【八十八丁目】「分かってますってば!!」
そして、イベント当日がやって来た。
今回、会場となる場所「ウインドミル降神」は、 町の近郊に広がる近隣でも最大級の公園である。
小高い丘と程良く広がる緑。目に眩しい芝生が美しい、町民に人気のスポットだ。
園内には子供向けの遊具が連なり、アスレチックコースも備わっていた。
また、園内には他にも幾つかの特徴的な施設がある。
コンサートにも使える野外劇場。
白鳥達が憩う大池。
金色の装甲をまとった「黄金何ちゃら」が守護してそうな古代ギリシャ風の神殿のオブジェの合間を石畳が伸び、色とりどりの花々が目を楽しませてくれる。
そして、十分な広さを有する中央広場には、この施設の象徴でもある大きな「風車」があり、来園者を見下ろしていた。
今回のメイン会場は、この風車のある広場だ。
心配されていた梅雨の天気も、今日は快晴に落ち着き、抜ける様な青空が広がっている。
そして、広場の外周には、オープンカフェやキッチンカーが並び、早くも賑わいを見せていた。
会場への入口になるメインゲートには、白いユリをふんだんにあしらえた大型のアーチがある。
そのアーチには、流麗なアルファベットと共にこう掲示されていた。
「降神町ジューンブライド・パーティー」と。
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「十乃君、メイク担当スタッフの配置は終わりましたよ。あとは、参加者の皆さんが来たら、順次ドレスアップを始めるよう対応していきます」
イベント本部となっているテント。
そこにやって来た黒ずくめの耽美系美青年が報告に、僕…十乃 巡(巡)は、スケージュールチェック表から顔を挙げ、そして深々と頭を下げた。
「お疲れ様です。本当に助かります、鏡冶さん」
そう礼を述べると、影流 鏡冶さん(影鰐)は、片目をつぶってウィンクした。
「これくらいはおやすい御用です。うちの店の宣伝にもなりますしね」
以前、降神町の南部「逆神の浜」で出会った彼は、地元で美容院「影流」を経営する特別住民である。
今回のイベントでは、参加者の女性全員にウェディングドレスの着替えやメイクを行う必要があるため、かなりの数の専門スタッフが必要となった。
が、結局数が間に合わず、僕は駄目もとで彼に増援を打診したのである。
連絡を受けると、鏡冶さんは「では、うちのスタッフと知己の連中にも声を掛けてみます」と快諾してくれた。
その効果は絶大だった。
僕も知らなかったのだが、鏡冶さんはその業界では名の知られたメーキャッパーらしい。
そのメイク術には定評があり「影の魔術師」という異名を持ち、結婚式などでは引っ張りだこだという。
そんな彼の影響力は大きかったらしく、町内はもとより、県外からも増援が駆けつける程だった。
どうやら皆、噂に聞く「影の魔術師」の腕前を直に見学できるチャンスと知り、大勢のメーキャッパーが集合したらしい。
「それにしても…話を聞いた時も驚きましたが、実際に目にして更に驚きましたよ。随分と華やかなイベントを企画されましたね。今まで色々な式場に呼ばれましたが、私もこうした会場は初めてです」
鏡冶さんが会場を振り返って、そう感想を漏らす。
メイン会場にはいくつもの大きな円卓と白いテーブルクロスに色とりどりの花が生けてあった。
それ以外に、バイキング形式で料理を提供する和洋中の料理ブース、ドリンクバースタンドも個別に設置されている。
無論、各ブースにはそれぞれの分野の料理担当者が控え、自ら調理を行うようになっていた。
脇を固めるのは、カジュアルな執事服とメイド姿の給仕スタッフ達。
役場の有志もいればセミナー参加者もいる人妖混成部隊だが、陣頭指揮を執る本職も多数混ざっている。
それら本職の執事・メイド部隊は、鉤野さん(針女)の知人から増援の申し出があったとのことだった。
「…まあ、丁寧にお断りはしたのですが、どうしてもと申されるので」
鉤野さんが苦笑しながらそう話していたのを思い出す。
相手は何でも「K.a.I」の顧問をしていた際に知り合った大手建設会社の御曹司らしいが、詳細はよく分からない。
「それに、これだけの会場だと、色々と手が掛かるでしょう?警備とか誘導とか」
鏡冶さんの言葉に、僕は頷いた。
「ええ。でも、警備については、知り合いの特別住民でその道のプロがおりまして…」
「十乃殿」
と、不意に上空から、四肢に白蛇を巻き付かせた一匹の大きな白狐が飛来する。
その背中に跨っていた美女が、僕達の前に立ち、静かに一礼した。
「我が『木葉天狗衆』の配置が完了しました。後はセキュリティマニュアルに沿って適宜警備に当たります」
黒い鎧の様な装甲服、日本刀を思わせる怜悧な美貌と結い上げた黒髪が特徴的な女性…日羅 秋羽さん(三尺坊)がそう告げる。
