片想い
高校二年生のわたしは、ずっと気になっていた人を呼び出して、想いを伝えようとしていた。
「あなたのことが、好きです。もし良かったらわたしと付き合ってください。」
夕陽の沈む街、高校の屋上で勇気を振り絞って言った。結果はわかっていたけれど、わかっていたんだけど。
「あんな奴のことなんか、どうでもいいじゃん。」
友達の声が、心に刺さる。どんな剣よりも深く、傷を抉っていく。その傷は見えない。だけど、わたしにとっては宇宙よりも大きい傷だ。
「唯香、フラれちゃったんだ...」
「うん。まあ、最初からこうなることはわかっていたけどね。でも、こうなるってわかるなら告らなきゃ良かった。」
「大地はサバサバしてるからね。顔、上げなよ。」
「美咲はそんな簡単に言うけどさ、わたしは一世一代の挑戦のつもりで言ったんだから。」
「やっぱり、あんたも女の子だよね。何時までも引きずってる。」
「今はそっとしといてくれない?ハッキリ言って、うるさい。」
「ごめん。じゃあ、また明日ね。」
いつも通っている湖畔を美咲は駆け抜けていく。わたしはいつもと違う大通りから帰った。目には溢れそうな涙がボロボロの心を刺激しながら。いろんな人が見ているところで、泣くわけにはいかない。必死に我慢した。滴り落ちる汗に目もくれず、いつもとは違う景色を通り過ぎていった。家に辿り着くまであと800mというところで、雨が降り始めた。今のわたしにとって、間違いなく悲しみの雨だ。溢れそうな涙を、この雨が代弁している。希望なんて、バカバカしい。愛なんて、リアルじゃない。恋なんて、わたしには似合わない。折角一歩を踏み出そうとしたのに、フラれてしまった。そのショックで、わたしはわたしじゃなくなっていた。
「死ねばいいのに、あいつ。」
思ってもない言葉が出てしまった。人として、最悪な言葉を言ってしまった。消えてしまっていいのは、わたしじゃないの?雨宿りをしようとも思わず、ずぶ濡れのままでペダルを漕ぎ続けた。
「あの公園を突っ切れば、ショートカット出来るな。」
今まで一回も入ったことのないあそこの公園を通れば、もうあの坂道を下るだけ。一刻も早く心をリフレッシュしたい。落ち着かせたい。より一層、強くペダルを漕ぎ始めた。だけど、その思いはもうわたしではなく、自転車の限界を超えてしまっていた。ぬかるみにタイヤが滑り、これまで漕いでいたペダルから足は離れ、泥に全身が浸かっていく。鞄にホンの少しだけ空いていた隙間から、大切にしていたスマホが落ちていった。制服に泥水が染み込み、とにかく気持ち悪い。何回か転がって、仰向けになって止まった。
空だ...今は曇っているけれど、いつもは限りなき光をわたしたちに与えてくれる。光が背中をそっと押してくれるからこそ、わたしは生きていける。光があるから、ネガティヴな感情、すなわち闇が生まれるのだ。いつもは止まって見える雲が今日は動いて見える。あっという間に土砂降りだった雨が止んでいき、希望の虹が架かり始めた。生まれてから、何回も見たことのある虹。幾多の電線が絡まったその隙間から見える今日の虹は、人生で一番美しく見える。そして、雨風でその使命を終えた紅葉が顔に落ちてきた。今年も、秋か...
「唯香!どうしたの!?」
「美咲...」
美咲が心配そうにわたしを見つめる。あまりにも悲しそうだったから、何処かで見守ってくれていたのかな。
「さっきは、ごめん。お詫びのしるし。」
昔、二人で駄菓子屋さんのベンチに座って飲んだラムネ。思い出の味。それを美咲は覚えてくれていた。
「わざわざ来てくれてありがとう。わたし、美咲みたいな友達がいて幸せだよ。」
「えっ...」
一瞬の幸福にすぎない恋よりも、マジョリティーの隙間からそっと見守ってくれている友を今は大切にしたい。恋なんて、いつでも出来るじゃないか。全身の泥が、太陽の日差しで乾いていく。わたしはいつでもそばにいて話を聞いてくれる優しい友にそっと振り向いた。