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妖しい、僕のまち 〜妖怪娘だらけの役場で公務員やっています〜  作者: 詩月 七夜
第九章 六月の花嫁達に祝福の鐘の音を ~目目連・舞首~
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【八十五丁目】「とおのさま、おさかなはおすきでしたよね…?」

「『降神町主催 ジューンブライド・パーティー(仮)』ねぇ…」


 企画書をパラパラめくりながら、間車まぐるまさん(朧車おぼろぐるま)が興味なさそうに言う。

 降神町おりがみちょう役場 特別住民支援課。

 いつもの面々で、僕…十乃とおの めぐるが立案した企画書を元に企画会議が行われている真っ最中であった。

 先日、黒塚くろづか主任(鬼女きじょ)に散々ダメ出しを食らった後、頭から煙が出るくらいまで悪戦苦闘し、ようやく第二稿として練り直しが終わった企画である。

 それを特別住民支援課の皆で査定してもらおうという訳だ。

 幸い、うちの部署は女性が多い。

 今回のイベントで参加者の主体になる「女性の意見」には事欠かないのが幸いだ。


「はい。第一案はコンテスト方式で優劣を決める形式でしたが、それでは参加者も抵抗があると考えました」


 僕は一同を見回しながら続けた。


「そこで、パーティー形式にして参加者と来場者の距離が近い、フラットなイメージに変更したんです」


「つまり、出場した人と来場した人が一緒に楽しめる…というわけね」

「それは素敵ね。参加者も抵抗なく応募できるかも」


 二弐ふたにさん(二口女ふたくちおんな)が感心したように言う。

 それに僕は頭を掻きながら言った。


「実は…アイディアは昨年開催された『グルメ決定戦』での二弐さん達のお店なんです」


「えっ、それって…」

「『あやかし屋』のこと?」


「ええ。あのお店が好評だったのは、二弐さん達の努力もそうですが、人間と妖怪の区別なく、一緒のひとときを楽しむ事が出来たからなんだと僕は思ってます」


 僕は企画書を見せながら続けた。


「同時に『あのお店を別の形で再現出来たら』とも考えました。それがこの企画です」


「ひととようかいがともにうたげをたのしむ…わたしたち『ごりょういちぞく』にはなかったかんがえかたです」


 興味深げそうに企画書を読み耽っていた沙槻さつきさん(戦斎女いくさのいつきめ)が、目を丸くして言った。


「ですが、そんなわたしたちも、とおのさまのおかげで『さかがみのはま』のようかいのみなさまとわかりあうことができました…このうたげをつうじて、おなじようにひととようかいがわかりあえるのであれば、それはとてもすばらしいことだとおもいます」


 沙槻さんが尊敬したように、僕を見上げた。


「さすがはとおのさまです。さつきは…あらためて、とおのさまにほれなおしてしまいました」


 恥ずかしげに「ポッ」と頬を染めながらのその一言に。

 場の空気が一変した。


 敢えて表現するならば、そう…斬り合いになろうという場で、日本刀が鞘から「スラリ」と引き抜かれたかの様な緊迫感だった。

 喉が張り付く様な緊張感に、思わずゴクリと唾を飲み込む僕。


「ま、まあ、巡にしちゃあ上出来な企画だよな!あたしも結構イケてると思うぜ、この企画はさ」


 間車さんが、棒読み口調に近い感じで口を開く。


「そ、そうだな、何ならあたしも全面的に協力するぜ?何かあれば、あたしにドーンと頼ってこいよ!な?」


「あ、ありがとうございます」


 さっきの「興味ないし」といった雰囲気は何処へやら。

 一転して、好評価を下す間車さん。

 笑顔のいつものままだが、妙な強制力を感じ、僕はひきつった笑いを浮かべて礼を述べる。

 そこに…


「これ、参加対象に役場の女性職員も入っている?」


 と、企画書を見ていた摩矢まやさん(野鉄砲のでっぽう)が、キラリと目を光らせて口を挟んでくる。

 僕は少し驚いた。

 普段は着たきりスズメでファッションには無頓着な彼女が、この企画に反応するとは。

 彼女なりに、今回のイベント内容に少しは興味を持ってくれたのだろうか?

