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◆公爵様と公爵令嬢◆

「くっ……警戒しているなヴィヒトリ」

 アウェンミュラー公爵家にて、茜色の髪をした青年、ロイドは失礼なく、セレナには会わせないという文面の手紙を握りつぶした。

「だってお兄様、本当に下心があるんでしょう?

 あのヴィヒトリ様が自分から妻になんて人、横取りしようとすれば警戒されて当然よ」

 それを眺めていたロイドの妹、ジュディはため息を吐いた。

 兄と同じ茜色の長い髪がすらりと流れる。

「わたくしだって長年の片思いに敗れて傷心なのを堪えているのに、お兄様に至っては横取りしようなんて、呆れるわ」

「片思い? 誰にだ?」

 ロイドの問いに、ジュディはさらに盛大なため息を吐く。

「ヴィヒトリ様にあこがれていたコは多いのよ。まぁ、わたくしのは恋っていうより、憧れみたいなものだったけど」

「……諦めなければいいだろうに、おまえには地位がある」

「いやねお兄様、どうせ結婚するなら愛のあるものがいいわ。あの方はわたくしを愛してはくれないわよ、大切にはしてくれてもね。

 それはお兄様だって同じこと、想う人が居る方にちょっかいなんてだしても、大やけどするのはお兄様のほうよ」

「……む」

 眉を寄せたロイドに、ジュディは考えるような仕草をする。


「んー、まぁでも、お兄様が誰かに熱をあげるなんて初めてのことだし、手伝えることがあれば手伝ってあげてもよくってよ。

 ただ、最初に言ったとおり、わたくしは勧めないわ」

 同時にジュディは思う、この兄はその大やけどをしなければわからないのではないか、そうしなければ、兄はもっと不幸になってしまう。

 べつに可能性はゼロではないのだし、とも考えた。

 そのセレナという女性が兄を好きにならないとも限らない。

(それにしても、男爵家じゃあ、お兄様にはとてもつりあわないのだけど……というか、公爵家に入ることより伯爵家を選ぼうとしている時点で、もう答えでちゃってるのかしら?)

 しかし、なるようにしかならないとジュディは兄に視線を戻す。

「ところでお兄様、その女性のなにがそんなによろしかったの?」

「あぁ、私に媚びなかったのは身分を知らなかったからかもしれないが、柔和な雰囲気がとても落ちつくんだ、表情もころころ変わって愛らしかった。それと……なぜか少し、なつかしいんだ」

「あらそ」

 これは言ってもだめね、とジュディは扇で口もとを隠す。


(つれない伯爵様も、さすがに愛する人のこととなったらいつもと違う顔を見せてくれるかもしれないし。

 ……とは言っても、お兄様のことだから、手をだそうなんてしたらひっぱたくしかないわね)

 手伝えることは手伝う、だがジュディにはジュディの考えがある。

 彼女はいつでも臨機応変だ。


 ◇◇◇


 その日届いたのは、公爵家から舞踏会への招待状だった。

 ヴィヒトリにはとても申し訳ないが、妹がどうしてもとせがむので相手役を任せたいという旨も。

 セレナのことはロイドに任せてほしい、とも。

 それをヴィヒトリはひどく冷たい表情で眺めていた。

 こんなもの、公の場でやらされれば、ほかの貴族たちが面白がって便乗してくるのが目に見えている。

 べつに、ジュディをエスコートするのはまだいい、ただセレナを巻き込むことだけは気に入らないを通り越して怒りを感じる。

「どうしましょう、旦那様」

 マルクスの問いに、彼は不機嫌そうなまま口を開く。

「そもそも、ジュディ様はあの遊びしか知らない兄と違ってきちんとした恋愛の経験が豊富なはずだ、どう考えてもそんな駄々をこねるはずがない、嘘だ」

 ジュディとはよく話すことがあったが、彼女はヴィヒトリに憧れこそ抱けど、他の令嬢と違って熱をあげることはなかった。

 それは、彼女が聡明であるがゆえに、愛されることはないと悟っていたからだろう。

 そして愛のない結婚を望まない誠実さがある女性だ、兄と違って。

「会わせないなら引っ張りだそうというんだろう」

 正直、セレナをあまり貴族の世界にひきだしたくはなかった。

 彼女はメアリの記憶もあってきっとうまくやれるだろうが、あのうぶな反応に興味本位で近づいてくる男は多いだろう。

 見目もよいし、婚約しているとはいえこれ以上悪い虫をくっつけたくはなかった。

 この世には人妻だろうが構わず言い寄ってくる輩もいるのだから。

 それこそどこぞの公爵のように。


「……あんな、遊びでしかつきあえないような男をセレナに近づけたくはないが、今回ばかりは打つ手がないな、どうせ体調が悪いと断れば見舞いに来ると言いだすだろう。というより、何をしても何かしら返してくるだろう」

 ロイドは地位と容姿のために女性に好かれる。

 それは欲に眩んだものなのだから、ロイドが悪いとは言わないが、彼は本気で誰かとつきあったりはしない。

 一夜の遊びだけだ。

 だから余計に、セレナのように純粋な少女に惹かれたのかもしれないが、ひとの婚約者を奪い取ろうとはいい度胸だと思う。

 もっとも、仮にロイドがセレナを幸せにするとしても、ヴィヒトリは決して譲るつもりはない。


「……あの」

 控えめなノックの音が響いて、セレナが顔をのぞかせる。

 ヴィヒトリはずいぶん前から気づいていたが、マルクスは驚いていた。

「立ち聞きなんて、いけないことをするね、セレナ」

「だ、だって……気になってしまって。あの、なにかあったのですか?」

 セレナの問いに、ヴィヒトリは困ったような顔で答えた。

「……アウェンミュラー公爵家から舞踏会への招待だ、私に彼の妹君にあたるジュディ様のエスコートを頼みたい、と。

 そして、君のエスコートは……ロイド様がなさるとね」

「――」

 セレナは固まっていた。

 ヴィヒトリがほかの誰かをエスコートするのはもちろん、しようがないとはいえすこし妬いてしまう。

 だが、同時にセレナはセレナで公爵にエスコートをしてもらうということだろうか。

 正直、欠席したい。

 だが、それが許されないことくらいはセレナも分かっている。

 それに、セレナに関わる問題なのだ。この機を逃れても、ヴィヒトリの言う通りいつまでも解決しない。


「わ、かりました。せいいっぱい……つとめます」

 しかし、ヴィヒトリはじっとセレナを見つめて首を傾げた。

 その仕草に、セレナも疑問を抱く。

「……君は嫌がらないんだね、私がほかの女性と過ごすことも……君が私以外の男と過ごさなければならないことも」

「い、意地悪なことを言わないでください! 私、どんな気持ちで……」

「君が妬いてくれたら嬉しかったのに、と思ったんだ」

 小さく笑ってそう告げるヴィヒトリに、セレナは頬をふくらませた。

「……いじわるです」

 妬いていないわけがないのに。

 きっとそれも見通して言っているし、態度にだせとは、やはり意地悪だ。

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