お引っ越し2(終) こっちから出向いて片付ける方が、よほど安心かもしれない
ところで、俺は昨日洋服を買った店に電話して家を留守にしている旨を伝え、宅配会社の電話番号を訊こうとしたのだが。
幸い、今日の午後に送る予定だったらしく、あっさりと宛先をこのホテルに変更してもらうことができた。なかなか、幸先がいい……おっさんの訪問を除けば。
ちなみに、俺がやったことと言えばその電話くらいで、後はもう、部屋の中でテレビを見て午後の時間を過ごしていた。
サーナは最上階からの都内の眺望に驚いたのか、バルコニーで立ち尽くして、かなり長い間、都内の眺望を楽しんでいた。
「ホームシックにならないか?」
気になった俺が尋ねてみると、サーナはびっくりしたように振り向き、微笑んだ。
「サーナだけなら、なったかもしれませんね。ホームは狭くてお食事も十分にはなくて、あまり居心地がいい場所ではありませんでしたけど、同じ境遇の仲間がいましたから。でも、この世界にはセージさまがいますもの」
「そ、そう」
俺はあえてテレビの方へ視線を戻し、柄にもなく照れた。
いや……本気で言ってるのがわかるので、否応なく気恥ずかしくなるのだ。俺はそんな上等な人間じゃないってのに。
そのうち夕ご飯の時間が来ると、俺はホテル内の数あるレストランの中から、ビュッフェ形式の場所を選び、食事にした。
ルームサービスを選んでもいいけど、それだとメニューがある程度固定されちまうからな。
未だサーナの好みを知らないので、どうせならたくさんある中から自分で選ばせてあげようと思ったわけだ。
それに、ビュッフエは料理数豊富な割に、値段的にも手頃である。
サーナはレストラン内の壁際に、延々と並ぶ和洋中各種の料理を見て、だいぶ目を丸くしていた。
俺が頬をつついてやるまで、不審者みたいにきょろきょろしていたほどだ。
「ほらほら、平日だから空いてるし、落ち着いて選べるよ。好きなものを皿に取るといい」
「な、なんだか選んでいる間に、時間が過ぎてしまいそうです……」
「じゃあ、よさげなのを片端から皿に盛るといい。あっちには、洋菓子なんかもあるから、後の楽しみもあるぞ~」
というか、俺自身が楽しみだった。
普段はだいたい、外で牛丼食べるとか、外食多いからな。
というわけで、俺自身が皿にどんどん好みの料理を盛りつけ、テーブルに戻って早速、食べ始めると、かなり経ってからようやくサーナが戻ってきた。
ハンバーグやらシチューやらの洋食が中心だが、中には麻婆豆腐もあったりする。そういや、豆腐なんて食べ物は、あっちの世界にはなかったな。
ついでに言わせてもらえば、向こうの世界の料理は、だいたい全部、味が薄い。
「それ、ちょっと辛いかもしれないから、注意――て、遅かったか」
スプーンで一口食べた途端、瞳を大きく見開き、慌てて牛乳をゴクゴク飲み始めたサーナを見て、俺は苦笑する。
「お、驚きました」
コップを置いたサーナが胸に手をあてて、息を吐く。
「でも、今までに味わったことのないお料理で、慣れたら美味しく思えそうです……自分でも作れるでしょうか?」
ホームじゃ料理番を多くこなしたらしいサーナが、意気込んで尋ねる。
「サーナなら覚えるのは早いと思うぞ。本気なら、今度料理法を調べておいてやるよ」
「お願いします!」
「任せなさいっ」
……と言いつつ、こっそりネットで調べるだけだけどな。
俺は料理なんぞに無縁だが、グーグル先生は知ってるだろうし。
しばらく和気藹々(わきあいあい)と食事をしていたら、またスマホが振動した。
俺はなんとなくある予感を持って、画面を見ると、やはり相手は昼間にも話した、クレールだった。
『何度も悪いですね、隊長。今、いいですか?』
「食事中だけど、短い話なら」
俺が答えると、サーナがシチューを片付けるのを中断し、そっとこっちを窺った。
『では、簡潔にまとめて。まず、こっちの内通者は見つけました……ロイヤルガードの隊員だったら面倒だったんですが、幸か不幸か、ゲートを通って週一でやってくる、帝国からの連絡員でした。こっちから呼び出してカマかけたら、一発でしたよ。家族を人質に取られていたようですね』
「嫌なやり方だなぁ」
俺は天井を仰ぎ、嘆息する。
「他には?」
『後は……まあ、隊長にとっては面倒な話で恐縮ですが、その内通者が言うには、王国の連中は、サーナちゃんだけを狙うのは難しそうなので、隊長とまとめて暗殺するという方針に傾いているとか。一応、ご注意を。こちらも、なるべく早く王国の連中の潜入先を探します」
「そうか。わかったら、教えてくれな」
俺は特に驚きもせず答えたが、実は内心では腸が煮えくりかえっている。
こうなると、積極的に避けるより、こっちから出向いて片付ける方が、よほど安心かもしれない。
いや、むしろそうすべきだろう……サーナのためにも。




