天威の予感1 近々、またアレを使う時が来るだろうと
それ以降は特に問題は生じず、初めての炊事も、俺がコンロの使い方を教えると、サーナはすぐに使いこなすようになった。
帝国にも燃料違いの似たような調理器具があるので、別に不思議はないのかもしれないが。
ただ、いよいよ夜も更けて寝る時間が来ると、サーナが当たり前のような顔で寝具を持ち出し、俺の部屋の床に敷き出したのは参った。
「本当に、ここで寝るのか?」
せいぜい、たまにの話だろうと思っていた俺が訊くと、サーナは大きく頷く。
「毎晩そうするつもりです!」
「そ、そうか」
許可を出したのは元々自分なので、あからさまに断る訳にもいかず、「まあ、そのうち自分の部屋で眠るようになるだろう」と己に言い聞かせるしかなかった。
それにしても、これまでずっと一人だったせいか、俺もさすがに電気を消してそのまま爆睡とはいかなかった。
なぜか、ベッドのすぐ横にいるサーナが気になってしょうがない。
サーナの方は、逆にやたらリラックスしている様子で、たまにくすくす笑いが聞こえたりする。一体、何がおかしいのか知らないが。
「あっ」
ふいに暗闇で声が聞こえ、ようやく眠りかけていた俺は、飛び上がりそうになった。
「どうした!?」
「ごめんなさい、起こしましたか?」
「いや、まだ寝てなかったからいいさ。どうかしたのか?」
「いえ、セージさまのことをずっと考えていたのですが、前からお尋ねしようと思っていたことがありまして……昼間に質問するつもりが、忘れていたんです」
「今聞くさ。なにかな?」
「質問しづらいのですけど――もし言いたくなければ、いいんです」
そんな前置きをした後、サーナは心配そうに尋ねた。
「セージさまを最初に強制召喚した国は、確かもう滅んでいるはずですが。召喚された時って、やっぱりなにか無茶な命令されたんですか? その辺のことが、どのご本にも書いてないので、気になっていたんです」
「そりゃ、どんな目に遭ったかなんて、あんまり話したことないからな」
再び眠気が兆していたが、俺は無理して話してやった。
部屋の明かりを消しているので、顔が見られず、打ち明けやすい。
「当時、その国は戦ばかりやっていて、慢性的な兵力不足でな……だからこそ、毎日のように召喚術で片端から人を呼びつけていたんだ。しかし、連中は単純な兵力の補充だけじゃなく、ギフト持ちの能力者も欲していた。そちらの方が、よほど戦力になるからな」
当時を思い出して思わず顔をしかめたが、サーナが熱心に聞いているようなので、あえて続けてやる。
「そこで、召喚成功した人員のうち何割かを、定期的にコロシアムへ連れていって閉じ込め、そこに多数の魔獣を放ったんだ」
「どうしてそんなことを!?」
起き上がる気配がしたので、俺は「横になったままで。その方が話しやすい」と言ってやった。
「理由は簡単さ。連中の下劣な考えによると、『異能の力であるギフトに目覚めるには、死の恐怖に直面させるのが、一番の早道である』ということらしい。ふざけた奴らだが――腹が立つことに、その推測だけは当たっていたよ。武器もナシに魔獣と戦わされた大半は、文字通り魔獣の餌にされたようなものだけど、実際に百人に一人くらいの割合で、本当にギフトに目覚めた者もいた。……そう、たとえばこの俺のように」
半分うとうとしていた俺は、そこで説明をはしょり、結論のみを呟いていた。
「だが、それは連中にとっては諸刃の剣だったのさ。目覚めたギフトがあまりにも強大で、自分達の手に負えない可能性を、考慮に入れてなかった」
既に瞼が落ちそうになっていた俺は、眠気を我慢するのが限界に達していた。
以下は、本当に話したかどうか、自信がない……あるいは、全て夢の中の出来事だったかも。
「信じる信じないはサーナに任せるが、君にはこそっと告白しておく。実はな」
――あの国を滅ばしたのは、この俺も同然なんだ。
呟きはごく小さかったが、サーナが息を呑む気配があった。
「言い訳はしない。そう、俺がやった。目覚めたばかりのギフトを存分に使い、俺は召喚術を弄んだ連中と、王とその側近をまとめて殺した。得たばかりのギフトは恐ろしい力で、当時は術者である俺自身ですらコントロールできなかったのさ」
最後に呟いた途端、サーナがなにか質問した気がするが……その時は俺は、もう深い眠りに入っていた。
昔のことを話すといつもそうだが、これも一種の、拒否反応かもしれない。
ただ、あえて今、自分のギフトのことを話したのは……既に心の内に予感があったせいだろうか。
……近々、またアレを使う時が来るだろうと。