「あ、ご苦労様です、秋羽さん」
「何の。これも任務ですので」
涼やかに微笑む秋羽さん。
それに鏡冶さんが、
「十乃君、こちらは?」
すると、秋羽さんが鏡冶さんに向き直って言った。
「これは失礼を。私は日羅 秋羽と申します。内閣府の特別住民対策室の戦士長を務めている者です」
「国の!?そんな方が、このイベントの警護をしているのですか?」
鏡冶さんが驚くのも無理は無い。
本来なら、今回のイベントの会場警備は、民間の警備会社に委託される予定だった。
しかし、どこでどう話を聞きつけたのか、同じ特別住民対策室の室長である雄賀さんが、
「何か面白そうなイベントをやるみたいですね?何なら、うちの職員を警備にお貸ししましょうか?」
と、打診してきたのである。
国の機関が、たかだか地方都市の一イベントに人手を割くということは、本来あり得ない事だ。
しかし、雄賀さんは「特別住民達の人間社会への適合を援助するなら、上層部には理由は何とでも言い聞かせますよ」と自信満々に告げてきた。
降神町役場としては有り難い話なので、黒塚主任(鬼女)や課長、部長の許可をもらい、結果、警備班を「特別住民対策室に全任する事になったのだった。
しかし、蓋を開けてみてビックリ仰天。
派遣されてきたのは、かつて「天毎逆事件」で知り合った特別住民対策室のエリート部隊…つまり、秋羽さんとその眷属である「木葉天狗衆」の皆さんだったのである。
彼女達は、本来要人警護や対特別住民のための精鋭部隊だ。
しかも、秋羽さんに至っては「秋葉三尺坊大権現」という有名な天狗神である。
そんな彼女達を、いくら「特別住民のため」とはいえ、こんな地方の一イベントに派遣してしまっていいものなのだろうか?
「十乃殿とは、かつて色々と懇意にさせてもらった経緯があります故、こうして馳せ参じました。それに、こうした状況下での警備業務は、我が隊にとっても良い経験になりますので」
そう告げると、鏡冶さんに手を差し伸べる秋羽さん。
「貴方も十乃殿と色々とあったと聞き及んでおります。これを機に、是非お見知り置き願いたい」
「影流 鏡冶です。こちらこそ改めて宜しくお願いしますよ、日羅さん」
その手を握り返し、微笑む鏡冶さん。
うーん。
イベント前で緊張していたけど、こうした光景を見ると、何だか心が和むなぁ。
二人共、出会った時の経緯はそれぞれ複雑なものだったけど、お互いに見ず知らずの間ながら、こうして手を取り合うなんて。
出会った頃は想像もつかなかった事だ。
今回のイベントを通じて、こうした輪が広がって行くといいなぁ。
と、突然、
「お館さまぁ、あたちもちゃんと紹介ちてよぉ」
不意に舌足らずな声と共に、秋羽さんの背後に控えていた白狐が、どろん!と変身した。
そこに立っていたのは四、五歳くらいの小さな女の子だった。
雪の様な白髪をポニーテールにし、平安時代の純白の童子水干姿の可愛らしい女の子である。
クリクリとした大きな目と、顔を走る赤い隈取りが特徴的な子だ。
この子は、秋羽さんの配下である「宙狐」の火納天ちゃん。
「宙狐」は「野狐」に分類される「狐火」を操る妖狐の一種で「地狐」とも呼ばれる。
妖狐の位としては下の方で、火納天ちゃんもまだまだ駆け出しの妖狐なんだそうだ。
ただ、その才能は高いらしく、彼女の母親が秋羽さんのお付きを引退した際、自ら秋羽さんへ「ぜひ後任に」と推薦したという。
見ての通り、彼女の人間形態は、狐形態からは想像もつかない容姿で、最初はボクも驚いたものだ。
「こら、火納天。十乃殿達の前ではしたないぞ」
秋羽さんにそうたしなめられると、火納天ちゃんが頬をぷぅっと膨らませる。
「だってぇ、お館さまばっかり…こんなカッコいい人とズルイでち!」
「全く、この子は…もう少し慎ましさというものをだな…」
「まあまあ。誉められて悪い気はしませんから」
ぼやく秋羽さんにそう言いながら、鏡冶さんが目線を合わせて手を差し出す。
「こんにちは、鏡冶です。宜しくお願いしますね、小さなレディ」
そんな鏡冶さんの仕草に、火納天ちゃんは満足そうにその手を取った。
「ふふん。貴方、なかなか見る目があるようでちね!何なら、特別にあたちの婿候補の一人に…」
「あっはっは。しばらくおやつは要らんようだな、火納天よ」
「…と思ったけど、やはり清い交際は重要でちね!こ、ここはお友だちから始めていくでちよ!」
目が笑っていない秋羽さんを前に、冷や汗を流す火納天ちゃん。
幾分ませてはいるが、この辺りは本当にまだまだ子どもである。
「報告!」
そうしていると、一人の木葉天狗が空から舞い降りてきた。
初めて見た時も思ったが、彼らは黒い外套をはためかせ、高速で飛翔する。
翼も無いのに、どういう原理で飛んでいるんだろう?
