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5、対決

 岡村と神内の二人の前に現れたその男の名前は、青木淳治。彼もまた、斬也くんに狙われている男だ。

 今は護衛の警官を十人配備し、淳治の自宅にいる。

「本当に助けて下さるんですよね?」

 淳治は岡村に尋ねた。

「大丈夫です。あなたの身柄は、我々が責任をもってお守りします」

 岡村から言われて、淳治は安堵した。

「俺、桐也に謝りたいんです。でも、今のままじゃ話を聞いてくれるかどうかわからなくて……」

 だからといって、警察に頼るのは卑怯だと思っている。しかし、まだ死にたくないのだ。

「俺だって後悔してるんです! まさかあいつが、あんな事になるなんて……」

「……何度もお聞きして申し訳ないんですが、あなたが見たのは本当に藤宮桐也だったんですか?」

「間違いありません。あれは絶対に桐也でした。っていうか、そうでもないと俺に会う理由なんてないし……」

 確かにそうだ。他人の空似だというのなら、会いに来る理由がない。

「それで、いつ来るとか聞いてませんか?」

 岡村としても、幽霊が殺しに来るなど信じられない。いずれにせよ、会ってみればわかる事だ。岡村は淳治に、いつここに来るかを予告していなかったかどうかを、聞いてみる。


「今だよ」


 淳治が答えるより早く、岡村の真後ろから答えが返ってきた。

「!?」

 岡村は驚いて椅子から立ち上がり、神内と淳治も立ち上がって見る。

「き、桐也……!!」

 そこにいたのは、斬也くんだった。約束通り、この時間に現れたのだ。

「藤宮桐也……本当だ!! そっくりだ!!」

 神内は手元にある桐也の写真と見比べ、本人である事を確認する。

 これで桐也が怨霊となり、報復の為に自分をいじめた者、自分を見捨てた者達を殺して回っていた事が、警察にも証明された。

「桐也!! すまなかった!! 許してくれ!!」

 怖くて仕方なかったが、淳治は当初の目的を忘れず、かつて彼を見殺しにしてしまった事を謝罪する。

「あんたら警察の人?」

 だが斬也くんは全く取り合わず、岡村と神内に尋ねた。

「……ああそうだ。お前がこの人を狙っている事がわかったから、止めに来たんだ」

「へぇ。僕が助けて欲しかった時は見殺しにしたのに、そいつは助けるんだ?」

 そう言われて、岡村は黙る。

 生前、あまりに激しいいじめを受けた桐也は、警察に助けを求めた。だが、いじめの主犯が政府の重役の息子だとわかると、取り合ってくれなかったのだ。

 どこの警察に通報しても、結果は同じだった。国家さえも、桐也を見捨てたのだ。

「こう考えると、僕は国に殺されたって事なのかなぁ……」

「……それについては、すまないと思っている」

 当時の岡村は、まだ巡査だった。警察の中でも力が弱く、強い権力が相手では一捻りにされている。もっと自分に強い影響力があれば、桐也を助けられていたはずなのに。

「今さらこんな事を言ったところで、何にもならないかもしれない。だが、これ以上君に罪を重ねさせるわけにはいかないんだ。どうか、成仏して欲しい」

「あのさ。そんな言葉で僕が満足して、はいわかりました、なんて言って成仏すると思う? 絶対イヤだね。僕が味わった苦しみと絶望を、お前らにも与えなきゃ気が済まない。全部終わらせたら警察も潰してやるよ」

