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◆招待状◆

 ばしゃりと音を立てて、少女のぼろぼろの服を紅茶が濡らす。

「あらごめんなさい姉さん、手がすべりましたわ」

 義妹の言葉に、少女は何も答えなかった。

「でもよかったですわね、そんなぼろ雑巾みたいな服でもおしゃれに見えてよ」

「……そうですか」

 それだけ言うと、少女はさっさとこぼれた紅茶の後始末にかかる。


「姉さん、今日も頑張ってきてちょうだいよ」

「分かっています」

 姉と呼ばれる少女、セレナ=クロヴェルはは小さなため息を吐いたのだった。


 ◇◇◇


 数時間後の市場、通りかかる馬車の中。

 金髪碧眼の青年は外を眺めていたが、ふと市場で林檎を売っている少女に目をとめる。

 燃えるような赤い長髪を一つに束ねた、金色の瞳を持つ少女だった。

「彼女は――」

「おや? あれは……いえ、まさか、ありえませんな」

 老齢の執事の声に青年は視線を彼に移す。

「知り合いか?」

「いえ、クロヴェル男爵家のご令嬢によく似ていらっしゃると思ったのです」

「クロヴェル? アデリーナ嬢のことか?

 とても彼女のようには見えないが」

 それに執事は首を横に振る。


「いいえ、アデリーナ様には姉上様がいらっしゃるのです、前妻のご息女ゆえ、ひどく虐げられているという噂もありますが」

「見たことがない」

「それはそうでしょう、セレナ様は一度も社交界に出られたことがありません。

 私も幼いころにお会いしたのが最後です」

「……それは、ぜひ会ってみたいものだ」


 主人の言葉に執事は目をしばたく。

「めずらしいですね、旦那様」

「少し興味があるだけだよ」

 青年は遠ざかる市場を横目に、小さく笑った。



 ◇◇◇



「っ……疲れ、ましたね」

 セレナは一日の仕事を終え、本邸から離れたところにある小屋で小さな鏡を見た。

 燃えるような赤い長髪に金色の目。

 母親譲りのこの色を現在の奥方は毛嫌いし、その娘であるアデリーナも継母と同じように意地悪をする。


 けれど、誰にも話したことはないし、セレナ自身もにわかには信じられないことだが。

 おそらく前世、過去生と呼ばれるものの記憶が部分的にあり、二人の意地悪はセレナにとってたいしたことではなかった。

 前世も似たような境遇で、今よりもっと陰惨ないじめを受けていた。

(あの頃に比べましたら、このくらいはまだよいものです)


 なんて考えていたら、外がずいぶん騒がしい。

 こんな夜更けにいったいどうしたのかとセレナが外を覗こうとしたとき、顔を真っ赤にした継母が小屋のドアを壊さんばかりの勢いで入って来た。


「セレナ! いったいこれはどういうことです! 説明なさい!」

「はい?」

「ですから、なぜあなたがアムレアン伯爵家に招待されたのかということです、アデリーナではなく、あなたが!

 いったいどんな手を使ったの? さては街で働いているふりをして、周囲に被害者面をしてまわったのね!」

「アムレアン伯爵家? それこそ、なんのことです?」


 少しばかり思い出せるのは、母が生きていた頃に一度や二度くらいお邪魔したことがあったような……なかったような。

 セレナの問いに継母は怒りながら説明をした。


 先方は義妹のアデリーナではなく、セレナを屋敷に招待したいのだという。

 そもそもどうしてセレナにきているのか。

 それは継母ではなくセレナのほうが聞きたいことだった。


 ともあれアデリーナにとってあるいは我がクロヴェル家にとって素晴らしいチャンスだと、考え直したのか継母は勇んでドレスの準備を始めたようだった。


 しかしセレナはといえば。

「……私、だいじょうぶでしょうか」

 困っている。

(手だって毎日の仕事で荒れていますし、肌もあまり綺麗であるとは言えませんのに)

 けれど断ろうなんてありえない、と継母を見ていて確信する。

(こうなったら、なんとかするしかありませんね)


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