襲撃2(終) 天威
俺はサーナを抱き上げたまま斜面を走り続け、ついに、休憩所がある一番上まで辿り着いた。
平日だし、特に見る物もないしで、幸いにして人影はない。ベンチが幾つか並んでいるだけだ。
それに、ここからなら否応なくよく見える……金髪野郎共が思ったより大勢上ってきていた。人数にして二十名近くいるだろう。
「やれやれだな」
サーナを降ろしたところでスマホが鳴り、クレールからの着信を示した。
俺は、あえてサーナにも聞こえるように音声をオンにしてから、回線を繋いだ。
「どうした?」
すぐにクレールの戸惑った声が聞こえた。
『何を血迷ったのか知りませんが、ヴィランデル王国が公式に我が帝国に宣戦布告したそうです。おまけに、天威こそセージを倒し、皇帝陛下の娘を殺したと発表してますね』
「それじゃなにか、今ここにいる俺は幽霊か」
うんざりして俺が言うと、サーナも横から叫んだ。
「サーナは、陛下の娘じゃないです! 他の方のことなら、気の毒ですけど」
「いいんだ、サーナ。アラン(皇帝)は、わざと王国側を挑発して、手を出させたんだよ。どうせ、いつかは攻めてくると決めつけてさ。俺には見え見えだ」
下を見ると、そろそろ追っ手の先頭に立つ奴が辿り着きそうだった。
あまり時間は残ってそうにない。
「時にクレール、俺を殺すはずの連中が今、すぐ目の前まで来てるんだが……こいつらが受けた命令ってやっぱり――」
『もちろん、隊長とサーナちゃんの殺害でしょう。彼らも必死ですよ。もう発表しちゃった後ですからね。今更、天威が復活されたら、本国にも顔向けできないし、戻れない』
「やだなあ、王宮に使われる身ってのは……辞めて正解だったか」
『えーーっ、そんなこと言わず、隊長は』
抗議するようにクレールが何か言いかけたが、俺は無情にもスマホを切った。
その後、サーナの肩を抱くようにして、この丘に続く道を見下ろす。
刺客の群れは、見た目は丸腰の私服だが、どうせ上着の懐には魔導弾装備の銃があるのだろう。
こっちの世界と違い、火薬式の銃器こそ少ないが、向こうの世界は向こうの世界で、独特の殺傷武器はあるのだ。
どうせ俺には通じないけど。
「なあおい、考え直さないか!」
声が届くところに接近した時点で、俺は口元に両手でメガホン作って叫んだ。
「俺はこうして健在だし、どうしてもとあれば、おまえら全員、ここから動かずに倒すことだって可能だ! だけど、できればやりたくないっ。引退したんだよ、俺はもう」
意外にも、先頭の男――思ったより年配のそいつは、ちゃんと立ち止まって答えた。
「ああ、あんたは本当に引退したのかもしれない。しかし、我が王国は、陛下の命令で帝国との戦へと舵を切った。ならば、あんたの現状がどうあれ、目の上のこぶだし、倒す他はない。存在自体が邪魔なんだよ、あんたは」
「なら、サーナは無関係だろっ!」
俺が怒鳴ると、すぐにサーナも叫んだ。
「サーナは、セージさまの養女ですからっ。もうずっと一緒にいますし、運命共同体むむむっ」
途中で慌ててサーナの口を塞いだが、どのみち同じことだった。
「諦めろ、天威! あんたは俺達を倒すか、それともその子ごと殺されるしか道はないんだ。真相がどうあれ、もう王宮の方ではその子は皇帝の関係者で、セージが保護する子だと決めつけている。今更、どうもならん」
「なるほど……わかりやすい解説どうも」
俺は首を振って、サーナの口元から手をどけた。
「お互い、辛い仕事だってことだな? もっとも、俺はもう引退してんだから、仕事ですらないんだが」
「そういうことだ、天威! あんたはあんたのための選択をするがいいっ。こっちだって殺しに来てるんだ、別に恨みはしないさ」
おそらくあいつは、俺の切り札を知っているらしい。
なぜなら、どこか達観した表情だったからだ。言い換えれば、既に死を覚悟していた。
そのうち、後続がそいつに追いつき、二十名ほどの敵は、着実にこちらへ上がってきた。
「なあ、サーナ。前に俺が初めて能力を発揮した時のことを、話したよな」
サーナの肩を抱いて引き寄せ、静かに話しかける。
「覚えています。魔獣をたくさん、けしかけられたんですよね?」
「そう……俺の目には無数に見えたよ。同じように集められた奴が続々とその猛獣に倒され、俺も一撃食らってふっ跳ばされた。地面が真っ赤に見えるほど、大勢の血が流れた。俺はまだ死んでなかったけど、死は間近だった……そのままだと。だから俺は、怨嗟の目で蒼天を仰ぎ、両手を差し伸べた。最後に神に向かって恨み言でも言わないと、気が済まなかったからだ」
説明してやりながら、俺はあの時のように両手を差し伸べ、蒼天に伸ばした。
本当に神に語りかけるつもりで、叫ぶ……これも、あの時同様に。
サーナには見せるべきじゃなかったかもしれないが、俺の正体を知るには、良い機会だろう。
「天よ、大いなる天よっ。汝の正義をこの俺に示してみろっ」
長らく使わなくなっていたギフトだが、久しぶりでもなんの問題もなく発動した。
俺の叱声と同時に、抜けるほどの蒼天より、真紅の光が殺到したのだ。
それも、幾筋も幾筋も地上へ、この丘の斜面のみを目指して。
それはまさに、天の怒りを示す特別な雷のようだったが……少なくとも、落雷のように派手な音などしなかった。
しかし、一瞬で真紅の光に包まれた二十名は――その瞬間に、跡形も残さず蒸発した。
悲鳴もなく、逃げる暇すらなく、その場で消えた。
わずかな痕跡と言えば、斜面に点々と残る、黒い炭化の跡のみである。
……これまで何度となく振るった力を、俺はまた使ってしまったらしい。
「また生き残っちまったなあ」
自然とため息が出た。




