◆迷い 後編◆
(あんまりです)
とぼとぼと部屋に戻ってきたセレナは、崩れるようにソファに座り唇を指でおさえる。
誰かの面影を重ねて見られることはもちろん嫌だ。
けれど勘違いしそうになってしまう自分はもっと嫌だ。
「セレナ様?」
ふと、窓の外から声がかかった。
顔をあげると庭師のケントがきょとんとセレナを見つめている。
「どうしたの? 泣いてる」
「――こ、これはっ、その」
言えるわけがない。
「旦那様と何かあった?」
「ち、ちが、います」
こんな態度ではそうだと言っているようなものだ。
ケントは「ちょっと待って」と言うと、何かを手にセレナを呼んだ。
「セレナ様、こっち来れる?」
「? はい」
近づくと、白い小さな花を手渡された。
「わあ! きれいですね!」
すさんだ心が和む。
「よかった、笑ってくれて」
「え、あ……」
無意識に笑っていたことに気づいて、少し恥ずかしくなる。
「ねえ、セレナ様は旦那様が嫌い?」
「え? いえ、そういうわけでは……」
「じゃあ、好き?」
ケントの問いはセレナにとってむごいものだった。
「……良い人だとは、思いますよ」
視線をそらしたセレナをじっと見つめて、ケントは少し間をあけて笑った。
「……そっか、なら、よかった」
綺麗な緑色の瞳が細まって、それを猫のようだとセレナは思った。
「花くらいで笑ってくれるなら、毎日セレナ様に花を届けてあげるよ」
「いえ、これで充分です。ありがとう、ケントさん」
小さな贈り物が心から嬉しかった。
「ケントさんはここに住み込みで働いているのですか?」
セレナの問いに、ケントは頷く。
「うん、俺、両親も家族もいないから」
「いない、って……」
「殺されちゃったんだよね、助かったのは俺だけ。その時のことはよく覚えていないんだけど」
「――すみません」
謝るセレナにケントは笑って首を横に振った。
「ううん、平気だよ。俺は何も覚えてないんだし」
今後ケントと話す時には気をつけようと、セレナは考えた。