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一話 タダヒタスラニ、アルク

 昨日は本当に突然の出来事だった。

 

 好きなライトノベルの新刊が出た為、隣町にある大きめの本屋に出向いた帰りである。

 

 後に異世界に飛ばされる少年、もとい、「いぬい あらた」は急いでいた。



「今回の新刊めっちゃくちゃ楽しみにしてたんだよな!早く家に帰らないと!」


 

 そんなことを呟きつつ、駆け足と徒歩との間くらいのスピードで家に向う。

 

 現在の時刻は九時半を回ったところ。

 

 なぜこんなに朝が早いのかというと、新の自分ルールである「新刊は開店直後に買う」を実行した為である。

 

 そして新刊の内容を想像しながら、ルンルン気分で歩き続けて家までの距離が三百メートルを切った頃、

新はお馴染みの裏道を使うために生い茂った林の中に入っていった。


 この林は私有地で、新もこの林を近道として使い始めた頃は、いつか土地の所有者に怒られるんじゃないかと、ビクビクしながら通っていたが、この間土地の所有者はもう遠くへ引っ越したらしいということを知り未だに無断で使い続けている。



「しかしいつまで経っても不気味だよなぁ、ここ」


 

 林の中は木が隙間なく生い茂り、手入れもされないまま放置されているので、太陽の光は殆ど通らず、歩いている道も新が何年もかけて踏み均した獣道だ。

 

 そして更に奥まで進んでいくと何故か林の中にポツンと西洋風の墓があり、そこに書かれている文字は解読不能で、やたらグネグネとした文字が刻まれているあたり、本当に気味が悪い。

 

 誰が建てたものかはもちろんだが全く分からず、ただ寂しそうに、木々に囲まれ光も当たらない場所に佇んでいる。

 

 そしてもうすぐその墓場前だ。

 

 墓場にはあまり視線をやらない様にしようと心に決め、墓場の前になったらダッシュ、これがこの裏道を使う時に気を付けなければならない、ただ一つのルールである。

 

 墓場が見えたらダッシュ、墓場が見えたらダッシュ、墓場が見えたら……と心の中で呪文のようにルールを唱えていると、所狭しと生えている木々の隙間から白い何かが見えた。

 

 墓場だ! と思い、そこから新は全力疾走する。



「うおおおおお! 墓場が見えたらダッシュぅー!」



 怖さを紛らわすため、大声で叫びながら走る。


 すると徐々に墓場との距離が近づいてゆく。


 よし、もうすぐすれ違える、がしかし油断は禁物だ! 墓石を見てはいけない! 


 墓石はもうほとんど眼前に迫ってきているが、新は決してそれに目線をやらず、一目散に駆け抜け……ることは出来なかった。


 あろうことか今まで踏み均してきた獣道から木の根が飛び出していたのだ。


 前を見て走っていれば気づくことは容易であったが、新は自分ルールを実行中だった為、その木の根に気付けず、思い切り転ぶ。


 ゴロゴロと勢いよく回転しながら墓場に向かって一直線に向かって行き、終にはその墓石に突進してしまった。



「いってぇ、何であんなところに根っこが生えてんだよ、クソッ」



 全身土塗れでフラフラと立ち上がり、未だに眩暈のする頭を押さえてぶつかった墓石を見る。


 すると墓石は相当ボロが来ていたのか、根元からボッキリ折れてしまっていて、草の上には地面に倒れたせいか石はバラバラに砕け散っていた。


 それを認識して途端に顔が青ざめる新。

 とんでもないことをやらかしてしまった、そう罪の意識が新を責める。



「い、いやでもそもそも木の根っこが飛び出てるのが悪かった訳であって、別に俺は何も悪いことしてないよな、そうだよな……」



 随分無理やりな言い訳を誰にするでもなく呟き、体中の土を叩き落としながらそそくさと新がその場を後にしようとした時それは起こった。


 墓石の手前にある、遺骨置き場の重そうな石の扉が開いたのだ、ゴゴゴと重そうな音を立てて……

 徐々に自分の身体から血の気が引いてゆくのが分かる。


 やばい、なんか怒らせたんだ……。

 そう思った途端、林の木々たちはザワザワと今までよりも激しく揺れ始め、本当に触れてはいけない場所に触れてしまった新に怒りをぶつけている様だ。

 

