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◆エンディング:今に求める幸福◆

 ドロシーの傷はまだ治りきっていないが、もう動けると彼女はセレナの世話係に戻った。

 セレナが無理をするなと何度言っても、ドロシーは聞かない。


 そして、アロイスは……。

「どうして僕を助けたの」

 ベッドで上半身だけ起こし、傷だらけの体でセレナにそう問いかける。

 その顔半分は包帯でおおわれていて、痛々しい。

「あなたのためでもあります。けれどヴィヒトリ様のためでもあります」

「……生かしておいて、僕が君やあいつの言うことを聞くとでも?

 またいつ君を殺そうとするかわからないよ」

「……しませんよね? だって、そうするつもりであったなら、どうしてヴィヒトリ様がやって来たとき、まっさきに私を殺さなかったのです?」

 あなたならできたでしょう、セレナの問いにアロイスは眉を寄せた。

「……僕には、好きな人の幸せを願うことなんてできない。できなかったし、きっと今もできない」

 アロイスは続ける。

「だけど僕が好きなのはメアリで、セレナじゃないから、君を殺してもしょうがないのは分かった、つもり。似てないし、セレナは」

「……さようですか」

 ヴィヒトリにも言われたが、それではまるでセレナがメアリと比較にならない野蛮人かなにかのようだ。


「あぁ、でも、わからない。僕は、君をどう思っているのか、自分でもわからないんだ。

 わからないから、今は少なくとも殺さない。

 だけど……君も僕を助けてくれたから、君のために働いてあげてもいい」

「? ケントさんとしてということですか?」

 セレナの問いにアロイスは首を横に振る。

「あんな脆弱な人間になにができるっていうの? 僕が、僕として君のために働いてあげるって言ってるの」

「……でも、私、誰かが怪我をするのは嫌です」

 アロイスに依頼できることは、セレナにはない。


「守ってあげるだけだよ、普段はケントとしているし。ドロシー? だっけ? あんなのだけじゃ、とても頼りない。

 メアリがしてくれたように、君も命を助けてくれたから、僕も同じように君の命を守る」

 そう言ってアロイスはうっすら微笑んだ。




 アロイスの居る部屋から出ると、壁に背を預けて待っていたヴィヒトリと会った。

「待っていらっしゃったのですか?」

 セレナの問いに、ヴィヒトリは不機嫌そうに言う。

「……君はあいつに甘すぎる」

「盗み聞きなんて、よくありませんよ」

「私はアロイスを殺さないだけで、決して許したわけではないからね」

 歩き出すヴィヒトリを追いかけて、セレナも隣に並ぶ。

「……ありがとうございます、ヴィヒトリ様」

 そう言って微笑むと、彼は困ったように笑って言う。

「……セレナ、君に大事な話があるんだ」

「? なんでしょう」

 左手の上に、小さな箱が置かれた。

 不思議に思い、開けてみるとそれは指輪だった。

「私と結婚してくれないか」

「……」

 思考が停止し、ヴィヒトリを見あげ、そしてセレナは……。


「わ、たし、貴族として過ごしてきた時間なんて、ほとんど……ありませんよ? あなたにつりあう女性では、ないのですよ?」

「そんなことはいい、君が望んでくれるのかどうかを聞きたい」

 ヴィヒトリの言葉に、セレナは耳まで真っ赤にしてうつむいた。

「――っ、受け取らせて頂きます」

「……よかった」

 安心したように笑って、ヴィヒトリはセレナの頬に手を伸ばすと額にキスをした。




 ……。


 初めてセレナに興味を持ったのは、メアリに重ねていたからだ。

 だが、セレナがそうであるように、ヴィヒトリもまた以前の彼とまったく同じではない。

 メアリはもうどこにもいない、それを誰より理解していたのは過去の彼自身、そして今のヴィヒトリにとってもそれは同じだ。

 今を生きているヴィヒトリは、セレナという人を愛おしいと思った。

 彼女が傍に居てくれるなら、復讐を投げ出してもいいと思えるほどに。

 それくらい、セレナという少女を愛していた。

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