 僕は頷き、


「そ、そうですね。目的は『人間と妖怪の相互理解』ですから、むしろ率先して参加していただく方が良いと思います」


「それじゃあ…私達もウエディングドレスを着る事が出来る?」


「貸衣装になりますけどね。でも、予算もクリアできそうですし、何より鉤野こうのさんの会社も後援してくれるそうですから、ドレスの数は問題ないと思います」


 鉤野さん(針女はりおなご)は、服飾ブランド「L'konoルコノ」の女性社長で、役場が行っている妖怪向けの人間社会適合セミナーの生徒でもある。

 内々の話で今回の企画の支援を持ちかけたところ「自社のPRにもなりますし、ぜひお手伝いさせてください」と、快く協力を申し出てくれた。

 まったく心強い限りだ。


「すっごーい!それは豪華ね!」

「きっと、応募者も殺到するわよ!」


 興奮気味に二弐さんが身を乗り出す。

 僕はホッとしてから。

 恐る恐る、打ち合わせ机の上座を見やった。


 そこには終始無言を貫く「鬼」が居た。


 言うまでも無く、黒塚主任である。

 主任は、発言をする事も無く企画書を読み耽っていた。

 その主任に向けて、僕は恐る恐る声を掛けてみる。


「…あのぅ、どうでしょうか、主任?」


「どう、とは…?」


 ジロリと睨まれ、僕は身震いした。

 少し前の、主任を怒らせてしまった日の事が頭をよぎる。

 あの日以来、僕は何かと主任に目を付けられていた。

 主任の怒りの原因がよく分からないが、全面的に僕が悪かったとしか思えないので、こればかりは何も言えない状態だった。


「え、ええと…出来ましたら、感想などを…」


「特にない。まあ、この前のものより少しはマシになっているな」


「あ、ありがとうございます」


「…しかし」


 ホッと息を吐いたのも束の間、主任が鋭い視線で僕を見た。


「改善点はまだまだあるな。例えば、パーティー形式にして距離を近くするのは構わんが、それだけではどうしてもイベント自体が間延びするだろう。小さな企画をいくつか盛り込めば、その辺は解消されると思うが」


 な、成程。

 確かに指摘の通りだ。

 僕はペンを取り出し、慌ててメモを取り始めた。

 構わず、主任は企画書をめくり続ける。


「それと仮設のドレッシングルームだ。この場にいる面々の反応を見て分かったと思うが、女性には好評を博するイベントだ。応募者も当然増えるだろう。であれば、設置数とスタッフの数を見直す必要がある。今のコストで飲み込めないなら、付近の公共施設を押さえろ。さしあたり、ドレッシングルームについてはそれで幾許いくばくかの参加者を飲み込める筈だ」


「は、はい…!」


「まだまだあるぞ。次は駐車場だ。私の見立てではまだまだ数が足りん。そうだな…会場に隣接する大型マーケットがあった筈だ。そこに駐車スペース提供の交渉した方がいいだろう。このイベントで集客は増えるだろうから、店側にもそれなりのメリットはある筈だ。それと交渉に手が必要なら言え。私も出向く」


 いつも以上に感情を込めず、矢継ぎばやに指摘事項を出す主任と、慌ててメモをするペンを走らせる僕。

 そんな僕達の様子に、同席する女性四人が頭を突き合わせてひそひそと話していた。


(なあ、あの二人、何かあったのか…?)


(分からないけど、ここのところ、主任の機嫌が妙に斜めなのよね)

(それと、何故か十乃君にだけ厳しく当たっている気がするんだけど…)


(わたしもかんじました。けさも、しっぱいしてしまったわたしには「きにするな」といってくださいましたが、とおのさまには「たるんどる!」とおしかりのことばを…)


(…更年期?)


(バ、バカ!聞こえるぞ、摩矢っち!)


「そこ!何を無駄話をしているか!」


 鋭い一言に、首をすくめる女子四人。

 主任は一息吐くと、


「まあいい。今日はここまでにしよう。皆、企画の概要は分かったようだから、以降は十乃のバックアップを頼むぞ」


 その一言で企画会議は終了となった。

 僕は額の汗を拭ってから、主任に深々と一礼した。


「ありがとうございました」


 それに無言で頷きながら、前を通り過ぎる主任。

 と、ピタリと足を止め、


「十乃」


「は、はい!?」


 狼に追い詰められたウサギの様におののく僕へ、主任はふと優しく微笑した。


「私も楽しみにしている…頑張れ」


 そう言うと。

 主任は颯爽と立ち去って行った。

 取り残された僕は、顔を見合わせる女子四人を背後に、


「は、はい!頑張ります…!」


 と、元気よく声を上げたのだった。


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 自席に戻り、深く息を吐いた巡に、二弐がお茶を淹れてやった。


