言わない人だ。
最低限、王者の責任というものは、ちゃんと心得ている。だから、おそらくは本気で述べたのだろう、彼は。
となると、この子にそこまでの才能を見出したことになる。
「う~ん……こりゃゲートで試すのが、ちょっと楽しみかな」
俺は微笑し、つい手が出てサーナの頭を撫でてあげた。
息を呑んで顔を赤くした彼女を見て、少し気が差したけど。
ショッピングセンターは、もう目前だった。
二人して考え込みながら歩いていると、好奇心を我慢できなくなったのか、またサーナが尋ねてきた。
「そう言えば、セージさまは天威と呼ばれていますよね?」
「別に俺の希望じゃないけどね。そもそも天威ってのは、正確には俺のギフトのことだ」
曖昧に笑い、俺は簡単に説明した。
最初に誰がそう呼んだのか全然覚えていないが、その力を得たのは、向こうの世界に召喚されてすぐだった。
「俺があの大陸に召喚されたのって十三歳の頃だけど、無茶な独自ギフトを目覚めさせるために、有り得ないようなことやらされたんだよ。召喚されたあの国じゃ、ギフトの一つもないような奴は、そのまま用ナシとされて殺されたから」
勝手な話だが、俺を召喚したその国は、そういう無茶なやり方で特別な力を持つ兵士を集めていた。自国の民だけでは飽き足らず、異世界召喚まで行って。
まだ、後に世話になるガランディア帝国などは、建国されて間もない頃だ。
皮肉なことに、俺を召喚した当の国は、もはや存在しない。
「あ、ギフトというのは、特殊な私的能力のことな? 知ってると思うけど」
「知っています。……セージさまが召喚されたのが、今のサーナと同じ歳だったことも」
こくこく頷いて、サーナはなぜかまた立ち止まり、肩に提げていた古いバッグから、幾つもの紙束を出した。
「セージさまの伝記を書いたご本、買うお金はないですけど、書店の店主さんのご好意で、書き写させてもらったんです! 出てた本のほとんどは、こうやって写本化して読みましたっ」
「……本? え、そんなのあるのかっ」
俺はそもそも、自分のことが書かれた本なんか出てるのさえ、知らなかったぞ!
そういう場合、普通は俺に金が入ったりするんじゃないのかっ。
……まあ、問題はそんなところにないが。
そんな気の遠くなるようなこと、ホントにこの子がやったのか。
サーナが嬉しそうに見せてくれたその紙束は、手製の同人誌のごとく束ねてあり、三冊分くらいあった。ただし、質の悪い安い紙のせいか、どれもひどく痛み始めている。相当に何度も読み返したらしい。
ぱらぱらとめくってみると、少し丸まった女の子文字だが、綺麗な字で延々と書かれていた。これが全部、この子が写本したものとはっ。
確かに俺が召喚された時点から、邪神を倒したあたりまで書かれていた。ざっと見ると、かなり美化されている部分もあり、逆にひどく控えめに飛ばされている部分もあるようだが。
「真偽はそこそこだが、誰が調べてんだろうな、こんな詳しく」
俺が喉の奥で唸ると、サーナが碧眼を輝かせて訊いた。
「それで、三冊ともに内容を暗記するほど読んだのですけど、天威の説明がどの本も違うんですっ。どういう力なのでしょうか」
「……ちょっと説明しにくいというか、多分、説明してもピンとこないと思う。使う機会があったら、その時にわかるよ。もう店に着くしさ」
俺はさりげなく質問をかわした。
もう引退した身だしな……女の子に自分のギフト自慢なんかしてる場合じゃない。
あのギフト(天威)も、どうせもう死ぬまで使うことはないさ。
――少なくとも、この時は本当にそう思っていたのだ、俺は。