異世界からの使者1 誰にも連れて行かせはしない
俺は用心深く玄関のドアを開けてみる。
廊下に立っていたのは、なんというか……樽みたいな男だった。
黒スーツを着込んだ中年だが、とにかく胴体の幅がデカい。そして、黒いソフト帽を被っている。一応金髪碧眼ではあるが、あまり帝国の民には見えなかった。
正直なところ、最近見たアニメで、こんなセールスマンが出てた気がしてならない。名前は思い出せないし、向こうは黒髪だが。
「おお、我が帝国の英雄であるセージ様とお会いできるとは、私の誉れであります。帰還から一年経ちましたが、お元気でしょうか?」
「あー……まぁな。しかし……皇帝からの使者だって? あんたの顔は知らないのだが」
「それはそうでございましょう」
うんうんとセールスマンみたいな男が頷く。
「私は単なる書記官で、しかも王宮に出入りするようになったのは、最近故」
「ふむ」
俺は両手を広げ、促した。
「それで、ご用件は?」
「さあ、それです」
ふいに表情を陰らせ、男はわざとらしくため息をついた。
「失礼ですが、込み入った話なので、お邪魔しても?」
「駄目だ」
俺はにべもなく首を振った。
「知らない人を家に入れちゃいけませんって、ガキの頃、かーちゃんに言われたんだ」
その瞬間、明らかに男、つまり自称レグナスの顔が憎悪に歪んだ気がした。意外と底の浅い奴である。
「では……やむを得ません。ここで用件を申し上げましょう。……実は、セージ殿が保護しているサーナを、帝都にお連れせよとの皇帝のご命令で――」
まだ途中なのに、いきなり奥から駆け足の音がして、サーナが奥から飛び出してきた。
「サーナはどこへも行きませんっ」
俺の背後に隠れ、驚くほど大きい声で叫ぶ。
「いや、これはしたり。聞こえてらっしゃいましたか……はは」
樽体型のレグナスは、額にかいた汗をハンカチで拭い、苦笑した。
「では、話が早いですな。早速で悪いですが――」
「待てよ」
俺は腕組みをして、レグナスを睨んだ。
特大の壁のごとく、サーナと彼の間に立ち塞がってやった。
「どうも……要領を得ない話だな? 本当に皇帝の命令か?」
「も、もちろんですともっ。後からお見せしようと思いましたが、ちゃんと命令書も、これこの通り!」
「おまえ、ひょっとして俺のこと、ナメてないか?」
「はっ」
なにやら丸めた密書みたいなのを押しつけようとするのを無視し、俺は断言した。
「正式の使者なら、まず一人で来るはずがないし、まだ符丁も見せてもらってないぞ」
「ふ、符丁と仰いましたか? はて?」
「はてじゃないだろ、はてじゃ。符丁を見せて、確かに帝室が送った使者であることを示すのが、慣例だろうが? まさか忘れたのか?」
「さ、さあ……なにぶん、私は書記としてもまだ新米でしてその」
「新米ね」
俺は皮肉な目でおっさんを見やる。
外見はともかく、年齢は俺と同じくらいなのかも。
「まあ、符丁なんてないんだけどな、本当は。あのアランが、そんなめんどくさいことするか」
俺は一言の元に言い捨て、愉快なおっさんを見据えた。
「さて、ここからは俺のターンだ。おまえは一体、何者だ? 異世界くんだりまで来て、帝国の使者を騙るってのは、どういう了見だ?」
「……くっ」
もはやごまかせないと思ったのか、いきなり自称レグナスが、スーツの懐に手を入れようとした。いやー、諦めるの早いな、悪党のくせに。
もちろん、俺は素早く片手を伸ばして奴ののど笛を掴み、軽々と持ち上げてそばの壁に叩きつけてやった。
言葉もなく崩れ落ちるそいつを、ベルトのところで持ち上げ、部屋へ戻る。
「フォースルールにかけて、情報を引き出してみるよ」
目を丸くして見ていたサーナは、ようやく我に返ってついてきた。
「その人、どうしてサーナの名前を出したんでしょうっ」
「さあ?」
ちょうどベルトが切れたので、俺はそいつをリビングに放り出す。
「それもこれから訊いてみるが――」
不安そうなサーナの肩に手を置き、じっと瞳を覗き込んだ。
「俺はサーナの保護者になることを、曲がりなりにも了承したんだ。一度引き受けたからには、サーナが自分の意志で出て行くんじゃない限り、誰にも連れて行かせはしない。だから、不安そうな顔するなって、なっ?」
一瞬だけサーナの顔が激情に覆い尽くされ、彼女は両手で顔を覆って俯いた。少し肩が震えている……そんな凄いこと言った覚えもないんだが。
やがてよほど間を置いて、「……はい」と返事があったので、まあ納得はしてくれただろう。
頭を撫でてあげた。
あとは、このおっさんがどれだけ情報を持っているかだな。




