◆真夜中の来訪者◆
夢をみていた。
幸せな時間だった。
それはセレナにそっくりな少女と、ヴィヒトリにそっくりな青年の夢だった。
メアリは死の間際にも彼のことを想っていた。
ここで自分がいなくなっても、彼は幸せになれるだろうかと。
「……?」
頬を撫でる冷たい風で目が覚めた。
窓が開いたような気がして目を開けると、仮面をつけた少年が自分を見おろしていた。
「――」
驚いて声も出ない。
呆然と見上げていると、少年は首を傾げた。
「ねえセレナ、あなたは嘘をついてる」
少年、アロイスは笑った。
「あなたもあいつのことが好きなんでしょう?」
「……そんなことは」
「うそだ」
小さな金属音がして、少年はナイフを取り出す。
それに悲鳴をあげかけたが、アロイスはセレナではなく背後に向かってそれを投げた。
「――セレナ様から離れて」
そのナイフを短刀で弾き飛ばしたのは、ドロシーだった。
「邪魔しないでよ。殺されたいの?」
アロイスの言葉にドロシーは笑う。
「ここで死んだとしても、時間稼ぎくらいはできます」
「じゃあ、死ね」
アロイスは指の間に三本のナイフをはさみ、ドロシーに切りかかる。
彼女は避けたが、アロイスは靴に仕込んだナイフでドロシーの腕を切る。
「!」
深く斬られたのか鮮血が飛び散って、セレナは引きつった声をあげた。
「待ってください! あなたの望みはなんですか、私を殺すことですか」
「平気ですセレナ様! だからどうか、その者の言葉に耳を傾けないでください!」
ドロシーはそう言うが、アロイスはその一瞬の隙に、容赦なく彼女にサプレッサーつきの銃を向けて発砲する。
「っぐ」
ドロシーの肩を掠めた銃弾。
さらにアロイスはドロシーの側頭部から蹴り飛ばし、彼女を気絶させた。
それでも終わらずドロシーにとどめを刺そうとしているのが分かる。
「ころさ、ないでください」
セレナはふらふらとベッドから降りて、アロイスの服を掴んだ。
「私を殺したいのなら、殺されますから。その人だけはやめてください」
「……それって、なんでもしてくれるってこと?」
アロイスは無邪気な声でそう尋ねた。
「あなたの言うことに従います」
「そう。じゃあ、僕と一緒に来てよ。
今度はあいつじゃなくて、僕の手をとって」
ドロシーの言葉通り、複数の足音が近づいてきているが。
もしここでセレナが彼の手をとらなければ、すぐにでもドロシーは殺されてしまうだろう。
それに……。
(これ以上ここに居るのは、つらいです)
ドロシーに大けがをさせてしまったのもあるし、メアリに重ねられる日々もつらい。
「嬉しいな。セレナ、ありがとう」
そう言って仮面を外した彼は――。
「……え?」
庭師のケント=ヴァリラだった。
◇◇◇
その頃、セレナの義妹、アデリーナは怒りに身を震わせていた。
深夜訪れたアムレアン伯爵家。
ようやく憧れだった伯爵があの愚かな姉ではなく、自分を選んでくれたのかと思ったのだが。
「君は脅しているつもりかもしれないが、こちらも君の派手な生活に関していくらかのことを知っている。どちらが不利かくらいは分かるだろう」
姉を幽閉していることをばらすと言った。
そうすればヴィヒトリはアデリーナの言うことに従わざるをえないだろうと。
けれど。
「子爵令嬢を自害にまで追い込もうとした陰湿ないじめ、思わぬヒーローの登場によって失敗したようだけどね。それに、複数の男と爛れた関係にあったようだね」
ここでヴィヒトリはにこりと微笑んだ。
「君を恨んでいる人間は大勢居る」
「……どこまで知って……!」
「君が何を望んでいるのかは分かるが、君に味方する者はいない。一人もね」
「――」
「分かったら二度と顔を見せないでくれ、私は個人的に君のような人間を好かないし……それなりに忙しいものでね」
屋敷が騒がしくなったことにヴィヒトリは気づいていた。
何かがあった。
そしてこんな深夜に起きることだ、ろくなことではない。
特に、アロイスに関係することであったなら。
「私が。私が前にあなたの妻であった者でも?」
アデリーナの言葉にヴィヒトリは笑った。
「はは、そうだったね。私の愛する人を殺して奪い取った地位だったろう? それでも君にとっては居心地がよかったかい?」
「ええ、それはもう」
怒りに染まった瞳で睨みつけるアデリーナに、ヴィヒトリは笑顔のままだ。
「そうか。前世で君の最期は毒殺だったね、そういえば。それを誰がけしかけたのか君は知らずに逝ってしまったが。教えてあげようか?」
「……なんですって?」
ヴィヒトリの言葉を理解できずにいるアデリーナに、彼は綺麗な笑みを浮かべた。
「君の夫だった男が、君を殺すように命じたんだよ」
アデリーナは目を見開いた。
「意味が分かったなら、二度と私の前に現れないでくれ」
それは、限りなく無感情な声だった。