(間奏)眠る時だけご一緒できませんか?
サーナは商店街へ入る前にようやく背中から降りてくれて、帰宅時に買い物することができた。
さすがに女の子をおんぶしたままで、買い物する度胸はない。
帰宅してからは、ひとまず奥の六畳をサーナの部屋に決めたり、買ったばかりの洋服を入れるために、余ってたチェストを彼女に譲ったりと、なかなかやることが多かった。
素直なサーナは、「こうしてはどうか?」という俺の提案にまず異議を挟まなかったが、唯一、「この部屋を使うといい。ボロとはいえ、このマンションが3LDKで助かった」と俺がほっとして勧めると、「ここに一人で寝るのですかっ」とちょっと目を見開いた。
「やっぱ、広すぎる?」
ほんの短い間だが、向こうでホームに放り込まれていたことがある俺が訊き返すと、サーナは凄い勢いでコクコク頷いた。
「セージさまもご存じの通り、ホームってこれくらいの部屋を六人が共同して使い、休む時も一緒だったので……ちょっと戸惑います」
謎の伝記本を読んでるだけに、彼女も俺のホーム体験を知っているらしい。
「……うん、場所は違うけど3段ベッド×2の部屋は、俺も覚えてる。でもほら」
俺はどう説得しようか考え、微笑した。
「もうホーム住まいじゃないんだから、環境の変化に慣れよう、なっ」
今立っている六畳間に向かって手を広げ、明るく言ってみた。
「ではその」
なんだか言いにくそうに、サーナはもじもじと肩を動かす。
「いきなり一人は寂しいですし、眠る時だけご一緒できませんか?」
「お、俺と――?」
「……もちろん、セージさまとですよ?」
不思議そうな顔すんな、おい。
こういう時に考えてしまうが、十三歳というのは、微妙な年頃だと思う。なにしろ、まだまだ子供なのは間違いないが、さりとて、他人なのに一緒に風呂に入れるような歳でもない。
まあ、これは俺の考え方に過ぎないが。
あと……今思い出したが、あの異世界の大陸では、通常は生まれた時点でもう一歳となる。ゼロ歳という概念など存在しない。
となると、実質十二歳という考え方もできるのだが、俺はあまり考えないことにした。
少なくとも日本人と違い、サーナは外人さん体型だしな……身長だけは。
「ええと、それは構わないのですね?」
俺が黙っていたので肯定と取ったのか、サーナがほっとしたように言う。
「いやいやいやっ」
俺は慌てて首を振った。
「……寂しいというのはわからなくもないんで、慣れるまで妥協してもいいが、それでも床に布団敷いてということにしてくれ。同じベッドはちょっと」
「どうせ、死ぬまで一緒ですのに?」
――死ぬまでかよ!
この子がなにか言う度に、俺は寿命が三日ずつ縮んでる気がするな。
でも、話がややこしくなりそうなので、俺は特に言い返さず、「でもほら、まだ会ったばかりだし」と穏当な言い訳をしておいた。
「わかりました……残念ですけど」
ひどく怨ずるような目で見つめられたが、俺は屈しなかった。
誰がなんと言おうと、同衾はまずい、まずいんだよ。
しかし……なぜかいたくがっかりしていた様子だったサーナは、しばらくして逆にぱっと顔が明るくなり、ニコニコし始めた。
「なんだよ、急に笑って」
「だって――」
言おうかどうか迷った様子を見せた後、結局、爆弾を落とす。
「その仰りようだと、セージさまはサーナを女の子として見てくれているのだなぁと……そう思ったんです。でも考えてみれば当然ですね。今は養女でも、いつかは二人でエキュラの森に行くのですもの!」
夢見る乙女の顔で言ってくれた……ていうか、その森の話は、もうやめてくれ。
基本的にそっちの知識皆無のくせに、聡いせいか物事を論理的に考えるよな、この子。
頭の悪い俺は、どう言い返したものか、とっさに思いつかん。
一番難儀なのは、彼女の言い分に理がありそうな気がしたことだ!
「それと、もう一つ」
「な、なんだっ」
サーナの言葉に、思わず身構える俺である。
幸い、今度は大した話ではなかった。
「今後、セージさまをどうお呼びしましょう」
「俺は別に呼び捨てでもいいけど、それだと呼びにくいか?」
「呼び捨てはしたくないです……では、お父さまとか?」
「むう。それはちょっと、一気に年取った気がするんで……ちょっとな」
見た目は置いて、本当は三十七なんで、この考え方は妙かもだが。
「では……少し早いですけど、あなた――では?」
なぜかわくわく顔で、一番ひどい提案をしてくれた。白い歯が眩しい。
頭が痛くなった俺は、棒読み口調で言った。
「まあアレだ……当分は、今のままで行こう」