「何!?」

 斬也くんは警察の説得にも応じない。それどころか、警察も潰すというのだ。

 彼からすれば、警察も自分を見捨てた者達なのだから、今まで手を出さなかったのが奇跡と言える。

「そんな事はさせない!!」

 遂に黙っていられなくなった神内が、銃を抜いて斬也くんに向けた。

「大人しく投降しろ!!」

「おい、よせ!!」

 撃とうとする神内を、岡村が止める。

「撃ちたきゃ撃てば? ほら、撃ってみなよ」

 しかし、斬也くんは全く怯んでいない。どころか、逆に挑発している。

「くそーーーっ!!!」

 神内はその挑発に乗り、斬也くんの顔面目掛けて鉛弾をぶち込んだ。

 銃弾は綺麗に、斬也くんの額の真ん中に命中する。

「ホントに撃つとはね。結構度胸あるじゃん? ま、無駄だけど」

 だが、銃創は一瞬で塞がり、斬也くんにはダメージがない。よく見ると、さっきぶち込んだ弾は、壁に突き刺さっていた。霊体なので、銃弾はすり抜けてしまうのである。

「今度は僕の番ね」

 刀を軽く振る斬也くん。

「逃げるぞ!!」

 こいつは倒せない。そう判断した岡村により、三人は逃げる事にする。

「だから僕の番だって言ったのに……どうしてみんな僕の言う事を聞いてくれないのかな?」

 斬也くんは生前からの悩みを口にしながら、しぶしぶ三人を追いかけた。




「お前ら!! 藤宮桐也が来るぞ!!」

 岡村は警備に付いていた警察官達に、斬也くんが追いかけてくる事を告げる。

「待ってよ。追いかけっこは終わりにしよう」

 すぐに斬也くんが出てきた。

「撃て!! 撃てーっ!!」

 警官達は怯んでいたが、神内からの指示を受けて一斉に銃を抜き、発砲する。

「だから無駄だってば」

 しかし、やはりすり抜けてしまう。先程との違いといえば、今度は穴も空かないというところだろうか。

「撃て!! 撃て!!」

 倒す事が出来ないなら、可能な限り足止めし、淳治を逃がす。神内は淳治を岡村に任せ、自分も残って警官と一緒に発砲する。

「ああもう……」

 無駄なあがきをする生者達に苛立ちを覚えた斬也くんの刀が、赤く光る。

「鬱陶しいんだよ!!」

 そして、斬也くんは刀を振った。

 刀から、赤い光が飛び出す。神内は驚き、咄嗟にふせてかわした。だが、他の警官は突然の攻撃に対応しきれず、光を喰らってしまった。

 それはさながら、レーザーメスと言えるものだった。警官は触れた所から切り裂かれ、真っ二つにされたのである。

「がぁぁぁぁっ!!」

 次に上がったのは、淳治の絶叫。

 気付けば斬也くんは瞬間移動し、淳治を背中から刺していた。その体勢から淳治を切り裂き、斬也くんは淳治を抹殺する。

「貴様!!」

 斬也くんに掴みかかる岡村。彼も訓練を積んでいる為、高校生を投げ飛ばす事は出来る。

 だが、目の前にいる高校生の姿をした怨霊は、逆に岡村の手を掴んで止め、

「うざい!!」

 蹴り飛ばした。

「警部!!」

 そのまま斬り殺そうとする斬也くんだったが、神内が割り込み、発砲しながら逃げた為、取り逃がした。

「……まぁいい。今はまだ生かしておいてやる」

 今優先すべきは、警察ではない。

 それよりも、佐紀につけた印だ。

「もうかなり消えかかってる。そろそろ頃合いかな?」

 呟いた斬也くんは、その場から消えた。





 慈厳寺。

 今日も二人の除霊は行われる。除霊の時間まで、あと五分だ。

「父さん。こんな事、いつまで続けるの?」

「住職さんが言った通りだ。解決するまで続けるしかない」

 それは確かにそうなのだが、除霊の度に神経が張りつめ、生きた心地がしない。こんな事は、一刻も早く終わって欲しかった。

「まぁまぁ佐紀ちゃん。命が助かると思えば、安いものじゃない」

「それはそうだけど……」

「母さん。いつまでも、こっちの事情に付き合う必要はないんだぞ? 正直言ってすぐにでも逃げて欲しいくらいなんだが……」

