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◆闇に住む者 後編◆

 セレナはドロシーと共に部屋に戻ったが、どうしても疑心から抜けだせず一人で雨上がりの裏庭へ出た。

(んー……何か、といっても、私にいったい何が?)

 なにかを考えるには外の空気を吸うのが一番だ。

 夕日がさしはじめた裏庭を歩きながら思案していると、声がした。


「むかしむかし」

「っ⁉」

 驚いて周囲を見回すが、誰もいない。

「とても不幸な王子様がいました」

 声は少年のものだが、姿は見えない。

「王子には愛する女性がおり、婚約し、結婚を待つばかり。しかし、その女性は権力に目がくらんだ別の女によって殺されてしまいます」

 背後から伸びてきた手がセレナの口をふさぎ、もう片方の手が体を後ろから抱きしめる。

 細い腕なのに、力は強くふりほどけない。

「王子は嘆き、けれど、死ぬことも許されないまま、愛するひとを殺した女と結婚しましたとさ」

「――」

 悲鳴がひっこんだところでぱっと手を放される。

「あ、なたは」

 そこに居たのは、黒い服に身を包み、顔に仮面をした少年だった。

 一瞬、夢の中なのかと疑ってしまう。


「ねえセレナ? あの男が好き?」

 突然そう尋ねられて、混乱する頭をなんとかおちつけて状況を理解しようとする。

「あの男が見ているのは君じゃない。君が思っていることは正しい」

「――どういうことです」

 ちょうど悩んでいたことで、答えが出ずにいたことだったので、セレナは人を呼ぶよりも少年の言葉を聞くことにした。

「君はその王子様の妻になるはずだったメアリという女性の生まれ変わりなんだよ、少しは残ってるんだろう? 昔の記憶、記録、だって君の仕草はメアリと同じだから」

「……そういうことです、か」

 ヴィヒトリは幼いころの記憶がないと言っていたが、それはきっと半分くらい嘘なのだろう。


 セレナのように断片的に記憶があるのではなく、彼はそのまま、過去に彼であった人、ということだろう。

「姿もまるで生き写しだ。僕もよく知っているよ、メアリ、ううん、今は、セレナ」

「……あなたは、私を殺した人でしょうか」

 セレナのほうこそ、この少年には見覚えがある。

「そうだよ。セレナ、あなたが悪かったんだ。あなたが、あいつのことを本当に愛してしまうから。そうでなければ耐えることだってできたのに」


 ということは今、ヴィヒトリのことを好きだと言えば殺されていたのかもしれないと察する。

「ねえ、今は?」

 再度問いかけられる。

「ヴィヒトリ様はとても良い方です」

 少なくとも今のセレナにとっては。

「ですがそういった感情はありません」

 それを聞くと、少年が笑う気配があった。

「そう、そうか。よかった。セレナ、あなたのことも殺さなきゃいけないかと思ったんだ」


 そんなに幸せそうな声で、そんなに物騒なことを言わないでほしい。

 口を開きかけたとき、よく聞きなれた声がそれを遮った。

「残念だな。私は君のことを心から愛しているのにね」

「!」

 驚いてそちらに顔を向けると、銃口を少年に向けたヴィヒトリが屋敷に続く扉の前に居た。

 その顔は無表情で、声音ほど悲しんでもいなければ、何も感じていないように見える。

「こちらへおいで、セレナ」

 けれどセレナに声をかけるとき、彼はとても綺麗に微笑んだ。

 少しだけ彼の違和感の謎がとけたような気がする、もともとは今よりもっと身分の高い人物だったのだ。


「その拳銃をおろしていただけるのなら」

 セレナの言葉にヴィヒトリは眉を寄せ、首を横に振る。

「セレナ」

 低く冷たい声だった。

 胃が冷たくなるような威圧感ではあったが、セレナはなんとかもちこたえる。

 きっとヴィヒトリのほうへ行けば、彼は少年を撃つだろう、脅しには見えない。

(誰かが死ぬのは、いやです)


「セレナ、かわいそうに。その男はひどい奴だよ、君がかわいそうだから、今は僕がひいてあげる」

 背後で少年の気配が動き、振り返るとそこにはもう誰もいなかった。

 なんて素早いのだろうと感心していると、腕を強い力でつかまれた。

「悪い子だね、セレナ」

 ヴィヒトリは微笑んでいるが、瞳は笑っていない。

 底知れない冷たさにセレナはわずかにあとずさる。

 それでもなんとか、震える声を絞り出した。

「命は、そんなに簡単に奪っていいものではありません」

「……あの少年は君を殺したのに?」

「その人は、今の私ではありませんから」

「そう」

 ヴィヒトリは瞳を閉じて拳銃をしまい、あいた手でセレナの腰を抱き寄せる。

 そして抵抗する間も与えず唇にキスをした。

「――!」

驚くセレナからすぐに離れて、ヴィヒトリは微笑む。


「君は昔からあの少年に甘いような気がしてね、やきもちだよ」

「な、なっ」

 突然のことに思考が追いつかずにいる。

「もしかして、彼のことが好きなのかい?」

「何をおっしゃっているんです! というか、何をなさるんです!」

 顔を真っ赤にして怒るセレナに、ヴィヒトリは楽しげに笑っている。

「も、もうっ、お嫁にいけません……」

「キスくらいでそんなに落ち込むなんて、セレナは純粋だね」

「……あなたは慣れていらっしゃるのですね!」

 分かっていたことだが、セレナとしては納得がいかない。

「それと、聞き捨てならなかったのだが、どこかへ嫁ぐ予定があるのかい?」

(そもそも、あなたが見ているのは私ではないのでしょうに)

 セレナの前に生きていた……メアリという人物だ。


「あなたには関係ありません」

 冷静さを取り戻し、つんと顔をそむけて言う。

「そうか。なら調べさせよう」

「ちょっと待ってください、やめてください!」

 これ以上クロヴェル家の暗闇を荒らさないでほしいところだ。

「セレナ?」

 名を呼ばれ、頤を掴まれて無理やり顔をあわせる状態で、ヴィヒトリは薄く瞳を開いて首を傾げた。

「私は冗談で言っているつもりはないよ、もし君に想い人がいるのなら……いつのまにか居なくなってしまうかもしれないね」

「いません。本当に、いませんから」

 ぞっとしない話だ。

 この人なら本当にやりかねない。

 なので正直に言っておく。


(違和感の正体も分かりましたけれど、これは、どうやってここから出ましょうね)

 ヴィヒトリはきっと、今のセレナを好いているわけではない。

 メアリの面影を重ねているだけだ。

 だが、同時に彼はセレナを手放すつもりがないように思える。

(ここにきて窮地に気づいてしまいました)

 形見である手鏡のこともあるし、これからどうするかと、セレナは途方にくれた。

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