突然現れ、片膝をつく木葉天狗に、秋羽さんが表情を引き締めた。
「何か」
「はっ!雄賀室長より打診があった圓殿ほか三名が只今ご到着とのこと」
「雄賀さんから?」
僕も初耳だ。
秋羽さん以外に、増援が来るなんて聞いていない。
そんな僕に、秋羽さんが告げた。
「ああ、そう言えば、十乃殿にはまだお話ししていませんでしたね。本日のイベントの検分役と警備の補佐として、室長から臨時の増援がありまして」
「検分役?」
「あ、いや…つまり、降神町には国から多大な国庫補助金が出ております故…その、申し訳ないのですが、監察の一環として急遽担当者の派遣が決まったようなのです」
少し言い淀む秋羽さん。
成程。
つまり、この町で使われている補助金の用途が適正なものかどうか、国の担当者が臨時で調べに来たってことか。
道理で、こんな手厚い警備が可能になった訳だ。
何事も「タダで」という訳にはいかないものである。
予告なし、というのは驚いたが…いや、もしかしたら黒塚主任あたりには通告が来ていたのかも…
「申し訳ありません、十乃殿。何分、急な決定でしたので、我々も…」
「大丈夫、気にしてませんよ。このイベントも、補助金要綱には反したものではないですしね」
僕は秋羽さんにウィンクして見せた。
「でも、そういう事なら僕らもうんと良いところをみせなくちゃ!」
「…察していただき、痛み入ります」
安堵した笑みを浮かべる秋羽さん。
しかし、次には一転して怪訝そうな顔になった。
「…しかし、今日ここに来るのは圓殿一人と聞いていたが。他の三名とはどういう…」
そこに、
「こちらが本部ですか?」
静かな声と共に、一人の女性が姿を見せる。
僕は振り向いてから、その女性の異装に目を見張った。
特別住民対策室の黒い制服に身を包んだその女性は、何と目隠しをしていた。
肩で切り揃えられたボブカットの髪の下の目は、紫地の布に覆われている。
そして、その目隠しには白い刺繍で単眼の模様が縫い込まれていた。
その目が、僕の全身を一瞬硬直させた。
「あ、あなたは…?」
「特別住民対策室所属、圓 漣と申します」
言葉少なにそう言うと、圓さんは静かに会釈した。
見えていない筈だが、彼女の体はちゃんと僕の方を向いている。
慌てて、僕も会釈した。
「あ、ど、どうも。僕は…」
「十乃 巡さん…ですよね?」
顔を上げて、確認するようにそう告げる圓さん。
僕は驚いて、
「は、はい…え?僕の事、知ってるんですか?」
「彼女は、雄賀室長付きの秘書官を務めているのです」
秋羽さんが、横からそう説明してくれる。
「加えて、彼女は我らが部署において情報統括官も勤めておりますから、十乃殿の事もよく知っておるのですよ」
「情報…統括官?」
「彼女は“目目連”です。そのため、情報収集やその整理の手腕には長けておりまして」
“目目連”とは、目だけの姿で描かれる妖怪だ。
荒れ果てた家などに現れ、障子などに目が生じてこちらを見詰めてくるといわれている。
と、なると…
推測だが、彼女もそうした妖力を持っていて「あちこちの様子をみる」事ができるのだろうか…?
