なにしろ、サーナも一緒だからな!
俺達はそのままホテルへ引き上げたが、戻った直後に、またクレールから連絡があった。
スマホで少しやりとりしたが、どうやら帝国へ攻め込んだ王国側の軍勢は、手ぐすね引いて待ち構えていた、アラン皇帝率いる帝国軍の精鋭に抱囲され、短時間でほぼ全滅に近い打撃を受けたらしい。
俺に言わせれば、一連の騒動は元々アランの遠謀だと思っていたので、驚くには値しない。
アルザス地方のホームを回り、わざわざサーナに白羽の矢を立てて俺の保護下に置いた時点から、王国側を罠にかける策が始まっていたわけだ。
しかしさすがのアランも、敵がここまで盛大に釣られるとは、計算外だったろう。
今頃は、ほくほく顔に違いない。
「でも、これだけじゃ終わらないぞ」
俺はスマホ越しにクレールに言ってやった。
「多分、アランは次に、丸裸になったヴィランデル王国に攻め込み、最終的には併呑しちまうと思うね。先に攻められたことで、大義名分は立ったしな」
『有り得ますね……全く、隊長とサーナちゃんにとってはとばっちりもいいところでした。実は先程、また元老院の使者が来て、「全てはこちらの誤解だった。天威殿に謝罪したい」と言ってきましたよ。大方、陛下が元老院に全てを説明したのだと思いますが』
「謝罪なんかいらんが、元老院の連中には、俺がこう言ってたと伝えておいてくれ。『アランが策の多い男だということを金輪際、忘れるな。さもないと、またあいつに釣られるぞ!』ってな」
『あいつって……隊長もキツいですねえ』
「いいんだよっ。今回は俺も腹を立てる権利があるはずだしな! もうほとほと嫌気が差した。多分、アランが計算した以上になっ」
クレールはまだなにか言いかけていたが、俺はそのままスマホを切った。
ソファーの隣に座っていたサーナが、憂い顔で俺を見た。
「セージさまは、これからどうするおつもりですか」
「そうだなぁ」
点けっぱなしだったテレビを消し、俺は天井を仰ぐ。
「遊園地の大立ち回りで、一般人にかなりスマホで撮影された感じだし、今後も同じく元のマンションで暮らすってわけにも、いかんだろうな。もちろん、この流れも、皇帝アランの意図していたことだろうが……ああ、腹立つっ」
「陛下は、セージさまに戻って頂きたいんでしょうね。お気持ちはわかるのですが」
サーナは一部理解を示したが、それでも内心で腹を立てているのがわかった。
まあ、俺と同じく帝室の策略に使われたのだから、当然である。
「あのさ、俺が敵を倒す場面を見て、どう思った?」
俺はふいに、身体ごとサーナに向き直り、尋ねた。
「戦いは悲惨ではありますが、セージさまは何も悪くありません」
きっぱりとサーナが言い切る。
「逆襲するのを見たからって、サーナの気持ちは変わりませんよ!」
俺に嫌気が差したかと思っていたのだが、そうでもないらしい。
表情を窺っても、無理をしている様子はなかった。
「ですから、今後もサーナはセージさまと共にいますっ」
文句ありますかっと言わんばかりの迫力で問う。
土産物屋で買ってあげた、熊のぬいぐるみを抱き締めながらの宣言なので、今一つ迫力には欠けるが……本人が本気であることは、間違いあるまい。
だが今の質問は、別にサーナを追い出す意図でしたわけではない。
むしろ、逆である。
「……実は俺、再びあの世界に戻ろうと思うんだが」
考えた末の決意を告げると、サーナは驚いたように俺を見つめた。
「陛下の元で、またロイヤルガードを?」
「誰がやるもんかあっ。もうあの弟子は、当分見捨てるっ」
俺は憤然と言い切った。
何が哀しくて、引退してた俺を国の騒動に巻き込む奴の臣下に、戻らにゃならんのか。
「ただな、癪に障るが、少なくともアランが密かに思っていただろう『セージが引退してスローライフとか、どうせ長く続くものかっ』ていう邪推は、おそらく当たってたんだ」
認めるのも腹が立つが、俺は首を振った。
「もう俺の人生じゃ、向こうの世界で過ごした時間の方が長いし、こっちには家族も残ってないしな。日々を無為に過ごすのにも飽きた! だから俺は向こうへ戻って」
そこでサーナをとっくりと見た。
俺がなにを言い出すか、緊張したように待ち受けている少女の目を、しっかり見つめる。
「今更だが、ギルド所属の冒険者になろうかなと。なんなら、自分でギルドを作ってもいいし。もう誰かに命令される生活は、ご免なわけで」
「冒険者、冒険者ですかっ」
たちまちサーナが破顔し、なんとその場で立ち上がった。
よほど興奮したらしい。
「サーナは、昔から冒険者が活躍する物語が大好きでしたっ」
「いやー……そんないいもんじゃないと思うけど、あの商売も。でもまあ、やってみなきゃわからんよな? 俺も、傭兵経験は長いが、そっちは初めてなんだ」
俺は、懸命な瞳でなにか言いたそうにしているサーナの手を取り、もう一度座らせてあげた。
「だからほら、いい年こいてアレだけど……やっぱり、一人だと不安も多いよな。せめて、相棒というか、仲間が欲しいというか……言いたいこと、わかるか?」
柄にもなく遠回しに言ったのだが、優しいサーナはすぐに理解してくれたらしい。
ぱっと目を見開き、次の瞬間に俺の胸に飛び込んで来た。
「二人で冒険者生活……素敵すぎますっ。最高ですわ!」
「はっは! いや、くどいけど、そんないいもんじゃないと思うけどっ。でもまあ、確かにわくわくするよな」
これで俺も本格的に決心がついた。
あとはアランの使者やら、あいつ本人が押しかけてくる前に、動くことだ。
「いつから、いつから冒険者始めるんですかっ――あっ」
喜色満面で尋ねるサーナを抱き上げて立ち上がり、俺は今度こそ不動の決意で宣言する。
「もちろん、今これからだ!」
ロイヤルガードの天威の身分なんざドブに捨て、スローライフを目指して失敗した島崎聖司の立場も捨て……どうやら今後の人生は、養女と二人で冒険者稼業ということになりそうだ。
先の見通しなど全く立ってないのに――。
おそらく俺は、人生で初めて、自分の未来を悲観していなかった……なにしろ、サーナも一緒だからな!
最後まで読んでくださった方、どうもありがとうございました。
当初、短編予定だったのですが、お陰様で思ったよりも長く続けられました。
重ねてお礼申し上げます。