「何言ってるのよ。ここまで一緒に生きてきて、今さら危ないから自分一人で逃げます、なんて言えるわけないじゃない」

 成治としては、奈美子だけには逃げて欲しかったのだが、奈美子としてはここで逃げたところで、二人を見捨てて一人生き延びた事を、後悔しながら生きていくだけである。

 そんな生き方をするくらいなら、ここで三人揃って死んだ方がいい。もちろん例えばの話であって、死ぬつもりはないが。

「……すまない」

「大丈夫よ。そう、大丈夫……」

 大丈夫だ。成治も、佐紀も、自分も。奈美子は、そう言い聞かせた。




「お待たせ致しました」

 その話が終わった直後に、浄安が多数の僧を連れて入ってきた。除霊の時間だ。

「思ったより早く除霊が終わりそうです。今日と明日除霊を行えば、帰れるようになるでしょう」

 浄安からその言葉を聞いた時、三人とも意外だと思った。

 元々今回の除霊は非常に危険であり、状況によっては本山に場所を移すという話だったはずだが。

「そ、そんなに早く終わるんですか? 二週間とか一ヶ月くらいかかると思ってたんですけど……」

 気付けば佐紀は、浄安に尋ねていた。

「私もそう思っていたのですが……恐らく、件の怨霊があなた方に向けている意識が弱いのでしょう。理由としては、他の標的を襲っていて気が回らないとか……」

 なるほど、それはあるかもしれないと、佐紀は納得した。

 しかし、自分達の代わりに襲われている人がいると思うと、それはそれで安心出来ない。

「とはいえまだ気は抜けません。あなた方の刻印が消えかかっている事は、向こうも気付いているはず。私の予想では今夜、仕掛けてきます」

 斬也くんとの対決の時が迫っている。繋がりは薄れたが、まだ油断は出来ないのだ。

「じゃあ早速始めましょう!」

「そうですね。そうしましょう」

 奈美子に促され、除霊の準備を始める浄安達。


 その時だった。


「困るんだよ。余計な事されると」


 突然部屋の中に、少年の声が響いた。

 この場に少年と言える人物は、いない。ならば、途中から入ってきたと言うべきである。

 そう、その少年は入ってきたのだ。正確には現れた、と言うべきだが。

「き、斬也くん……!!」

 現れた少年に、佐紀は震える。

 遂に来たのだ、斬也くんが。

「馬鹿な!! いくら力の強い怨霊といっても、この部屋に入れるはずがない!!」

「一体どうやって!?」

 僧達が騒ぎ始める。

 それもそのはず。この部屋はより強力な悪霊や怨霊に取り憑かれた者を、除霊する為の部屋。怨念を祓い、霊を外に追い出す為の特別な結界が、幾重にも張り重ねてある。

 それらの結界には邪悪な存在を退ける機能もあるので、どれほど強力な怨霊であっても、この部屋にだけは絶対に入れないはずなのだ。

 その答えは、斬也くん自身が教えた。

「ぐあっ!!」

 斬也くんが僧の一人に片手を向けたのだ。すると、僧が吹き飛んだではないか。浄安は驚く。

「今のは……法力!?」

 そう、法力。浄安を含めた、この慈厳寺の僧全員が身に付けている、霊と対峙する為の力。怨霊が絶対に持つはずのない力を、斬也くんが持っていたのだ。

「僕は殺した人間が持っていた力を奪い取る事が出来る。そこの二人を助けようとした坊主どもを斬って、この力を手に入れたってわけ」

「そうか! 法力を身に付ける事で、この場所への耐性を付けたのか!」

 この部屋の結界は、法力で作ってある。その為、斬也くんは法力を身に付ける事によって、ここに入れるよう耐性を付けたのだ。

 もっとも、法力を手に入れたのは完全な偶然だったが。

「そこのバカ二人が、大して力もないクズどもを頼ってくれて助かったよ。それにしてもバカだよねぇ? 助かりたいのに、逆に自分達の首を絞めちゃうなんてさ!」

 ここぞとばかりに、斬也くんは佐紀と成治を罵倒する。最初から慈厳寺を頼っていれば、彼をここに入れる事なく助かったのだ。しかしあの時はまだ、斬也くんがここまで危険で強力な怨霊だとは思っていなかった。

