扉禁止条例
この町には扉が存在しない。正確には、この春までは存在したのだが、町の議会によって突如として設置を禁じられた。
夏はまだいい、虫を我慢すればいいのだから。だが、季節は秋。吹き込む風が冷たさを増し、不平不満を漏らす者が現れ始めた。
「町長さん、なぜ扉の使用を禁じたのですか?」
住人の1人が問いかける。
最初は言い渋っていたが、日毎に押し寄せる数を増やした住人たちに折れて理由を話し出した。
「有名な建築家がこの町にやってきた。その建築家がこういうんだ、この町の扉は美しくない、と」
あまりに馬鹿げた理由に、その場にいた住人が一斉に詰め寄った。
「このままでは凍え死んでしまう。扉の設置を今すぐに認めろ」
だが町長は、それはどうしても出来ない、の一点張りであった。
家に着いたところで身も心も休まらない、吹き込む風と、ただただ無用心な玄関に神経をすり減らす日々が待っている。そんなところもあり、住人たちはこの扉の無い町長室の前を陣取り身を寄せ合って暖をとった。
明くる日も、そのまた明くる日も、それは続いた。
そして数週間が経ったある日、町に再びその建築家がやって来た。いかにも金にがめつい偉ぶった風体の男であった。
「どうやらしっかりと扉禁止条例は守られているようですね。関心関心」
怒りを押し殺し、庁舎を見回る建築家を目で追う住人たち。
「寒いですな。そろそろ扉も欲しいでしょう。どうですかな皆様、外のトラックに沢山ありますよ」
彼が提示してきたのは、自らがデザインした扉の値段であった。それは途轍もない金額で、何年働いても買えそうに無い値段であった。ここで住人たちの怒りが爆発する。
町長と建築家を縛り上げ部屋に押し込み、板で出入り口を打ち付け、コンクリートで厚く固めてしまったのだ。
出してくれと懇願する町長と建築家に対し、住民のリーダー格が捨て台詞を吐いた、
「この町の扉は美しくないですね。寒いでしょう、壁を厚くしておきました」と。