「先頃は、天毎逆の一件での報告書提出にご協力いただき、誠に有り難うございます」
再び一礼する圓さん。
何というか…礼儀正しいが、極めて事務的な口調の人である。
何となく距離感を抱いてしまう僕だった。
「いや、そんな…あんな稚拙な内容で良かったのかどうか…」
「いいえ…実に興味深い内容でした」
白い単眼が、再び僕を捉える。
見えていない筈なのに、僕の方をしっかりと見詰めるその目に、僕は一瞬全てを見透かされているような錯覚に陥った。
何だろう。
たくさんの妖怪と接してきた僕だが、彼女は何か…得体の知らないものを感じる…
そんな僕の漠然とした不安をよそに、そのままチラリと秋羽さんの方を見る圓さん。
「それに、読みやすさでは日羅戦士長の報告書をしのぐ…」
「んンっ!それより、圓秘書官」
不意に秋羽さんが、遮るように咳払いをしてから続けた。
「今日来るのは貴女だけと聞いていましたが…他の三名とは?」
「ああ、その事ですか。実は我々に他の部署から実地訓練の協力要請が来ておりまして。平たく言えば、その訓練の場所に今回のイベントが選定されたのです」
秋羽さんが妙な顔付きになる。
「実地訓練?と、いう事は…我々以外に警備担当でですか?」
「はい。うち一名は特別住民対策室の新規採用者ですが、残り二名が他部署からの派遣隊員です。それと、室長から日羅戦士長へ伝言を預かって参りました」
と、圓さんが秋羽さんに向き直り、雄賀さんの口調を真似た。
「『ちょっと変わった娘達だけど、仲良くね♪』…以上です」
「…何を考えているのだ、あの人は」
片手で顔を覆う秋羽さんに、圓さんが告げる。
「何分、急な決定ですし、他の部署からの要請ですから、今回は室長に文句を言っても仕方ないと思います」
淀みなくそう言う圓さんに、秋羽さんは溜息をついた。
「それだ。そもそも『他の部署』というのは一体どこのことなんです?」
「それは…」
初めて、圓さんが言い淀む。
「…すみませんが、機密事項扱いの情報なので、民間人のいる前は口には出来ません」
それを聞き、秋羽さんは言葉を詰まらせてから厳しい顔つきになった。
「…いいでしょう。帰ってから、私自ら室長を問い詰めます。で、その増員とやらは?」
秋羽さんがそう問い掛けると、圓さんの背後から三人の女性が登場した。
「HI!Nice to meet you!貴女が私達の隊長ですネー!『二日モノ』ですが、あんじょうおおきにー!」
「…それを言うなら『ふつつかもの』です、ミス・リュカオン。あと、不必要な方言の混入の意図が掴みかねます」
「はわわわ…こんな豪華な会場で警備なんて緊張しちゃう…あ、よ、宜しくお願いしますぅ~」
…何だ、この組み合わせは。
圓さんの時よりも、大きなインパクトを受ける僕。
一人は派手な着物を着た金髪の外国人の様な容姿の女性だった。
腰に日本刀らしきものを差し、怪しげな日本語を喋っている。
もう一人はズバリ「メイドさん」だ。
それも、フリフリの可愛さ重視のメイド服ではなく、装飾の少ないクラシックなメイド服に身を包んだ、小柄な女性である。
最後の一人は、秋羽さんや木の葉天狗の皆さんと同じ、黒い鎧の様なスーツに身を包んだ女性だった。
両方のもみあげにリボンを結び、後頭部のお団子頭にも同じリボンを結んだ、僕とそう変わらないくらいの年齢の娘だ。
恐らく、この娘が特別住民対策室の新規採用者なのだろう。
ということは、着物の女性とメイドの女の子が「他の部署」とやらの所属か。
…しかし。
初陣で緊張しているのか、リボンの娘はえらくおどおどした表情で、僕らを見詰めている。
一方で、突拍子もない風体の三人の登場に、さすがの秋羽さんも言葉を失っているようだ。
「『仲良くね♪』との事です」
「分かっています!」
念を押すような圓さんの一言に、頭を抱えていた秋羽さんが牙を剥く。
秋羽さんはジロリと三人を見た。
「よく来たな。私は特別住民対策室所属戦士長の日羅だ。各位ともこの度の実地訓練の参加、ご苦労だ。これより、一時的だが、お前達は私の指揮下に加わることになる」
そう宣言すると、秋羽さんは厳しい表情で続ける。
「一つ言っておくが、いくら他の部隊出身者や新人で、状況が訓練とはいえ、私の指揮下に入った以上、手抜きは許さん。各位、それを肝に銘じ、任務の完遂を目指すように!」