「住職、どうしますか!?」

「……やむを得ない。丸山さん達を、至急本山へ! これは日本を……いや、世界を巻き込む非常事態だ!」

 僧に尋ねられて、どうするかを答える浄安。

 言っている事は大袈裟に聞こえるかもしれないが、斬也くんは法力に耐性を持つという前代未聞の怨霊。法力が効かないという事は、成仏させられないという事である。

 加えて、この凶暴性。今のところ自分をいじめた人間、見殺しにした人間にのみ標的を絞っているが、何かの弾みで全人類を標的にする可能性は充分にある。

「行かせるわけないだろ! もう充分時間はくれてやったんだからさ!」

 斬也くんが斬り掛かってきた。慌ててそれを避ける一同。

「皆さん!! こっちへ!!」

 僧の一人が、丸山一家を誘導する。

「待てよ!!」

 逃げようとする三人に、追い縋る斬也くん。

「はっ!!」

 しかし、その間に浄安が割って入り、数珠をかけた右手から法力を放って斬也くんを吹き飛ばす。

「どうやら、全く効かんというわけではないらしいな」

 この慈厳寺で最も強い浄安の法力をまともに喰らって、なおダメージは薄い。だが当たれば吹き飛ばせるあたり、斬也くんの法力耐性も、完璧ではないという事が窺えた。

 倒すのは無理でも、時間稼ぎなら充分出来るという事だ。

「……鬱陶しいなぁ」

 ゆっくりと起き上がる斬也くん。ダメージは、本当に軽微だ。

 佐紀達の姿はもうない。今のやり取りの間に逃げられてしまった。この寺の僧がいる限り、佐紀達を追う事は出来ない。

「先にお前らからぶち殺してやるよ」

 ならば先に浄安達から殺すと、斬也くんは宣言した。

「来い!!」

 斬也くんと法力僧達の戦いが始まった。




 寺院の中を走る佐紀達。

「こちらです!」

 僧が誘導する。今彼らが進んでいる先には、有事の際丸山一家を本山に移送する為に用意しておいた、ワゴン車がある。そこまで行く事が出来れば、こちらの勝ちだ。

「浄安さんはどうするんですか!?」

 走りながら、奈美子は尋ねた。

「……浄安様は素晴らしい法力僧です。しかし、あんな強力な怨霊は見た事がない! 残念ですが、この戦いで浄安様は命を落とされるでしょう……」

 どうやら、浄安が負ける事は確定しているらしい。

「ですが、あなた方の命の安全は、我々が責任をもってお守りします!」

 そう言って誘導を続ける僧。


 だが、突如天井を突き破って、斬也くんが現れた。


 斬也くんの下には、足止めに回った僧の一人がおり、刀で心臓を貫かれている。天井は、その攻撃の時に崩落したのだろう

「誰が逃げていいって言った?」

 刀を引き抜き、僧の頭を踏み潰しながら、斬也くんはゆっくりと向かってくる。

「後悔の時間は終わりだ。死ねよ!」

「喝!!」

「邪魔だ!!」

 僧は法力で斬也くんを攻撃したが、全くダメージを与えられず、斬也くんが刀から起こした衝撃波に、四人は吹き飛ばされた。

「あうっ!」

 佐紀は強い衝撃波を受けて床を転がり、壁にぶつかって止まる。

「まずお前からだ」

