サーナの実力3 隊長、わざと負けるのはナシですよ?
ところが、俺の質問に、当のサーナが驚き顔を見せた。
「えっ。……でも、セージ様の剣技も二刀流ですよね?」
「いや、俺は特に拘らないけど、どこからそんな――て、ああ、あの本かっ」
そういや、あの写本をパラパラ見た時、俺が二刀で戦ってる記載があった。ひょっとしたら、全部の戦闘シーンで、そういうことにされていたのかも。
「実際には俺、特に拘らないんだよ。状況によって使い分けてる。……でもまあ、じゃあ今回は付き合って、俺も二刀流にするかな」
サーナに笑顔を向け、俺も光剣を二本手にした。
余談だが、こちらに戻ってから知ったことだが、二天一流で有名な武蔵も、実は実戦では二刀流は使わなかったという説があるらしい。
真偽のほどは不明だが、少なくとも、全ての勝負で二刀流を使ったわけじゃないようだ。
というのも、どうも彼によると「必要だと思えば、二刀を使えばいい」というくらいの考え方らしい。
俺の「状況に応じて」とはまた違った意味なのだろうが、知った時は少し嬉しかった。自分が間違っていない気がしたので。
とにかく、そんなわけでサーナは青い刃が出る光剣を二本選び、俺は純白の刃が出るのを二本選んだ。
二人して中央に立つ。
そこでようやく俺が光剣のスイッチを入れると、サーナがびしっと構えを見せる。
右手の光剣は正面、つまり正眼に構え、左手の光剣はやや下段に構えて防御を意識している。
俺がたまにとる構えに似てて、これも多分、本で読んだと見た。
そこまで真似しなくてもいいと思うんだが。
気恥ずかしので、俺は同じ構えを取ることはせず、右手の光剣を斜め上方、左手の光剣は斜め下方に構え、互いの光剣が平行するように構えた。
これでも、攻撃と防御に不自由はない。
それに、剣道の試合じゃないからな、これ。
場合によっちゃ、手も出るし足も出るんだから。実戦だとそうならざるを得ないので、当然俺も実戦重視である。
「急所に剣先突っ込むとか以外なら、特に禁じ手はないのは知ってるな?」
俺が訊くと、真剣な表情でサーナがコクコク頷いた。
額に汗まで浮いてるが、表情は歓喜に輝いている……ように見える。
「サーナが……セージさまと試合なんてっ」
おまけに、独り言まで聞こえるぞ!
肩の力を抜け、少女っ。真剣勝負じゃないからっ。
「審判の真似事くらい、しましょうかー」
クレールが申し出てくれたが、俺は遠慮しておいた。
「いらんよ、そんなの。俺が適当に合図する」
すると、なぜかクレールが目を細めた。
「……隊長、わざと負けるのはナシですよ?」
「うおっ」
「ええっ!?」
俺とサーナの声が重なっちまったじゃないか。
おまけに敗残兵の三名まで動揺してるし、サーナは焦ったように俺を見るし。
「まさか、セージさま!」
「ないない、そんなことしないっ」
俺は慌てて全力で否定した。
「幻滅してもらってどうのなんて、そんなこと考えてないぞおっ」
ああ、ヤバいっ。
今、かえって余計なこと口走ったかも。
これ以上ボロが出る前に、俺は開始を宣言することにした。
「とにかくっ。真面目にやるさ、当然! 行くぞ、サーナ!」
俺は開始代わりに声を張り上げ、それからいつもの癖で、二本の光剣を軽く打ち鳴らした。
本当に単なる癖なのだが、全く同じタイミングで、サーナが光剣同士をぶつけて音を鳴らしたのには参った。
だから、そんなしょうもないことまで真似しなくてもっ。
「行きますっ! はぁあああああっ!!」
その刹那、裂帛の気合いが場内に満ちた。
「――おっとお」
こりゃ速いわー。
金髪をなびかせ、一呼吸の間に間合いに飛び込んできたぞ、この子っ。
目が真剣すぎるくらいに、真剣だ。さすがに、わざと負け作戦は失礼すぎるな。
こちらの喉元を、ブォンッと音を立ててよぎった光刃を見て、俺は心中で肩をすくめた。しかも、かわされたと見るや、今度はすかさず左手の光剣が跳ね上がり、斜め下方から俺の胴を斬り裂こうとする。
二本の光刃が、完全に連動していた。
襲い掛かった光刃は、しかしあいにく、俺の残像を斬り裂いたに留まった。
悪いが、スピードなら俺だってそうそう負けない。勝負の基本だしな。
最小限の動きで身を捌きつつ、俺は両手の光剣を振り下ろす。
避けるのと、光剣を振り上げるのが、ほぼ同時である。二筋の光刃が光の尾を引き、正確にサーナの頭上を襲う。
動体視力が並なら、多分、俺の身体が眼前から消失したように見えたはずだ。
しかし……さすがに皇帝アランが、その才能を認める少女だけのことはあった。まず目で追えないはずの俺の動きに、一瞬遅れたとはいえ、彼女はしっかり気付いたらしい。
「くっ」
呻くような声と、自分も光剣二本で頭をガードしようとしたのが、これまたほぼ同時だった。
まだ自分の身体が完全に俺と相対していないのに、無理な姿勢から見事に受けようとしたのだ。
両手の光剣をガードに使ったのは、多分、片手では受けきれずに力負けすると思ったと見える。
実際、その判断は正しい。
筋力では、俺と勝負にならないはずだ。
「だけど、警戒するのは光剣のみじゃない」
俺は光剣など放棄し、素早く身を沈めていた。




