皇帝が認めた才能1 女の子がその話を持ち出すということは
なんだか俺に似合わない尊敬の眼差しで見つめまくっていて、あちこち痒くなりそうである。
「なんだその、セージ流って?」
「ええと 前に一度、皇帝陛下がホームを訪問された時、そう仰ってましたよ。『予の剣の師は、あの天威こと、セージ・シマザキだが、今後セージ流と命名して、大陸中に広める所存なのだ』と、大層誇らしげに。ホームのみんなが、歓声を上げていましたっ」
「アラン――いや、あの不肖の弟子めがああっ」
俺は思わず呻いた。
ここは日本だし、たとえ異世界の皇帝だろうが、知ったことではない。
だいたいあいつに「邪神レヴィアタンを倒したからといって、すぐ帰還することもあるまい。聞けば、もう二十年近くも傭兵をやっていたとか? ならば、今後は帝室直属となって、予を支えてくれまいか?」などと請われ、俺がうっかりその気になったせいで、その時点からさらに数年も帰還が遅れたのだ。
「しかし、皇帝のアランがホームを訪れたって?」
「はい。陛下はアルザス地方の七つのホームを、去年巡回してらっしゃいました。うちは三番目でしたが、ちょうど剣技の授業があって、それもご見学されていたんです」
「へぇえええ」
ホームで剣技を教えているのは、手紙で教えてもらっていたし、時代が時代なので仕方ないと思うが――。
あの女好き皇帝に、ホームの巡察なんかする殊勝さがあったとは。
「話を戻すけど、それでサーナの剣の腕はどの程度かな? 陛下はなにか言ってた?」
なぜかはにかんだような顔で、サーナはもじもじと俺を見た。
「陛下は……『おまえは本物の天才だ。おまえを上回る才能というと、予はもはや我が師、セージのみしか知らぬ! あいつにも、ぜひ見せたかったぞっ』と、少し過剰なお褒めの言葉を頂きました」
「はぁああああ?」
俺はかなり驚いて、声を上げた。
お陰で通行人にじろじろ見られたが、こればかりはやむを得ない。
陛下……いや、あのアランが、そこまで他人を褒めるとは。この俺ですら、煽てる時以外には、あまり褒められたことないのに。
「あの陛下がそこまで褒めるからには、サーナの才能は本物だろうさ」
俺はかなり本気で言ってやった。
「買い物帰りにゲートへ寄るから、ちょっと実力を見せてくれ。あそこには、待機要員の剣技場もあるからさ」
なにげなく言った途端、はにかんでいたサーナの顔がふっと曇った。
その変化は明らかで、いきなり立ち止まったほどだ。
「……どうかしたか?」
「あのっ」
懸命な瞳で俺を見上げる。
「サーナは……元の世界へ戻されたりしませんよね?」
「はい?」
俺は首を傾げ、すぐに思い至った。
「ああ、ゲート――つまり、転移門に寄るって言ったから? 大丈夫だよ、そういう用事じゃないから。ほら、たまには元部下の顔を見てやろうかなぁと」
実はちょびっと、サーナが疑った「そういう用事」も考えていたのだが、彼女の半泣きの顔を見ていると、とてもじゃないが白状できなかった。
今は、彼女の熱が冷めるまで、冷静に待つ方がいいかもしれない。
「帰還したくないなら、気が済むまでいていい。俺は追い出さないよ」
「サーナは、セージさまと生涯一緒にいたいです!」
視線を外さないまま、また言い募る。
なかなか絶句するような言い草だった。生涯って……あと何年あるんだ、この子の生涯は。
すると、沈黙を否定ととったのか、サーナはいきなり俺の手を握った。うわ、すべすべしているけど小さい手だな。
「サーナの気持ちは、セージさまのご自宅で打ち明けましたっ。それって、生涯一緒にいることじゃないんでしょうかっ」
なんだそれ!? と俺は思ったが、当たり前のように思い出した。
エキュラの森の話かっ。
俺は安堵したあまり、半ばスルーしていたが……言われてみれば、たとえ子供の身でも、女の子がその話を持ち出すということは、そういうことなのだっ。
我ながら迂闊だった!
元は俺の苦し紛れの発言が原因だったというのに。
しかし、またもや泣く寸前になっているこの子に、「いや、あまり本気に取らなかった」とか間抜けな返事はできない。
「そう、もちろんそうだぞ、うん」
俺は慌てて首を振る。
「今のは、サーナの気が変わる可能性を考えて」
「変わらない自信がありますから、大丈夫ですっ」
サーナは握った手にきゅっと力を入れて、無意識に揺すった。
「遠い未来のいつか、サーナが歳を経て亡くなる時、そばにはセージさまがいる……それがサーナの願いです!」
「……先に逝くのはズルいな」
俺としたことが、言葉を失ってしまい、それだけ言い返すのがやっとだった。
「あと、俺達ってそもそも親子関係になるはずだろ?」
「はい、今は」
大真面目な顔でサーナが頷く。
「でも、血が繋がっていないのですから、サーナにとっては本当に今だけのことですものっ」
明るい声音で言われ、しかも痛いほど純粋な瞳で見つめられ、俺はその場で悟った。
もしや……コレはその……マジかもしれん、と。