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◆ロイド◆

 アウェンミュラー公爵家は、煌びやかで豪奢な邸宅だった。

 ヴィヒトリは優雅に、公爵家の一人娘であるジュディ=アウェンミュラーの手を取る。

 茜色の長い髪に、宝石のような紫色の瞳を持つ美少女だった。

 その姿に胸が痛むのを堪えて、セレナが顔をそむけたときだった。

「ようこそ、セレナ嬢」

 茜色の髪に、紫色の瞳を持つ青年。

 以前、道を案内したときとは別人のような、まるで王子様のような姿。

 彼がロイド=アウェンミュラー、セレナをここへ招待した人だ。

「お招き頂き光栄です、ロイド様」

 貴族の礼をとると、彼はセレナの手をとって口づけをした。

「こちらこそ、正式な形であなたに会えてうれしいよ」


 舞踏会、とはいっても、その実これは貴族同士のお見合いの場でもある。

 すでに婚約しているヴィヒトリがジュディと踊るのを興味深そうに眺めている人々も居る一方、いままで社交界に出てきたこともない、それも男爵家の出身であるセレナがロイドと踊るのは、さらに好奇の視線にさらされていた。

(う……なんとか耐えしのぎませんと)

 ダンスは問題ない、問題は心が耐えきれないことだ。

 ふと、ロイドが耳元で囁いた。

「あなたは特殊な育ちだと聞いていたが、誰にダンスを?」

 その質問に内心冷や汗をかいていた。

 ロイドの場合、彼にあわせていればうまく踊れる、だが、セレナ自身もダンスに慣れている、それに彼は違和感を覚えたのだろう。

「これも伯爵に?」

 息を吹き込むように囁かれて、セレナは声を零しそうになるのを必死にこらえていた。

 くすぐったい。

「そ、そう、です」

 ロイドの問いに対する答えを悩み、結局うまい言い訳がそれくらいしかないと頷いた。

 まさか前世の記憶があるからとは言えない。

 もう少し、へたにふるまっておくべきだっただろうかと後悔をした。


「妬けてしまうな、君と出逢ったのが伯爵でなく私だったなら」

 耳元で囁くのはやめてほしい、くすぐったさと恥ずかしさで頬が熱くなる。

 そしてそんな囁きを聞き取ったのか、傍で踊っていた令嬢がヒールをひっかけてくるのを避ける。

 これくらいはお手の物だ。

「やはり手慣れているね」

「そんなこと、ありませんよ」

 ふふふ、と笑顔をはりつけて乗り切る。

「ところで、セレナ嬢、しばらく我が屋敷に泊まっていかないか?」

「……い、いえ、私」

 なんとか断ろう、そう思ったのだが。

 その時のロイドの声音は、先ほどまでの甘ったるいだけのものとは違った。

「……セレナ嬢、忘れないでほしい。婚約者の汚名はそのまま、彼にもふりかかることを」

「っ」

 金色の目を見開くセレナに、彼は身分相応に冷たく笑った。

「どうだろう? 私の提案を受け入れてくれるかな」

「――……」

 セレナからは断れないことだった。

 もしヴィヒトリが傍に居たなら、うまくかわせたのかもしれないが。

 この時、この場所では、頷くことしかできなかった。


 そんなセレナを少し離れたところから見ていたヴィヒトリは、眉を寄せた。

 あぁ、なにか吹きこまれたな、と。

 それにジュディも重い息を吐く。

「……お兄様ったら、呆れるわ。ごめんなさい伯爵、何もないようにわたくしが見張っておきますから」

「お優しいのですね、ジュディ様」

「伯爵こそ。愛する人が権力の横暴をもって別の男に奪われているのに、その妹と丁寧に踊ってくださるのですもの、優しいですわ」

 だから勘違いしてしまうコが多いのだけどね、と心の中で彼女は付け足した。

「ロイド様は本気でセレナを求めているのでしょうか?」

 本気だろうと分かってはいる、だが近況を知ろうとあえてジュディに問うと彼女は、それはもう、と頷いた。

「ええ、柔和な雰囲気がいいだとか、ころころ変わる表情が愛らしいだとか……しまいにどこかなつかしいだとか言い出して」

「……ほう? それは興味深い」

 なつかしいというその言葉に、ヴィヒトリは思いあたる人物がいた。

 そういえば、彼もあんな見た目をしていた気がする。

 そして女遊びのひどい男だった。

 それでも一人、メアリにだけ本気であった。

 あの時はヴィヒトリのほうが立場が上で、彼のほうが下だったが、今は逆転している。

(これは……厄介なことになったな……)

 ヴィヒトリは、心を占める憂鬱を決して表にはださなかった。




 舞踏会が終わっても、セレナは戻ってこなかった。

 かわりに、体調がすぐれないのでロイドの意思で今日はアウェンミュラー邸に泊まる、とだけ執事が伝えに来た。

 抗議しても無駄だろう、余分にほかの貴族たちの目につくだけだ。

 それにヴィヒトリは盛大に眉を寄せた。

 ようするに、ヴィヒトリが以前したことをなぞっているわけだ。

(もしセレナに何かあれば、殺そう)

 だが、セレナを傷つけたくはない。

 思案していると、背後でうっすらとした気配が動いた。

「僕も見張っていてあげてもいいよ、伯爵サマ。セレナのためにね」

「アロイスか」

 周囲の人々は一切気づいていないが、暗闇の中に、たしかに居る。

「……君がセレナのために、というのなら、好きにするといい」

「素直にお願いしますって任せてくれればいいのに、執念深い伯爵サマだなぁ……あぁでも、そんなふうに言われたら気持ち悪くて殺すかも。あ、でもセレナが悲しむのはいやだなぁ」

 また煩わしい者が増えたと、ヴィヒトリは頭痛を感じて額をおさえた。

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