 斬也くんが標的に定めたのは、佐紀だった。

「待ってくれ!! その子は何も悪くない!! 殺すなら、俺を殺してくれ!!」

 成治は必死に、斬也くんに懇願する。娘は悪くない。悪いのはあの時、君を見捨てた自分だと。

 しかし成治は、斬也くんの怒りを知る事になる。

「いいや、悪いね。こいつが一番悪い! こいつさえいなければ、あんたは僕を助けてくれるはずだったんだからな!」

 斬也くんは知っていたのだ。娘を養う為に、成治が教師をやめられなかった事を。だから斬也くんを、助けに入る事が出来なかったという事を。

「わかるか? お前のせいなんだよ。お前のせいで、あいつは僕を見捨てたんだ。お前が邪魔さえしなければ、僕はこうならなくて済んだかもしれなかったのに」

 それで斬也くんが死なずに済んだかどうかはわからない。だが、生涯ただ一人でも、自分を助けてくれた人間の存在は大きいのだ。

 もし成治が助けてくれたら、桐也は怨霊にならなくて済んだかもしれない。

「お前さえいなければ……お前さえいなければ……!!」

 怒りと憎悪を佐紀にぶつける斬也くん。

「ごめんなさい……ごめんなさい……助けて……!!」

 無関係だと思っていた事に、一番深い関わりを持っていたのは自分だった。それを知って佐紀は、斬也くんに命乞いする。

 しかし、斬也くんは首を横に振った。

「もう遅い。お前が何を言おうと、僕は絶対にお前を許さない」

 何を言っても無駄だった。佐紀の命乞いは、斬也の怒りと憎悪を増幅させるのみである。

「死ね!! 断末魔を上げろ!! それがお前に出来る、唯一の僕への償いだ!!!」

 刀を振り上げる斬也くん。もうだめだ。殺される。佐紀は両手で顔を覆って震えた。


「わああああああああああああああ!!!」


 しかし、刀は振り下ろされなかった。


 横から走ってきた木葉が、斬也くんを突き飛ばしたのである。


「木葉!!」

「佐紀!! 大丈夫!?」

 道に迷って到着がかなり遅れてしまったが、木葉は今、ようやくたどり着いた。そして、最高のタイミングで友人を救ったのだ。

「な、何だ……お前は……!?」

 立ち上がった斬也くんは、予想外の存在の登場に、困惑している。

 木葉は佐紀を助け上げ、庇いながら、斬也くんに答えた。

「佐紀の友達よ。あんたはきっと、すごく苦しんできたんだと思う。でも、あたしの友達は、絶対に殺させない!!」

 怖かった。怖くて震えていた。だが木葉は、それでも勇気を振り絞り、斬也くんに真正面から啖呵を切った。

「友……達……?」

 斬也くんの動きが止まった。

「友達……仲間……」

 それは、生前斬也くんが、何をしても手に入れられなかったもの。

 クラスメイトに歩み寄り、先生を助け、親孝行をしても、手に入れられなかったもの。


 それの名前は、絆。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 それを見せつけられた瞬間、斬也くんは刀を落とし、うずくまって両手で頭を押さえ、叫んだ。