「や、やべ、早く逃げないと……」


 そして新が墓場から踵を返そうとしたその時、あることに気付く。


「え?あれ?俺の小説が無い!?」


 早くこの場を離れたい気持ちは山々だが、折角なけなしの金をはたいて買った小説をこの場に置いて行く訳にはいかない。

 新は手短に済まそうと、その場をキョロキョロ探すが一向に見当たらない。

 さらに言えばそうしている間にも木々のざわめきは強くなっていく一方で、太陽さえも顔を隠し始めてしまった。


「一体どこに行ったんだ、俺の小説は! 異世界にでも飛ばされたのか!」


 そんなありえないことを叫びながら、黙々と草の根を掻き分けながら探す新。

 しかしそんな努力も報われず、探し物の小説は全く見つかる様子が無い。


「まさかとは思うが……」


 そう言いながら今までずっと背を向けていた墓場へと目を向ける。

 そこには、落ちたら二度と戻って来れないであろう、漆黒の暗闇を孕んだあの穴があった。


「ここに落ちたんじゃねーよな? もしここなら……諦めよう」


 抜き足差し足でコソコソとその穴へ近づいていく。

 穴の両端に手を掛け落ちないように細心の注意を払って、


「よし! いくぞ!」


 と、大声を出して気合を入れてその闇の中を、覗いた……。


 その中は案の定真っ暗闇であり、地面が全く見えない。

 深さは相当のものだろう。

 しかし新はそれで良かった。

 本が無いのであればもう諦めて家へ帰るのみ、そう自分ルールを決めていたからだ。


「……無いな、帰ろう……」


 新は今度こそ帰ろうと、穴を覗き込むために前傾していた身体を起こそうと支えている腕に力を籠める。

 異変はその時起きた。

 新を支える穴の淵がバキバキッと音を立て始めたのだ。


「え、まじ? これちょっと絶望的じゃない!?」


 危機を察知し、崩れる前に上体を一気に起こそうと新は腕に今までよりも力を籠める。が、それは完璧に悪手だった。

 先程よりも勢いよく体重がかけられたその淵はガラガラとその形を石の破片と変え、勢いよく瓦解し、新共々その暗黒へ誘ったのだった……。


 あれからどれほどの時間が経ったのだろうか、土埃の苦しさで気絶していた新は目を覚ました。


「おいおい、こんなに距離あんのかよ……」


 自分が落ちてきた穴の入り口を見上げてぼやく。

 その入り口からは薄らと光が漏れているが、光が小さい。

 自分がその光から遠ざかる分、光は小さくなっていくんだから、大体今俺は最低十メートル程落下したんだな、と新は考える。

 しかし妙なことに新の身体には傷一つ無く、気絶したせいで記憶の断絶が少し見られる程度だ。


「身体が無事で良かったが、さてここからどう戻ろうか」


 天井にポカンと開いている穴から脱出できないのは自明であるが、しかしどうにかあそこから戻る方法は無いか、そう考えるが、一向にいい案は思いつかない。


「おーい! だれかいませんかー! 穴に落ちちゃったんですけどー!」


 大声で叫ぶが穴の向こう側からは返事は無いし、人が通る気配も無いし、そういう場所でもない。

 そうなるのは分かっていたがやはり少しずつ新の額に焦燥感で汗が浮かぶ。


「やっぱりこっちに進むしか、道は無いようだな……」


 そう言って振り向いた新の目に映ったのは暗闇。

 新を取り囲む四方のうち右手、左手、後ろには暗闇で分かりずらくはあるが、壁が見える。

 しかし、今相対している方向のみ壁の存在が無いのだ。

 

「詰まるところ、この先に進む以外に選択肢は無いと……」


 この状況は本当に詰んでいる。

 先へ進まないのならここで野垂れ死に一択だ。


「それは嫌だけど、進むのも嫌、というか怖いんだよな」


 ブツブツぼやきながら新は暗闇に身体を飲み込ませていく。

 しかし戻って来れなくなるのはもっと怖いので、左手で壁を触りながら一歩一歩慎重に進む。


「しっかし、本当に真っ暗だな、今頃家であのラノベ読んでる頃だってのに」


 そんな自分の愚痴で新はあることに気付いた。


「俺の本って結局どこ行ったんだ」


 そもそもこんな目に遭ったのは全部本を探していたせいだ。

 しかし楽観的な新は、外に放り投げたまま探しきれなかったんだろうと自分を納得させる。

 

 さて、どれくらい歩いたのだろう、足が疲れてきた。

 後ろを振り向けば、自分か出発した場所の光は疾うに視認できなくなっており、疲れたので引き返そうという気も失せる。

 しかしこの道は長い、長すぎる。

 あれから一時間以上は歩き続けているので、距離に換算すれば四、五キロは歩いているはずなのだ。

 もはや隣町へ行ける程であり、更に新を恐怖させるのはいつも生活している場所にそんな広大な地下があるということだった。


「はぁ、はぁ、そろそろ限界だ、一体どこまで続くんだこの道は……」


 そして数分の間歩き続けた新の目に衝撃の光景が映り込んだ。

 光である。

 まだ距離は遠く、小さい物であったが文字通り、希望の光だった。


「出口か!?」


 新は興奮し自然と駆け足になる。

 そしてとうとう光の下へ辿り着いた。

 走ってやってきた新は当然ながら息が上がっており、両手を膝について「ぜぇ、ぜぇ」と肺に酸素を取り込む。

 光は両開きのドアから漏れていたものだった。

 まるで暗闇を切り裂くように縦に入った光は眩い。

 その両のドアには豪華絢爛と言わざるを得ない程美しい装飾がされてあり、棒状の取っ手にはグルグルと渦を巻いて天へと向かう竜の姿の彫刻まで施してある。

 息を整えた新は、両側のドアの取っ手を握りしめ、力を込めて勢いよく開け放った。


 その景色は想像を絶した。

 空には目が痛いほどに燦々と輝く太陽に揺蕩う雲、爽やかな風に揺れる木々や芝生。

 そんな景色が何処までも続く美しい世界がある。


「なんで地下にこんな場所が……」


 そう思いふと後ろを振り向けば、今しがた通った筈のドアは無く、新の頭には理解不能としか考えられなかった。

 グルッと身体を回転させて見渡しても同じ風景が続くばかり、


「とりあえず歩こう」


 新はそう思ったのであった。


 



異世界へ突入するまで随分と長くなってしまい申し訳ありません。

次話からは色々話を進めていきます。

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