「アイアイサー!」
「任務了解」
「は、はははいいい!頑張りますぅ!」
三者三様の応えに、今度は苦虫を噛み潰したような顔になる秋羽さん。
「よし。では、各位の氏名を名乗れ」
それに金髪の女性がしゅたっ!と手を挙げる。
「ハイハイー!私、リュカオン=ガルナー!『リュカ』と呼んでくだサーイ!こう見えても、血統書つきの人…おうふッ!?」
突然、隣りに立っていたメイド服の少女が、リュカさんの鳩尾に裏拳を叩き込む。
悶絶しながら声も無くのたうつリュカさんを尻目に、メイド少女はスカートの両裾を摘まみながら、古風に一礼した。
「失礼しました。彼女は“犬神”の一種です。そして、私はフランチェスカ。“雷獣”の一種と認識してください。どうか以後、よしなに」
“犬神”と“雷獣”か。
どちらも割とポピュラーな妖怪だ。
一応説明すると“犬神”は関西に起源を持つ妖怪で「狐憑き」などの「憑き物」の一種である。
呪術の名称と同一視されており、一説には特定の血族に憑く事もあるという。これに憑かれるとその家は裕福になるとも言われるが、基本的には気性の激しく、忌避される事もある「祟神」でもある。
一方の“雷獣”は、落雷と共に姿を現す、六本足の獣の姿をした妖怪とされる。
東日本を中心に伝承が残っており、平安時代に「源頼政」が退治した“鵺”もその一種ではないかとされている。
普段は大人しいが、雷が鳴ると元気になり、火の玉となって天に昇り、尾を打ち振って雷を起こすという。
しかし…
二人の正体を聞いて、僕は何となく違和感を覚えた。
明らかに日本人離れした容姿のこの二人、本当に特別住民なんだろうか?
「わ、私は!ひゃんのじゅか…」
最後のおどおどした新人娘は、出し抜けに盛大に台詞を噛んだ。
そして、そのまま涙目になって、座りこむ。
「ううう…自己紹介ひとつ出来ないなんて…やっぱり、私はダメな子なんだ…」
落ち込む新人娘に、いつの間にか立ち直ったリュカさんがAHAHA~と笑いながら、その肩を叩く。
「OH!そんなコトないねー、巴!Youは『YDK』デース!」
「YDK?」
怪訝そうに首を傾げるフランチェスカさんに、リュカさんは満面の笑みで、親指を立てて、
「そう『やっとできる子』ネー」
…いや、そこは『やればできる子』でしょ、普通。
「…美しくない言葉使いです」
ぼそっと呟くフランチェスカさん。
そして、巴と呼ばれた新人娘に向き直る。
「ミス・三ノ塚。現在、2分14秒のロスが生じました。そのうちの1分43秒はミス・リュカオンのせいですが、それはそれとして開場まで時間がありません。以後のミーティング時間等を踏まえると、残された時間は希少かつ貴重です。ここは、手早いやり直しを要請します」
「ふぁい…」
フランチェスカさんの淀みない指摘に、涙を拭きながら立ち上がる巴さん。
「あ、あの、私は三ノ塚 巴っていいます。一応、特別住民で“舞首”です…あの、ド新人でド下手でド素人で…おまけに超ドジで…うう…ひっく…その、生きててスイマセン…」
…何というネガティブ満載な自己紹介だ。
当の本人は、最後の方は消え入りそうな声で、半ベソをかいている。
この娘が、本当にあの“舞首”なんだろうか?
説明すると“舞首”は「妖怪」というよりは「怨霊」の部類に入る。
その伝承は凄惨で、昔「小三太」「又重」「悪五郎」という三人の男が酔った末に諍いになり、それぞれの刀でその首を斬り落としたという。
しかし、三人は死後も諍いを止めず、斬り落とされた首だけの姿となり、海上を舞いながら憎悪の炎を吐き続けて争ったとされていた。
僕にはそんな伝承を持つ“舞首”と目の前の泣き虫少女の姿が、どうにも重ならなかった。
「と、とりあえずこれで涙を拭いてください、レディ」
「まったく!そんなんでよく特別住民対策室に採用されまちたね、貴女」
「はい、スイマセン…生意気に採用されてしまってスイマセン…」
見かねた鏡冶さんにハンカチを手渡され顔を拭きながら、火納天ちゃんの小言にペコペコする巴さん
秋羽さんがそれを見て、今度はテントの支柱に手を突きながら、こめかみを押さえていた。
そんな彼女に、圓さんが告げる。
「『仲良くね♪』との…」
「分かってますってば!!」
秋羽さんの絶叫が青空に木霊した。