「ハイ、お茶。あったかいやつね」

「お疲れ様~」


 特有のいつもの癒しオーラと、絶品のお茶が、巡の全身の緊張と疲労を解してくれる。

 彼にとっては、ホッとするひとときだった。


「はあぁぁ…緊張した~…」


 ぐったりする巡に、りんが頬杖をついて言う。


「バーカ、そりゃあこっちの台詞だっての。いつこっちに矛先が回ってくるか、ヒヤヒヤしたぜ」


「アハハ、すみません」


 巡は苦笑を浮かべた。

 最後に見せた黒塚の微笑を見る限り、少しは機嫌が直ったようにも思える。

 まあ、過信は禁物ではあるのだが。

 そんな彼に、沙槻がおずおずと声を掛けてきた。


「あの、とおのさま…すこしおうかがいしたいことがあるのですが…」


「あ、はい。何です?」


「『いべんと』のないようは、この『きかくしょ』でわかったのですが…なぜ、はなよめのいしょうがひつようなのでしょうか…?」


 巡はキョトンとした後、合点がいった風に頷く。

 世俗に疎い沙槻が「ジューンブライド」の意味を知らない事に気付いたのだ。


「それは『六月の花嫁ジューンブライド』っていう伝承があるからです」


「じゅーん…ぶらいど…?この『いべんと』のなまえにあるものですね」


「ええ。元は西欧のローマ神話に登場する神々の王ユピテルの妻、女神ユノに由来するんですよ。彼女は女性の結婚生活を守護し、結婚や出産を司っている女神なんです」


「けっこん…つまり『しゅうげん』のことですね」


「そして、現在『六月』は英語で『Juneジューン』と表記されます。これは女神ユノの名前の表記である『Junoユノ』が元になっているんです」


 巡はお茶を一口飲み乾してから続けた。


「それで『六月の花嫁は女神の祝福を受けて幸せになる』という願いが形となって伝わったのが『ジューンブライド』なんですよ。ちょうど六月のイベントにはピッタリでしょ?」


「なるほど…そういうことだったのですね」


 感心したように頷く沙槻。


「とおのさまは、とても『はくがく』なのですね」


「こいつは大学でその手の民話・伝説とか学んできたクチだからな」


 輪が笑いながら続ける。


「結構マニアックな知識も持ってるぜ。特に妖怪関連となると、オタクもいいとこだ。あと、妙なこだわりもあるしな」


「変なこだわりとは心外です。ただ、マンガや小説、ゲームなんかだと、鬼や天狗、妖狐に雪女、座敷童子ざしきわらしなんかがよく取り上げられますけどね」


 巡はグッと拳を握った。


「僕はもっと色んな妖怪にもスポットが当たったっていいと思うんですよ…!」


「ホラ、これだ」


 呆れたようになる輪。

 それに沙槻がクスリと笑う。


「とおのさまはほんとうにようかいがおすきなのですね」


「そうねぇ。ここまで妖怪好きな人間ってのも珍しいわよね」

「もういっそ、妖怪のお嫁さんをもらっちゃったら?」


ピキィイイイイン


 二弐の何気ないその言葉。

 それが一瞬でその場の空気を変質させた。

 今度は日本刀どころではない、十重二十重とえはたえ槍衾やりぶすまが出現した感じだった。


「そ、それはいい考えだな!どうだ、巡?周囲にそんな感じの女とか居たりしねぇのか…?」


 咳払いをしながら輪がそう言うと、無言で銃の手入れをしていた摩矢も、チラリと巡の方へ視線を向ける。

 一方で沙槻は、


「そ、それはいかがなものかと。とおのさまはにんげんですから、やはり、にんげんのおよめさんをもらうべきです…!」


「あ、いや、あの…」


 あたふたする巡を尻目に、輪はニヤリと笑う。


「そうかぁ?昔から妖怪と人間の恋物語はあるぜ?それこそ“雪女”とか“蛤女房はまぐりにょうぼう”とか」


「どちらも『ひれん』じゃないですか!?」


 沙槻が食い下がる。


「やはり、にんげんどうしのけっこんのほうが…」


「沙槻」


 銃身を磨きながら、不意に摩矢が沙槻に呼び掛けた。


「まやさま?なんでしょう…?」


「“八百比丘尼やおびくに”って知ってる…?」


 摩矢がボソリと呟いたその一言に、ピキーンと凍りつく沙槻。

 ちなみに「八百比丘尼」とは、年をとらずに若い姿のまま生きた尼僧の名前である。

 老いることのない彼女は、娘の姿のまま何人ものつれあいを看取る事になった、悲しい言い伝えを持っていた。

 つまり、あらゆる穢れを寄せ付けないばかりか、自らの「死=老化」すら緩慢にする“戦斎女いくさのいつきめ”に対する痛烈な揶揄といえる。


「“八百比丘尼”って…確か“人魚”の肉を食べて、不老不死になったっていうあれでしょ?」

「そういえば…最近、柳藕村りゅうぐうむらだか燈現市とうげんしだかで目撃例があったわよね“人魚”」


 「情報通」で知られる二弐がそう呟くと、


「………ちょっと、とおでをしてきます」


 彫像から復活した沙槻が、思い詰めた表情で突然そう言い放つ。


「え?ど、どこへ行くつもりなの?」


 巡が驚きつつも、恐る恐るそう聞くと、沙槻は巫女装束に仕込んだ退魔法具を確かめつつ、笑顔で振り向いた。


「とおのさま、おさかなはおすきでしたよね…?」


「何を食べさせる気なのさっ!?」


 思わずそう叫ぶ巡。


 その後、沙槻をなだめて落ち着かせるまで、巡は小一時間を要する事になった。

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