「ああああああああああ!!! あああああああああああああああああああああ!!!」

 認めない。認めたくない。どうして。どうして。どうして僕が欲しいものを、他人が持っている? どうして僕は手に入れられない? どうして、どうして、どうして。

 そんな思いが、斬也くんの中を駆け巡っている。

 佐紀達は、今目の前で何が起こっているのか、理解出来ない。理解出来ないが、今が最大のチャンスだ。

「皆さん、こちらへ!」

 逃げなければならない。佐紀達はそのまま逃げ出し、ワゴン車に向かった。

「はぁ……はぁ……」

 一通り叫んで、少し気が収まった。

「……殺す……」

 だが、斬也くんの中には、変化が生じていた。

「殺してやる……この世界に生きてる人間、全部……!!」

 遂に、斬也は全人類を標的に定めたのだ。

 友達なんか、いらない。仲間なんて、いらない。絆なんて、必要ない。

 繋がりがある事が間違いだ。そうだ。よく考えれば、僕を殺したあいつは、権力を持っている父親と繋がりがあったから好き勝手出来たんじゃないか。

 そう考えれば、繋がりこそが憎むべきもの。繋がりを生み出す人間こそが、この世から消し去るべきものじゃないか。

 そうだそうだ。なら人間を滅ぼそう。この世界を、破壊してやろう。そうなれば、もう僕を苦しめるものは何もなくなるんだ。

「そうと決まったら早速実行に移そう。まずは……この辺りに住んでるやつからだ。片っ端から殺して殺して殺しまくって……」

 殺して殺して殺して殺して、まずこの街から消し去る。それから街の外。殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して――。

「ああ、ヤバいなこれ。やる事たくさんあって大忙しだ。あいつらに構ってる暇ないよ」

 あの二人は、まあ殺してる間に死ぬでしょ。人類絶滅させるんだから。

「そうは、させん……」

 斬也くんが今後について考えている間に、浄安が追い付いてきた。

「へぇ、まだ生きてたんだ?」

 だが、浄安には左腕がない。全身切り傷だらけだ。程なく死を迎えるだろう。

「貴様をここから、動かしはせんぞ……!!」

 気付けば、慈厳寺の法力が全員動き、斬也くんを包囲している。

「そっちから来てくれるとはね。探しに行く手間が省けたよ」

 既に斬也くんの頭は冷えていた。狂いきっていた、と言った方が、いいかもしれないが。




「木葉!!」

 慈厳寺の外には、相馬と里美がいた。こちらが止めるのも聞かずに入っていった木葉を、待っていたのだ。

 木葉は佐紀達と一緒にワゴン車に乗せてもらい、ここまで送ってもらったのである。

「ここはもう危険です!! 我々についてきて下さい!!」

 運転する僧に言われて、相馬、里美、木葉の三人は、自分達の車に乗る。

 二台の車は、全速力で慈厳寺から離れていく。




 間もなくして、慈厳寺は粉々に吹き飛んだ。




「これで終わりだな」

 斬也くんの周りには、法力僧の死体が転がっている。浄安以外の法力僧は、皆殺しにされてしまった。

「……確かに、我々の負けだ。しかし、まだ終わっておらんぞ!!」

 敗北は明白。だが浄安は短刀を取り出し、それで自分の心臓を刺した。

「僕に力を奪われるのがそんなに嫌なの?」

 斬也くんは、直接相手を殺さなければ、力を奪い取れない。浄安は自分の法力を奪われる前に、自害する道を選んだのだ。

「ふふ……それだけではないぞ……」

 口から血を吹きながら、浄安は笑う。


 次の瞬間、地面が大きな音を立ててひび割れ、巨大な何かが出てきた。

 それは、とてつもなく黒い、形を絶え間なく変えている、闇そのものだった。

 闇の中から無数の腕が伸びてきて、斬也くんの全身を掴む。


「この場所はな、呪われた土地なのだ」

 浄安が種明かしをした。

 千年前、ここは呪術が盛んに行われていた場所だった。

 いくつもの呪術師の家系が、様々な目的で呪術を行使し、多くの人間を殺した。

 その呪いは、いつの間にか土地全体に染み込んでいき、この地は疫病や飢饉、突然死が絶えない、呪われた土地になってしまったのだ。

 慈厳寺は五百年前、その呪いを鎮める為に建てられた寺院なのだ。

 そして呪いの封印は、代々の住職に受け継がれていく。浄安は斬也くんを倒せる可能性に懸けて、自ら封印を解いたのである。

「!!」

 斬也くんは無数の腕に掴まれたまま、闇の中に引きずり込まれた。

「猊下……後はお願いしますぞ……」

 それを確認してから、浄安は絶命した。

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